超常現象情報研究センター

ロシア・ソ連(現CIS諸国も含む)のUFO事件一覧(〜1990)
※他に追加すべき情報があればお知らせください( メール:psi@skagaku.co.jp

16638、ロシアのロボジエロ村ビエロジエロ地区の教会に集まった大勢の信者が、大きな火の玉が雲のない上空から降りてくるのを見た。

1908630日、ツングースカ爆発

19237月、汽船でヴィヤトカ川を航行していたM.ヴォロスニコフは夜明け頃、空飛ぶ月に似た物体を見る。

1927年夏のある日、午後早い時間、、ソフロヴィエヴカで技術者のI. V. スルコフは北の空に白い、ミルク色の円盤を見た。

1933年(あるいは1934年)8月、クラニエ・チェタイで子供たちが東西に飛ぶ星を見た。しかし星は北西に向きを変えて飛んだ。

19359月の夕方、モスクワのペトロスキー門近くでA.イグナティエヴァが、輝く球体が北から南に水平に、静かに早く低空を飛ぶのを見た。

1938年夏の早朝、マラコフカ石油ステーションでN. A.ゴステヴァ楕円形をしてツェッペリン飛行船よりも大きな、灰色っぽい白い雲が自分に向かってくるのを見た。物体は笛のような特別な音を出していた。

19439月、オスカー・レイ・ブレアらスペイン志願兵のディヴィジョン・アズールの4人がレニングラード州プーシキンで塹壕の中からドイツ軍とソ連軍の空中戦を見ていると、両国戦闘機の上空に円盤型物体が出現、しばらくして猛スピードで飛び去った。

19465月、着陸も含む多くの目撃事例が報告された。

1946年、アレクサンデル・カザンツェフがツングースカ爆発に宇宙船説を唱える。

19471956年、第一次暗黒時代。UFO研究は抑圧されていた。

1948616日、テスト・パイロットのイワノヴィッチ・アプラクシンがバスクンチャク地方のカプスチン・ヤールでキュウリのような飛行物体を目撃。アプラクシンは194956日にも同様の物体を目撃した。

19497月、ソ連北西部でUFO目撃が集中発生。

19499月の夜、スズダル北約15マイルに住む人物が集団農場で仲間と一緒に自動車のヘッドライトのようなものが村上空に浮いているのを見た。

1953年春、モスクワ上空にUFOが出現してエンゼルヘアを降らせた

195311月下旬、モスクワで円筒形のUFO200300mの高度を北西に飛んでいくのを赤の広場の人々が目撃。

19552月中旬、モスクワ上空を飛ぶ葉巻型物体を市民が目撃。

1956年、ユーリ・フォーミンがUFO研究を開始

1956年、ワレンティン・アクラートフがグリーンランド近くでUFO目撃。

1957年、ノヴァヤ・ゼムティヤ2人が消滅し、物体が離陸するのが目撃された

19578月、ロシア連邦南西部の人造湖チムリャンスクのほとりでモスクワ大気物理学研究所の調査団が円盤型の飛行物体を目撃

1958530日、カザフでUFO目撃。

195864日、ウズベク共和国カラカルパク自治共和国で円盤型飛行物体目撃。

195811月の夕暮れ時、オティヤスキーの森でボリス・クミロフが高々度を西から東に飛ぶ物体を見た。天頂に近づくと円盤は急速に反対方向に動き始めた。クミロフは続く数日同じものを見た。

19591960年、フォーミン、マカロフ、グリソフらがUFOについて講演を行う。

19591月午前7時、トブリスクでV. A.ゴレンコフが明るく瞬く緑っぽい星が光線を発しているのを見た。それは明るい霧に包まれ月よりは大きくない球体の雲を形成した。それは一定したスピードと方向で動き、おなじように行動する小さな星を発出した。

1959年春、スベルドロフスクの戦術ミサイル司令部基地上空にUFO出現

1959425日午前6時、カリーニン近くのサリザロヴォ駅で狩をしていた航空技術者アレクサンデル・カダチェフとその父親は、水平と垂直の寸法比が3:1の楕円形の物体を見た。暗く不透明であったが黒ではなく、下の端は紫だが、昇る太陽の反射にも見えた。直径はほぼ月くらいだった。

