(最終改訂:2016年1月23日)

アイアス アイ・アム運動  アイク  アイゼンハワー  アエネアス アカシック・レコード 
アガスティアの葉 暁の星  アキレス  アグパオア  悪魔  アグリッパ・フォン・ネッテスハイム
悪霊 アゴグウェ  アザゼル  浅野和三郎  アスタロト  アステカの予言
アズテック事件 アストラル体  アスモデウス  アダムスキー  アテナ  アトランティス
アーノルド アバーファン事件  アブダクション  アブラハム  アブラハム  アフロディテ
安倍晴明 アポロニウス  アポロン  天草四郎時貞  飴買い幽霊  アリゴー
アルゴノウツ アルテミス  アルノー・ド・ヴィルヌーヴ  アルベルトゥス・マグヌス  アルロイ  アンドレーエ

イアス(Aias,Ajax)
 トロイア戦争で活躍したギリシャの武将。サラミス王テラモンとペソポイアの子で、テウクロスの異母兄。アイアスはギリシャ語で「鷲」を意味する「アイエトス」に由来する名。神話によれば、父テラモンはギリシャ神話最大の英雄ヘラクレスの友人であり、テラモンが子を授かったと聞くと、ヘラクレスは強い子が生まれるよう自分の父ゼウスに祈った。すると鷲が姿を見せたのでこう命名されたという。ホメロスの叙事詩『イリアス』では、ギリシャ側ではアキレスに次ぐ勇士とされ、並外れた大きな体躯と力を備え、巨大な盾を持って戦場に臨む姿は塔のようであったという。口数は少なくゆったり話したが、やさしい心とたいへんな勇気を持ち、しばしばテウクロスとともに闘った。ヘレンの求婚者の1人として、誰が夫になろうとも守るという誓いを立てていたため、トロイア戦争にはサラミスから軍船12隻を引き連れて参戦した。トロイア随一の武将ヘクトルと一騎打ちをしたときには日没になっても決着がつかず、互いにその健闘を称えてヘクトルは剣を、アイアスは剣帯を相手に贈った。アキレスが一時戦線を離脱した際には、その復帰を求める使節団にも加わり、トロイア軍がギリシャの艦船を守る防壁近くまで攻めてきたときには小アイアスとともに奮戦して防いだ。アキレスがパリスに殺されたときには、オデュッセウスが敵を防いでいる間にその遺体を運んだが、アキレスの甲冑をめぐってオデュッセウスと争い、敗れた。このときはギリシャ軍の指揮官が投票でその所属を決めたとも、トロイの予言者ヘレノスに決定させたとも言われる。怒ったアイアスは味方に夜襲をかけようとしたが、女神アテナがその正気を奪ったため羊の群れを攻撃し、正気に返った後自らの行為を恥じてサラミスに帰り、ヘクトルにもらった剣で自殺、その血からアイリスが咲いたという。別の説によれば敵将パリスの矢に射られたが、アイアスは幼い頃ヘラクレスのライオンの皮で包まれていたため不死身であったため、トロイア人は彼を生き埋めにしたとも言う。

参考:マイケル・グラント、ジョン・ヘイゼル『ギリシアローマ神話事典』大修館書

イ・アム運動(I Am Movement)

 「絶対存在運動」と訳される。1934年、ガイ・ウォーレン・バラードとエドナ・ホウィーラー・バラードの夫妻が創始したアメリカの新興宗教で、「I Am」とは神的実在にして諸々の力の源のことで、「絶対存在」とも言う。絶対存在はイエス・キリストにおいて啓示されたものであるが、同時にヒンズー教のブラーフマン的性格をそなえ、この絶対存在と合一することで無常の喜びを得ることができるという。夫妻は当初神智学オカルトに傾倒していたが、ガイが1930年に北カリフォルニアのシャスタ山で昇天主「聖ジャーメイン」の啓示を受けたとしてアイ・アム運動を開始した。ガイは死ぬことなく直接天に挙げられると主張したが1939年に死亡したため、教団の勢力は衰えた。しかし現在もジャーメイン・ファンデーションなどが活動中。

解説:ガイが啓示を受けたという聖ジャーメイン(St.Germain)はフランス語読みでは「サン・ジェルマン」となる。神智学においては、かのサン・ジェルマン伯爵は人類を正しい方向に導くため人知れず努力しているマスターの1人ということであり、バラードはサン・ジェルマン伯爵と出会った人物の1人となる。バラード夫妻も本来神智学に傾倒しており、アイ・アム運動も基本的には神智学系統の新宗教団体と言える。

参考:日本基督教団出版局『キリスト教人名辞典』
    ピーター・ワシントン『神秘主義への扉』(中央公論社)

リンク:www.saintgermainfoundation.org


イク(デヴィッド、David Icke)
 1952〜。イギリスの元サッカー選手で、一時ニューエイジ系統の予言者として活動するが、最近では、古代から陰で人類を支配してきたというレプティリアン(爬虫人類)の陰謀を説くようになっている。1980年代、エコロジー運動に関心を有していた頃には緑の党にも所属し、この政党のイギリス代表となる。1990年代初頭にはベティー・シャインという霊媒に出会い、彼女を通じて精神の覚醒を体験し、アイク自身ソクラテスやイエス・キリストを含む様々な霊から、様々な異変を知らされたとして、1991年3月に記者会見を行う。その席でアイクは、シチリア島のマフィアと天安門の虐殺から生じた破壊的思念の波動が共同して天変地異を引き起こすとし、アメリカのレイニア山の噴火、ニュージーランドの消滅、ナポリの大聖堂の崩壊が起こると述べた。こうした変動は大天使アク・タウルスによって引き起こされるもので、さらに1991年のクリスマスまでにキューバ、ギリシャ、アラン島などがマグニチュード8の大地震に襲われて沈むと予言したが、これらはことごとく外れた。しかしその後、緑の党やエコロジー運動の背後に国際金融寡頭権力の操作を発見して脱退。イルミナティの陰謀から進んで、レプティリアン(爬虫人類)が太古の昔から人間を支配しており、イルミナティフリーメーソンも人類支配のための道具に過ぎないと主張するようになる。アイクによればイギリス王室こそ、現代のレプティリアンやその代理人の基地であり、イギリス王室だけでなくジョージ・ブッシュ親子なども爬虫類に変身できると主張する。

蛇足:デーヴィッド・アイクの『竜であり蛇であるわれらが神々』(徳間書店)には、英語圏のトンデモ本がふんだんに引用されているので、その意味で資料的価値があるかもしれない。

参考:デーヴィッド・アイク『大いなる秘密(上)』三交社
    ピーター・ワシントン『神秘主義への扉』中央公論新社

イゼンハワー(ドワイト、Dwight David Eisenhower)
 1890〜1969。1953年から8年間第34代アメリカ合衆国大統領を務める。ウエストポイントの陸軍士官学校を卒業し、第二次世界大戦では北アフリカ方面連合軍司令官及びヨーロッパ連合軍最高司令官として連合軍の勝利に大いに貢献した。1945年陸軍参謀長、1948年コロンビア大学総長、1950年NATO軍最高司令官を歴任。UFO研究家の中には、大統領になってまもないうちのアイゼンハワーは墜落したUFOの回収に興味を持っていたが、大統領であってもそうした情報を手に入れるために必要な機密情報の使用許可がないと知って驚いたことがあると言う者もいる。そして1954年2月、アイゼンハワー大統領はミューロック(現エドワーズ)空軍基地で異星人と会見したという。しかしこれはジェラルド・ライトという人物が体外離脱によりミューロック基地を訪れた際の証言であるため、その信頼性は疑問である。

蛇足:歴代アメリカ大統領のなかで、ほぼ明らかにUFOに関心を持っていたと言えるのが第38代大統領ジェラルド・フォードと、このフォードを破って当選した第39代大統領ジミー・カーターである。フォードは下院議員であった1966年に、下院にUFO問題を検討するよう求める書簡を提出しており、カーターは1969年1月6日に自らUFOを目撃している。カーターの報告はアメリカの民間UFO研究団体NICAPに保管されていた。第33代トルーマン大統領がマジェスティック12を組織したとか、第35代大統領ジョン・F・ケネディも墜落したUFOの情報に関心を持っており、そのためマジェスティック12の陰謀で暗殺されたという俗説もあるが、マジェスティック12それ自体の存在が現在では疑問視されている。個人的にはフィリップ・クラスなどのスケプティックの言説を全面的に信じているわけではないが、少なくともマジェスティック12をめぐる議論については、こんなものはありえないとする見方のほうが正しいと思っている。

参考:と学会著『トンデモ超常現象99の謎』(羊泉社)
    Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    ジャポニカ(1972年版)