19598月、スペースモンスターの焼死体発見。

196076日、日没後90分にテリで月のような明るい円盤が西方に目撃された。目撃者はモスクワの応用地球物理学研究所のA. D.ダニロフなど8人。

196078日、7月6日と同じ8人テリ西方27マイルのカムチュク川で明るい円盤を見た。

1960年夏、午後5時、ゴルボフという科学者を含む大勢がモスクワで長方形の黄色い物体が風のないダークブルーの空に浮かんでいるのを見た。

19608月、レニングラード大学地質鉱物学教授らがカザフ共和国でUFO目撃。

19608月半ばの午後10時、クンビシェフの公園でV. N.ゴヴォロナが、ゆっくり空を横切る円盤を見た。大きさは月より小さく見えた。

1960816日午後11時、コクタル11マイルのバラクヅィル川のキャンプ場で地理学者のグループが東斜面の山の上を北から南に飛ぶ発光物体を見た。直径は月の1.2倍から1.5倍で、一旦峰の後ろに隠れて現れ、消えた。色は白で非常に明るく、垂直方向に少し長い円形で後方噴射はなかった。

196010月午後11時、ビヤル川のベルク・ビスクで技師Y. M.ノヴィコフ15人のグループが晴れた空に黒い雲を一つ見た。雲は弱い赤っぽい光で輝き、次第に光線が発した。それは雲から離れた硬い物体から発し、光線で輝いた。

1961年、ロシア中央平原飛行中の小型郵便機消滅事件発生。

1961年、イルクーツク近郊にロケット型のUFOが4本の脚を出して着陸し中から2人の異星人が現れた。

196118日、「プラウダ」にUFOに否定的な記事掲載。以後1966年まで第二次暗黒時代となり、フォーミンも活動停止を強いられる。

1961427日、オネガ湖事件

1961年春、リビンスク近郊の丘にあるミサイル基地に巨大なUFO出現。

1961年夏、ボロネジ上空にUFO目撃

1962年、メンゼルの著書、ソ連国内で翻訳出版

1962924日、中央アジアから飛び立ったTu104機がUFO目撃。

19621026日午後11時40分、ツーラで芸術家Y.クリフトソフと仲間たちがコンサートからの帰途、突然高度約3,000フィートで北を飛ぶ810の物体を見た。

19643月午後11時、ペトロパヴロフスク上空で空軍予備役S. N. ポポフ3人の仲間と2つの奇妙な円盤が重なるように、続いて編隊を組みなおして一対で飛ぶのを見た。物体は目撃者の上空を通過するとき強い青紫の光を発し、光に照らされると全員気分が落ち込んだ。

1964712日、レニングラード発モスクワ行定期便の乗客がUFO目撃。

19641130日午後3時、アゼルバイジャンのU. T.シャマキンスキー天文台で天文学者M. ガシエフK.グーセフが西から北へ1分約1度で動く物体を見た。先端は月の倍で、内部が鋭く外側がゆるい輪のようで、中央に星のような物体があり、それは望遠鏡で見ても点のようだった。

1965726日、オグレ天文台の3人の天文学者が星のような光体が動いていくのを目撃。

1965年夏、アブハーズ自治共和国スフミ近郊で天文学者がUFO目撃。

1965812日午後2時、ラトビアのリーパヤでグライダーのパイロットV. Y.レヤ他数人のパイロットが月の半分くらいで明るい白のゆがんだ球体を目撃。

19661967、ウラジミール・アジャジャによればソ連最初のウェイヴ

19662月あるいは3月の午前8時、地理学者I. N.アルマゾフと仲間たちはサランプール北東12マイルで、頭上に2つの発光物体を見た。最初のものは丸くて明るく、黄白色をしていた。2番目は月に似ていたが半分ほどの大きさだった。

196644日夜、レーダー操作員がオデッサ上空15万フィートを時速約500マイルで動く光点を発見。

1966616日午後9時45分、エリスタでヴォルゴグラード石油ガス研究所の科学者グループが人工衛星より少し大きく、赤っぽい色で北東から南西へ動く物体を見た。

19667月末、ヴォロネジ近くで深夜、ニキフォロフ夫妻は、脈動する赤い円盤が低い高度で比較的低速で動くのを見た。

1966年夏、午前9時、ユチュカのクベク川でN. Y. マルソフが水浴中、人々が空の光る球に注意を促した。球体が近づくと雲が消えた。

1966718日午前3時、レチュポートでベレゾフスカヤ展中央実験室分光器技師のリディア・ポヴロヴナとブルドーザー運転手F. A.チェスノコフが空にオレンジ色の円盤を見た。奇妙な雲がいくつか随伴していた。