エネアス(Aeneas)
 トロイア戦争の武将の1人で、ギリシャ語読みではアイネイアスとなる。トロイア側では総大将ヘクトルに次ぐ武将で、ローマ神話の美の女神ヴィーナス(アフロディテ)とトロイアの王族アンキセスの子。トロイア近くのイダ山中で生まれ、母ヴィーナスは彼をニンフに与えて育てさせ、5歳で父アンキセスのところに連れて来られた。トロイアの王族のなかではもっとも神を敬う者であり、ポセイドンは、アエネアスがトロイア人を滅亡から救うと予言していた。トロイア戦争では、最初ダルダノスの町を守っていたが、ギリシャ軍最強のアキレスに追い出され、最後は生き残りのトロイア人を連れて新天地を求めて脱出した。一行は最初トラキアに着いたが、ポリュドロスの亡霊の警告を受けてトラキアから立ち去り、デロス島で「昔の母」を捜せというアポロンの神託を受けてクレタ島に向かった。しかしクレタ島では飢えに苦しみ、夢の中で「昔の母」とはイタリアであると知らされたため、一行は再び出航した。嵐で吹き寄せられたストロパデスでは怪鳥ハルピュイアに襲われたが、ハルピュイアの1人ケライノは、彼らが空腹のあまり食卓を食べるようになるまで新しい国に着くことはないと予言した。一行の苦難の航海は続き、途中で父アンキセスを失ったり、カルタゴでは女王ディドに言い寄られたが袖にしたために悲しんだディドが自殺するなどのドラマが連続する。シチリアでは船の一部が燃やされ、キュメでは伝説の女預言者シビルの助けで冥界に下ったりもしたが、最後に一行はイタリアのティベリウス川の岸に上陸、平たいパンを食卓代わりに、その上に食べ物を乗せて食事をとり、ついでにそのパンまで食べてしまった。つまり、「食卓まで食べる」というケライノの予言が果たされたのであった。

蛇足:アエネアスの航海は、ローマの詩人ヴェルギリウスの代表作『アエネイス』に詳しいが、ローマ人ヴェルギリウスとしては、かつての古代ギリシャの英雄時代とローマを結びつけることで、ローマの文化的正当性を強調したかったのであろう。ちなみにヴェルギリウスについては、後世魔術師と考えられた。また、かのユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)はアエネアスの子孫ということである。

参考:マイケル・グラント、ジョン・ヘイゼル『ギリシアローマ神話事典』大修館書房


カシック・レコード(Akashic Records)
 宇宙創世以来のすべての存在についてのあらゆる情報が蓄えられているという記録層のこと。「アカーシャ記録」とも言い、サンスクリッ ト語の「アカーシャ(原物質)」と呼ばれる媒体でできているためこう呼ばれる。ヘレナ・ブラヴァツキーは同様の記録を『ジャンの書』と呼んでいる。さらにイルカの研究やアイソレーション・タンクの発明でも有名なジョン・C・リリーもそうし た記憶層の存在を支持している。宇宙全体が1つの脳ともいうべき機能を持っており、そのうち記憶を司る部分がアカシック・レコードで あるという説明もなされる。宇宙の存在やできごとのすべてが記憶として蓄えられているため、この記憶層にアクセスして情報を引き出す ことができればこの世にわからないことはないということになる。実際に精神的に目覚めた人物は自由にこの記録層に接し、そこから過 去や未来に関する必要な情報を得ることができるとされ、エドガー・ケイシーやルドルフ・シュタイナーなどはそうした人物の例としてしばしば引用される。普通の人間も睡眠中この記憶層に接することがあり、その結果夢予知などの現象が起こると説明されることもある。また死の瞬間には自分のこれまでの一生が走馬灯のように脳裏をよぎるというのはよく言われる話だが。これもアカシック・レコードのなかで自分の人生に関する部分を垣間見るためともいう。

個人的意見:イスラムの聖典『コーラン』第85章第21節はアッラーの意志、決定、未来の予定すべてが書き込まれた「ラウフ・マハフーズ」なる書板に言及している。インドにもイスラム教徒は多いので、ブラヴァツキーがこの概念を自分なりに翻案したことは十分考えられる。

参考:『超常科学謎学事典』(小学館)
    ルドルフ・シュタイナー著『アーカーシャ年代記より』(人智学出版)
    北川隆一郎著『精神世界がわかる事典』(日本実業出版社) 

ガスティアの葉(Agastia Nadi, Leaf of Agastia)
 古代インドの聖者アガスティアが残したという予言のこと。約2000年前に書かれたもので、約300年前にサラボジ王の命で古代タミール語とサンスクリットに翻訳されたものが約100年前に南インドのタンジョアー寺院から発見された。青山圭秀の著書『アガスティアの葉』(三五館)によれば、マドラスの山奥にはアガスティアが予言を書き残したやしの葉を保管する一族がおり、やしの葉には将来この予言を読みに来る人物の人生が予言されているという。実際にはこのアガスティアの葉を保管すると称する者は複数おり、訪れた者に数々の質問をするなかで必要な情報を得ているようである。青山圭秀の本のおかげで一時大勢の日本人がアガスティア・ツアーに参加したようだが、最近は下火らしい。

個人的見解:アガスティアの葉が詐欺かどうかは別にしても(私は詐欺だと思ってます)、インドのような生活費の安い国で日本円にして何万円という見料をとること自体犯罪的な行為である。ちなみに、これまでインド人に出会う度にアガスティアの葉について尋ねているが、知っていると答えた者はまだ1人もいない。一方サイ・ババについてはほとんどすべてが知っており、教育程度の高い者の中にも彼は聖者だと述べる者がかなりいる。

参考:青山圭秀著『アガスティアの葉』(三五館)
    パンタ笛吹・真弓香著『アガスティアの葉の秘密』(たま出版)

の星(the Stella Matunina)
 「黄金の夜明け」系統の魔術結社の1つ。「黄金の夜明け」分裂後、ロバート・W.フェルキン(1852〜1922) らが結成。フェルキンはエディンバラ大学出身の医者で、ドイツでも学位を授与された熱帯病の権威であった。彼は体外離脱(暁の星の用語 では星気体投射)を用いてウエストコット黄金の夜明け設立を許可したというドイツの秘密の指導者と接触し、これをサン・マスターと 呼んだ。しかし彼は体外離脱で接触するだけでは飽きたらず、1908年以降6年間ヨーロッパを旅行した。その過程で神智学協会ドイツ支部の 初代会長であるヒュッペ=シュライデンからルドルフ・シュタイナーを紹介され、シュタイナーの弟子のなかにアリス・シュプレンゲルという人物を発見したことから、シュタイナーこそが秘密の首領であると信じるに至った。「暁の星」それ自体は1915年までにアモン・テンプルと呼ばれる外陣会員83人と40名の内陣団員を擁し、1916年に4つのテンプルを生み出したが、同じ年にフェルキンがニュージーランドに移住した後に分裂、第一次世界大戦により活動を停止した。

注:フェルキンがシュタイナーの弟子にアリス・シュプレンゲルという人物を発見 してシュタイナーを秘密の首領と信じた背景には、黄金の夜明け設立者の1人ウエ ストコットがドイツの魔術結社のアンナ・シュプレンゲルなる人物と文通し、設立の許可を得たと主張していたという事情がある。しかし、 このシュプレンゲルの書簡自体捏造と思われている。

参考:ジャネット・オッペンハイム著『英国魔術結社の興亡』(国書刊行会)
    荒俣宏編『世界神秘学辞典』(平河出版社)
    『魔術』学研ムーブックス


キレス(Achilles)
 ギリシャ神話の英雄の1人。テッサリアのプティアの王ペレウスと海の女神テティスの子。テティスは生まれたばかりのアキレスを冥府のステュクス川に浸し不死身としたが、その際彼の踵を握っていたため、その部分だけが生身のままで残った。母親はその後海へ帰ってしまったので、アキレスはケンタウルスのケイロンに育てられ、人間のなかでもっとも早く走るようになった。トロイア戦争に従軍すると死ぬと予言されていたため、テティスは彼を女装させてスキュロス島のリュコメデス王の宮殿に預けたが、知将オデュッセウスに見破られてしまう。戦場では数々の手柄を立てるが、アキレスが捕らえた女性プリセイスをめぐってギリシャ軍の総大将アガメムノンと対立、一時戦線を離脱する。アキレスを失ったギリシャ軍はたちまち戦況不利に陥るが、親友で愛人でもあったパトロクロスが戦死したためアキレスは復帰する。最後はトロイアの王子パリスに、弱点である踵を射抜かれて死亡した。ちなみに古代マケドニアのアレクサンドロス大王は、アキレスの子孫とされる。