19668月、モスクワで国際数学会議が開催され、ジャック・ヴァレが参加。

1966年、ゾロトフのツングースカ研究

19661020日午後3時、ケルソンで大勢の人々が丸い円盤を見た。直径は月の3分の2くらい、やわらかい銀色で真珠かビーズのようであったが、ラジゾンデや気球のようではなかった。

1967511日午後910分、シェレメチェヴォ飛行場近くで犬を散歩させていたM. A.セラヴニヤと父親はがらがらいう音を聞いた。音は笛のような音に変わり、さらに雷のような音になったが、それは見えない何かが頭上を通り過ぎたようだった。

1967517日午前2時30分、ウストカメノゴルスクT. N.カンショフという技師が、月の倍ほどの明るい物体が空を横切って南から北へ動くのを2分以上目撃した。最初は炎のようで明るく、腕時計を見ることができ、物体の両側には本体の3倍に広がる炎の矢のようなものがあった。

1967517日午後10時、カミシンでY. B.ポポフ少佐、A. S.ニキテンコフ少尉らは、光の滝のようなものが北東の空から夜空を横切るのを見た。光は非常に巨大な葉巻型物体の上にあり、船が空を飛んでいるような印象を受けた。

1967517日午後105分、バクルシェフ数人が西の空に降下する明るい点を見た。物体は約1マイルまで降下すると水平コースを辿った。このとき物体は暗く見え、尾部にはっきりした明かりがあった。

19676月初旬午後11時、コペル川の岸を散歩していたM.ガヴロリウク夫妻は半月のような形の輝く物体を見た。物体は西から南へ動き、月の上を過ぎ、消えるまで加速しぼんやりした航跡を残した。

196774日午後915分、シャクティのドン川近くにいた教員Y. クラスンツェフと息子は、人工衛星のような2つの光点に気づいた。それらは音もなく南東に動いた。物体の1つからオレンジのスパークがシャワーとなり、月の形になって飛び続けた。

196778日午後11時、ヴォルゴグラードでボリス・ディケデエフ博士と仲間たちが外で話していると半月型のオレンジの物体を見た。それは西から東へ動き、前方で現れて尾部で消える航跡を残した。

196778日午後930分、ロムニーS. V.ザズリヤ夫妻が北から南に飛ぶ物体を見た。それは雲のように見えたが非常に速く動き、空の羊雲の上を飛んだ。

1967710日午後11時、クルゴイエA. A.ポドゴルニは半月型の物体が南から北へ飛ぶのを見た。3日後彼は同じ物体を見た。

1967716日午後9時、クデプストV. N.チェルニフスキー夫妻は他の2名と海岸近くで黄色っぽいばら色の円盤型物体が海の方角から西から東へ飛ぶのを見た。

1967717日午後11時、スクミで編集者のL. V.アントノーヴァ、クルチャコフ科学研究所研究員T. I.ダンツェヴァは他の4人と一緒に奇妙な物体を見た。物体は平らな円盤のように見え縁が輝いており、350フィートほどの高度をプロペラ機ほどの速度で飛んだ。

1967718日午後2時47分、アムヴロシエヴカで学生のY.ディヴァクと友人1人が釣りをしていて水面に奇妙な飛行物体が写るのを見た。見上げると、空に光沢のない飛行機のようなものが見えた。

1967731日午後915分、カヴカズキーのプリヴィルニー農場で農夫のI.コソフとその妻が暗赤色の円盤が南西から北東へ飛ぶのを見た。

196782日午後1130分、ノルウェー海を航行中であったソ連艦イゼフスクのマルコフ船長、シソイエフ航海士などが南に向かう白い球体を見た。数分後明るい点がもう1つ空の高いところに見え、大きさを増し、黄色の強い明るい光を放った。この現象は何度か繰り返された。

196785日午後850分、ペルムでY. G. ソロヴイエフ夫妻と子供が空を横切る環状の物体を見た。

196788日午後840分、キスロヴォドスクで科学アカデミー天文観測所上空を左右対称の三日月形物体が飛びすぎた。物体は月より少し小さく、20分ほどの弧状で、目撃者のある者は赤っぽい、他の者は黄色とした。

196789日頃午後3時、ベリエ・クリニツィで湖岸にいたリトキニ夫妻が高速で動く楕円形の物体を見た。物体はミルク色で、小さな黒い棒が何本か表面に無作為に配置されていた。数分後2番目の物体が現れた。

1967824日、「Trud」にカザンツェフとヴァレ共同の記事掲載

1967830日午後850分、ドネプロツェルジンスクで、丸い明るい均一に輝く黄色い円盤が空に大きな弧を描いて飛び、北北西に消えた。

196792日午後1135分、ペチョラで物理学者ミハイル・F.ゼレビンら4人が空の北北西に靄を見た。それは突然、空にあった満月くらいの大きさのはっきりした黄色い円盤に変化し、黄色い閃光とともにオレンジ色に変わった。

196794日午後917分、イェヴパトリヤN. N.プローニン夫妻は、白い三日月型物体が北東から南西へまっすぐ飛ぶのを見た。

196799日午後820分、ドネツクで凹型の飛行物体が目撃された。色は溶けた金属のようで明るい星が随伴していた。

1967919日午後740分、ベルゴグラドスカヤA.セルデュコフが明るい半月型の物体が上昇するのを見た。それは急速に下降し、円錐形の航跡を残した。

1967929日、ウクライナ上空でUFO目撃。

196710月初旬、スクミで技術者V. N. チェチヤノフらが青空に奇妙な物体を見た。物体はしばらく滞空し、岸に沿って飛行し、上昇し消えた。双眼鏡で観測したところ、物体は三角形で胴体も尾部もなく、アルミニウム色であった。

19671018日、ストリャーロフ委員会結成

19671018日午後9時、ズブガで物理学者などが、球体が海から東へ動くのを見た。

19671018日午後6時、ピヤティゴルスクで天文学者Z.カディコフが北西方向に明るい物体を見た。物体は三日月形で黄色、青白い尾を持ち、秒速1.5度で動いた。他にも目撃者がいた。

19671025日午後45分、オトラドノイ・スタニスタで地理の学生N.サラソフが義母とともに、球体の物体2個が北西から南東へ飛ぶのを見た。大きいほうは黄色っぽくぼんやりして小さいほうは金属的に見えた。

1967116日、カザンで夜、マスグトフ夫妻が土星のような形の物体を見た。物体は輝く赤っぽい球体で同じ色の平らな輪を持ち、滞空して回転していたが、次第に速度を上げて消えた。

1967119日、チェリヤビン近くのミアスI. Sルニヤコフが白い葉巻型物体で一端に黒いダッシュのある物体が空を動いているのを見た。

19671114日、リエパヤで半球形の大きな輝く物体が低空に浮かんでいた。物体は激しい、目に痛みを与える光を発して飛び去った。

19671115日午前4時30分、サスナヴァV.トレイチス北東の地平線上に丸い物体を見た。直径300メートルほどで非常に明るく、舌のような炎が見えた。

19671125日、ミハイロヴカで深夜ラジオを聞いていたV.ロゴフは、外の明るい緑の光に気づいた。見ると丸く平で縁の明るい物体が非常な速さで空を飛んでいた。流星のように消えたが、物体は同じ軌道に再び現れた。

1967123日、カメニー岬事件

19682月、フェリックス・ジーゲル、UFO関連書を出版

1968227日、「プラウダ」に否定的記事掲載。以後1988年まで第三次暗黒時代

1968621日、スベルドロフスク州ネビヤンスクで技術者ミハイロフが奇妙なUFOを目撃。

1968820日、ソチ近郊でスベルドロフスク基地のパイロットたちがUFO目撃。

1968919日、ツェハノヴィッチ事件

1969年、ペルシコボ村事件

1969731日、クプリヤノフ事件

19704月、中ソ国境で未確認飛行物体目撃。

19708月、ベルジャンスク事件。

1970年9月20日、ペトロザヴォドフスク事件

1972年春、ゴールドバーグ事件。

19725月、ボルゴグラード事件。

1973410日、アクラートフのUFO目撃

197375日、クリンカ川事件

19748月、UFOがモスクワ上空を飛行し、すべてのテレビ放送が12分停止した。

1974113日、ドニエプロペトロフスク事件。

197412月、タンボフ事件

1975721日、マリチェフ事件

19762月中旬、レニングラード事件

1976616日、ポドリスク事件

197694日及び1018日、カザンの天文台などで三日月形の飛行物体目撃。

197610月、ウラジーミル・ウォロビヨフ号事件

19761227日、カルガ事件

19771979、アジャジャによれば2回目のウェイヴ

1977819日、セルプホフ事件

197796日、イングリ川事件

1977920日、ペトロザヴォドスク事件

1977107日、ヴォルガという潜水艦修理船の上空を円盤9機が18分間旋回した。その間無線と電気機器が制御不能となった。

19785月、マリショフ事件(『UFO百科事典』)