蛇足:アキレスの故事にちなんで、踵の腱はアキレス腱と呼ばれている。アキレス腱は弱点の代名詞のようになっているが、人体にある腱のなかでは最大、最強である。

参考:マイケル・グラント、ジョン・ヘイゼル『ギリシアローマ神話事典』大修館書房

グパオア(トニー、Antonio Tony Agpaoa)
 1932〜1982。フィリピンのバギオの心霊手術師。一昔前の関係書ではブラジルのジョゼ・アリゴーと並んで東西の 心霊手術師の双璧のように紹介されていた。パンガシナン県のロザレスに生まれ、7歳のときルソン島イザベラ県の山中で2年を過ごし、 心霊手術の能力を身に付けたという。彼の場合特に道具は使用せず、患者の体内に指を差し入れて患部を直接取り除く方法で手術を行い、 患者の皮膚にはいかなる傷跡も残らない。手術の模様は何度かフィルムに撮られているが、彼が指を差し込むのは主に下腹部などの柔らかい 場所で、指が本当に体内に入っているのかどうか確認できない。本山博によって日本にも紹介され、日本でも信奉者が多かった が、ランディによれば1968年のアメリカ訪問の際にはデトロイトで詐欺で訴えられたことがあり、自身や子供が病気になったときは治療のためアメリカを訪れたという。フィリピンには今でも神の手を持つ男ジュン・ラボなど大勢の心霊手術師がいる。懐疑派によれば動物の内臓や血を含ませた脱脂綿などを手のひらに隠してさも皮膚を切り裂いて内臓を取り出したように見せているだけで、ジュン・ラボ本人ではないがその日本人妻ユーコこと生川(なるかわ)千鶴子は1996年10月に詐欺で逮捕されている。それでも世界中から心霊手術ツアーがこうした心霊手術師を訪れており、フィリピンにとってかなりな外貨獲得源にはなっているようである。

参考:『超常科学謎学事典』(小学館)
    James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)

魔(Devil,Demon)

 ユダヤ・キリスト教をはじめとする各種の宗教において、神、あるいは善なる存在に敵対する邪悪な霊的存在のこと。心霊学においては悪霊の一種とされ、実際日本語訳聖書においても悪霊という記述が多く見られる。人に取り憑いて様々な害悪を成したり(悪魔憑き)、人を神に対する信仰から外れさせるため様々な誘惑を行ったりする。ユダヤ・キリスト教における悪魔の出自をたどると古代イスラエル以外の民族が崇拝していた神や、天界を追われた天使たちに行き着く。このような天使の中で最も有名なのがサタンである。本来サタンとは、「敵対する者」を意味する言葉であったが、後期のユダヤ教や初期のキリスト教において、サタンは特定の堕天使の名となり、人間だけでなく神にも敵対するものとしてみられるようになった。このような変化は、善のアフラ・マズダと悪のアフリマンの対立というペルシャの二元論哲学の影響をうけたことによる。しかし、ユダヤ教とキリスト教では、悪は最終的には神に屈すると考えられている。キリスト教の教えでは、イエス・キリストが十字架にはりつけにされることによって、かえって悪魔やその部下たちは最終的には善に敗北する運命となり、人間すべてを支配する可能性はなくなったとしている。中世ヨーロッパでは、悪魔は芸術や民話の中で重要な役割をになうようになった。ファウスト伝説の悪魔メフィストフェレスはよく知られている。物語に登場する悪魔は尻尾(しっぽ)と角をもつ半獣として表現されることが多い。

参考:コラン・ド・プランシ著『地獄の辞典』(講談社)
     Encarta2000
    池内紀著『悪魔の話』(講談社)

グリッパ・フォン・ネッテスハイム(ハインリッヒ・コルネリウスム、Heinrich Cornelius Agrippa von Nettesheim)
 1486〜1535。ドイツの医師で魔術師。ドイツのケ ルンに生まれる。ケルン大学で法律、医学、哲学、そして各種の外国語を学んでいたがピコ・デッラ・ミランドーラ(1463〜1492)らの影響 を受け数秘術、カバラ錬金術に傾倒する。大学を卒業後1501年から神聖ローマ帝国 皇帝マクシミリアン1世(1459〜1519)に軍人として仕え、スペインなどで転戦するが、1507年になるとフランスのドールの大学で聖書学 を講義する。このとき、聖書解釈にカバラの手法を用いたり、ロイヒリンに習った宗教の自由検証主義をとっ たため保守的なフランシスコ修道会などと対立、1509年に行ったロイヒリンの著作『奇跡の言』を擁護する発言を行ったため異端の疑い をかけられ、1510年にはいったんロンドンに逃れる。1515年からイタリアのパヴィアの大学で教鞭を執った後、1518年にはフランスのメス で弁士兼弁護士となるが、魔女として告発された百姓女を助けたためドミニコ修道会などの怒りを買 い、1520年にケルンに移動、そこで最初の妻を失う。1524年にはリヨンでフランス王フランシス1世の母親ルイーズ・ド・サボアの侍医 となるが給料を支払ってもらえなかったため辞職、アントワープではチャールズ5世の資料編集員となり、ブラッセルでは借金のため投獄され、1535年フランスのグルノーブルで死亡した。8カ国語を理解し、数々の王侯貴族とも関係があった碩学で、医者としての腕も確かだったらしい。その彼を魔術師として有名たらしめているのがカバラや錬金術、各種占いの知識、そして1510年頃に執筆されたという『オカル ト哲学(Deocculta philosophia)』である。これはピコ・デッラ・ミランドーラにはじまるキリスト教カバラ(あるいはカバラのキリスト教への適用)を基礎に新プラトン主義やマクロ・コスモスとミクロ・コスモスの照応などを取り込んだもので、当時の占いや魔術などを集大成したものである。彼自身も魔術を擁護していたが、彼の言う魔術は神に至るための最も優れた方法であり、つまるところ地上の知識の集大成のようなものであった。もちろんその後彼の名は歴史上傑出した魔術師として人口に膾炙することとなり、様々な伝説が付与された。中でももっとも有名なものが、アグリッパはいつも黒い犬の姿の「ムッシュー」という名の使い魔を連れていたという ものである。このムッシューはアグリッパの赴くところ常に付き添っていたが、アグリッパが死の床にあってすべての魔法の技をすて、ムッ シューに「去れ、醜い者よ、おまえが私の破滅の原因だ」と言うと、犬はサオム川に飛び込んだという。また、伝説のさまよえるユダヤ人の訪問を受けたというものもある。

参考:『魔術』学研ムーブックス
    荒俣宏編『世界神秘学辞典』(平河出版社)
    Britannica(1968年版)

霊(あくりょう、Evil Spirit)
 様々な理由から成仏できずにこの世に留まり、憑依して霊障をなすなどの形で人間に害をなす霊の総称。特定の個人に恨みを抱きその個人あるいは子孫に祟る因縁霊、特定の場所に留まり、そこを通る人物に取り憑く地縛霊、浮遊霊、さらには動物霊などがある。また、本来肉体を持たない存在である自然霊の中にも人間に取りつくものがある。ユダヤ・キリスト教における悪魔も、心霊学的には悪霊の一種に分類される。

参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版

ゴグウェ(Agogwe)
 タンザニアやモザンビークに住む、人間に似た毛深い生物。身長は1.2〜1.5メートル程度で直立歩行し、茶色、あるいは赤褐色の毛に覆われている。しばしばヒヒの群に混じって目撃される。原住民の間では、アゴグウェに食物や酒を与えると、その礼として夜間畑をたがやしてくれるなどの言い伝えがある。アフリカには他の地域でも、2本足で歩く人間のような生物の目撃談がいくつかあり、アウストラロピテクスの生き残り説や、ブッシュマンやピグミーの誤認説がある。

参考:Bernard Heuvelmans著『On the Track of Unknown Animals』KPI

ザゼル(Azazel)
 『旧約聖書』偽典の1つ「エチオピア語エノク書」では、人の娘の美しいのを見て天から下ったの 堕天使の10番目で、人間に剣、小刀、楯、胸当ての作り方を教え金属とその製品、腕輪、飾り、アンチモンの 塗り方、眉毛の手入れの仕方、各種の石の中で大柄の選りすぐったもの、あらゆる染料を見せた。神の命によりラファエルに捕えられ、砂漠の 穴に閉じ込められた。ミルトンの『失楽園』では智天使で、サタンの旗を掲げる役をかってでた。『旧約聖書』の「レビ記」には、浄罪のため2頭の雄ヤギを選び、一方をヤハウェに供犠としてささげ、他方を荒野のアザゼルに送り出すとの記述がある。

参考:the Book of Enoch,SPCK

野和三郎(あさのわさぶろう)
 1874〜1937。日本心霊科学研究会設立者で、日本における心霊研究の草分け。茨城県出身。旧制一高を経て東京帝国大学英文学科卒業。東京高等商業学校、海軍機関学校の教官となるが、機関学校時代に、ある霊能者に子供の治療を受けたことから心霊現象に興味を持ち、大本教に入信する。大本教では鎮魂帰神法により、友清歓真とともに大正10年の立て替え・立て直しを主張するが、第一次大本事件以後は大本教を去り、大正12年に日本心霊科学研究会を設立。大正15年よりは忍術家藤田西湖、岡崎澄山、内田専亮、中尾良知、中西りか等の霊能現象を研究した。妻の多慶子(1884〜1971)も息子の新樹の死後霊能を発揮するようになり、自ら新樹の霊や守護霊の小桜姫と交信し始めた。