19787月、プルコヴォ天文台長ウラディミール・アレクセイエヴィッチ・クラトは、UFOは充分調査されていない自然現象と人工物と発言。

1978年、直径15フィートの赤い球形の物体が飛行機と衝突する事件が起きたとの噂がある。

1978828日、マナンコフ博士の目撃事件

19791月、Nedelya」誌でウラディミール・ミグリンとプラトフとが、UFOは自然現象と答えている。

1979423日、マルガリヤン事件

19796月、カザフスタンのツルゲイで軍人がUFOを目撃した。またでキャンプしていた子供たちが何人かm58体の黒っぽい生物に追いかけられた。生物は非常に背が高く、一緒にいた教師は8フィートほどとした。また生物は親指のない三本指をしていた。

197992日、イストラ事件

19791116日、イズマイリ公園事件

1980年初頭、ケステンガ事件

1980614日、モスクワ上空でのUFO目撃事件

1981515日、モスクワ上空でのUFO目撃事件

1981823日、モスクワ上空でのUFO目撃事件

19828月、クラスノヤルスク事件

198332日、エストニア事件

1983531日、イニューシン博士の目撃事件

1983714日、ソスノフスカ村事件

1983826日、ラトビアのベンツピルス上空でミグ戦闘機がUFOに撃墜される事件発生。

19847月、ゴーリキー事件

198497日午前4時10分、ミンスクで軍のパイロット2名が物体を目撃、物体は光線を照射し、1人死亡、他は地面に不時着したが光線の生理的影響を受けた。

1984年末、ミンスク事件

19852月、ペトロザボツク事件

19859月、ニダ事件

1986129日、ダリネゴルスク事件

1986年ウルヤノフスク事件

198610月末、バチューリン事件

19874月、カザフ共和国上空を飛行中の英国航空ジャンボ機が巨大UFOと遭遇

1988年、メドベージェフ事件

19883月、ウクライナ事件

1988715日、アジャジャらは宇宙飛行士パヴェル・ポポヴィッチを会長に全国的なUFO研究委員会を結成。

1989年、アジャジャによれば3回目のウェイヴで、今回は軍も注目した

1989年、ウリヤノフスク事件

1989年、ペルミでムホルトフ記者がてんびん座から来た異星人とコンタクト。

1989年、ヴォログダで直径16フィートの球体が目撃されたが、それらは女性の顔のようにも見えた。

1989年、ヴォログダバスローブで歩いていた女性が何かに引かれたように着陸したUFOに近づき、物体と一緒に消えた。

1989年、アブダクションが頻繁に起きた。

198926日、ペルミ事件

1989213日、イェレニン近くでパイロットが、大きくて暗い青色をして窓のある飛行船のようなものを見た。

1989424日午後11時頃、ハロフスクでゴルバツカヤ夫人らが空中に炎が出現し火花を散らすのを見る。かなり上空には細長い四角形をした銀色の物体が北の方角に飛んでいき、また引き返してきた。

198966日午後2時30分、コナンツェボ村で小学生数人が上空に明るい斑点のようなものを見た。物体は草原の斜面に着陸し、中から背の高い異星人が現れた。

198974日、キエフでのアブダクション事件

1989725日マルイシェフ事件

1989916日、ニコライエフ事件

1989916日、モスクワで科学技術の非伝統的方向について教えるバージス校のUFO学部開校。

1989105日、キロフ100120機のUFOが目撃された。円筒形が多く、物体の附属物が出現したように見えたり、飛行中形が変わることもあった。

19891011日、ナルチク事件

1990年1月12日、ノボスチ通信がUFO円卓会議を開催。ジャック・ヴァレも参加

1990321日、セメンチェンコ事件

参考:Jacques Vallee『UFO Clonicles of the Soviet Union』Ballantine Book
   
中村省三『赤い国のエイリアン』グリーン・アロー出版
    ジョン・スペンサー『UFO百科事典』原書房
    在日ソ連大使館広報部編『今日のソ連邦』1989年11月1日号、1990年5月号

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