参考:春川栖仙著『心霊研究事典』東京堂出版
   浅野和三郎著『心霊講座』潮文社
   松本健一著『神の罠』(新潮社)

スタロト(Astaroth)
 地獄の大公爵で、地獄界の皇太子とも言われる悪 魔。極めて醜い天使の姿で左手にマムシを持ち、ドラゴンにまたがって現れる。地獄の主計長官でもあり 、過去と未来を知り、どんなに秘められたことにでも答えてくれる。40の軍団を従えるが、耐え難い悪臭を放つ。以前 は座天使で、ソロモンの72霊の1人でエノクのデーモンの1人。しかしその語源は古代セム族の豊穣の女神アスタルテに求められる。異教の神がユダヤ・キリスト教において悪魔に貶められた例の1つ。

蛇足:女神アスタルテは、バビロニアのイシュタルと語源的には同一であり、この女神の性格はギリシャ神話のアフロディテにも反映されている。

参考:フレッド・ゲティングス『悪魔の事典』青土社
   コナン・ド・プランシー『地獄の辞典』講談社

ステカの予言(Aztec Prophecy)
 中米のアステカ王国には、太陽と闇の神ウィツロポチトリにより追放されたケツァルコアトルが、一葦の年、九風の日に帰還し自分の支配を打ち立てると予言したとの伝説が残されていた。ケツァルコアトルは白い肌に黒い髭を生やし、人間を犠牲に捧げることに反対していた。また、魔術の本の中では黒い衣装で描かれていた。そしてスペイン人エルナン・コルテスがメキシコに上陸した1519年は、マヤの暦では一葦の年にあたっており、上陸した日は九風の日だった。しかも彼はケツァルコアトルが被っていたとされる帽子を被り、聖金曜日のため黒い衣装であった。当時のアステカの皇帝モクテスマはコルテスのことをケツァルコアトルではないかと恐れたため迅速に対応を決定できず、結局アステカは少数のスペイン人に征服されてしまった。コルテス上陸の前には、北極光、火山の爆発により湖が煮えたぎる、太陽神の神殿の火事、霊がある婦人を通じ「わたしの子供たち、破滅は近いぞ」と呼び掛けるなどの前兆が見られた。

個人的見解:アステカは馬と鉄砲を知らなかったためあっさり征服されたように記す書物もあるようだが、実際にはコルテス以前にも何人かヨーロッパ人がアステカの地を訪れ、多勢に無勢で敗れたことがあったようである。コルテスも一度は命からがら退却したこともある。歴史にもしもは禁物だが、モクテスマがコルテスの意図を早期に認識し、全兵力を動員していたら、アステカはもう少し長く生き延びたのであろう。そしてモクテスマの決断を妨げた大きな要因が、この予言であったろう。数ある滅亡予言の中でも、一応時期まで特定され、しかも結果的に的中したと言える予言である。

参考:山内雅夫他著『予言のすべて』(日本文芸社)

ズテック事件(Aztec Crash)
 1948年3月、アメリカのニューメキシコ州アズテック付近に乗員10名を乗せたUFOが墜落したとする事件。ミューロック(現エドワーズ)、サンタフェ及びコロラド南東部の3カ所のレーダー基地がその飛行物体を追跡したため着陸位置が特定され、空軍はミューロック基地から着陸現場に調査団を派遣した。現場では直径30メートルほどの円盤形の物体が発見された。その外部は窓ガラスが割れていた程度で大きな損傷はなかったものの、乗員は全員死亡していたという。乗員は身長3〜4フィートで体に比べて大きな長めの頭を持ち、目はつり上がっていた。乗員の死体は一時ミューロック基地に保管され、その後ライトパターソン空軍基地に送られた。フランク・スカリーの『UFOの内幕』でこの事件が取り上げられたことから一般に知られるようになったが、その後スカリーの著述の内容がでっちあげであったと判明したため、現在ではアズテック事件そのものも捏造と考えられている。

参考:Ronald Story著『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)
    桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社 

ストラル体(Astral Body)
 幽体、星気体と訳される。またエーテル体とも同視される。しばしば人間の体は肉体とアストラル体、霊体の3つの体が重なり合ってできており、アストラル体は肉体とほぼ同じ形態を持っているが、特殊な能力を持つ人間にしか見えないと言われる。また肉体とはシルバーコードと呼ばれる紐状の物質でつながっており、このシルバーコードが切れるとアストラル体と肉体とが切り離されて死を迎えることになる。肉体の死後アストラル体が暮らす場所がアストラル界(幽界)と呼ばれ、霊界に行くまでの過渡的段階を過ごす世界とされている。体外離脱や夢なども、アストラル体が一時的に肉体を抜け出してアストラル界を訪れるのだと説明されることがある。なお神智学においては肉体と霊体の中間存在として、アストラル体やエーテル体の他コーザル体やメンタル体など多くの存在を想定している。

参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版

スモデウス(Asmodeus)
 『旧約聖書』の外典である「トビト書」に登場 する悪魔。「トビト書」によれば女性サラにとり憑き、サラが結婚するたびに婚礼の晩夫を殺していたが、トビアスに 付き添っていた四大天使の1人ラファエルに追放され、エジプトの果てに幽閉されたという。エデンの園でイブを誘惑した蛇の正体であるとも言われ、魔術師に召喚されるときは、人、牡牛、牡羊の3つの頭にガチョウの足と蛇の尾を持ち、竜にまたがった姿で現れる。地獄では72の軍団を統率し、透明になる術を教え、幾何学や算術、天文学や工芸を教えてくれる。17世紀のセバスチャン・ミカエリスが悪魔バルベリトから告げられたという階級では第一位に属し、もとは熾天使だったという。ソロモンの72霊にも数えられるが、アスモデウスの語源はペルシャの伝統的な邪霊「アエシュマ・デーヴァ」に求められる。

参考:フレッド・ゲティングス『悪魔の事典』青土社
   コナン・ド・プランシー『地獄の辞典』講談社

ダムスキー(ジョージ,George Adamski)

 1891〜1965。アメリカのコンタクティー。ポーランドに生まれ、2歳の時アメ リカに移住。1946年10月9日にパロマーで葉巻型母船を目撃した後、1951年3月5日に葉巻型母船を撮影。1952年11月20日には、カリフォルニア のモハーベ砂漠で金星人オーソンに会ったと主張。さらに翌年2月18日にはロサンゼルスのホテルで火星人ファーコンと土星人ラミューに会 い、一緒に円盤に乗ったと主張。1953年にアダムスキーが異星人から受け取ったフィルムには、アダムスキー宇宙文字と呼ばれる独特の図形が映 っていたが、これは同時期にブラジルの遺跡で発見された図形と同じであった。彼が撮影したUFOは、日本ではア ダムスキー型UFOと呼ばれる。アダムスキーは葉巻型母船及びドーム型偵察艇の写真を撮影しているが、通常ア ダムスキー型という場合には円盤形の基部の上に、いくつかの円形の窓を持つ低い円柱が乗り、さらにその上をドーム型の屋根が覆うも ので、底部には3個の球形の着陸ギアを持つ偵察艇を指す。同様の形のUFOは世界各地で目撃されているが、その胴体部分は1930年代からアメリカで製造されていた石油ランプの傘にそっくりである。またアダムスキーが写した写真にはコンピューター分析の結果吊り糸が発見されている。このようにアダムスキーの供述に対する信頼性が否定されるとともに、アダムスキー型UFOの目撃例は全般的に疑問視されるに到っている。一方でアダムスキーの信奉者はいまだ彼の体験は真実だとほとんど盲目的に信じている。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)
    桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社 
   http://xa.yimg.com/kq/groups/16400180/1593801113/name/Prelim_Notes_Adamski_Scout_Ship_mini2.pdf

テナ(Athena)
 ゼウスの娘でオリンポス12神の1人。戦争とさまざまな技芸の神で、アテネの守護神。ローマ神話のミネルバと同一視される。アテナの父ゼウスがタイタン族のメティスを孕ませたとき、プロメテウスは、生まれる子は父を倒して世界を支配するであろうと予言した。自分の地位を奪われることをおそれたゼウスはメティスごと飲み込んだが、メティスの子はゼウスの頭に移動し、ヘパイストスがゼウスの頭を斧で割ると、かぶとをかぶり槍と盾を持った姿で頭から生まれた。知恵の女神でもあるが、自分の髪の毛はアテナより美しいと自慢したゴルゴン3姉妹の髪を蛇に変えたり、機織競争で神々の醜態を織り込もうとしたアラクネを蜘蛛に変えたり、怒らせたら血も涙もないのはギリシャの神々に共通である。さらにパリスの審判においては、アフロディテやヘラと、「もっとも美しい者へ」と書かれたリンゴを争うなど、普通の女性と変わらない話もある。軍神としてはギガントマキアで男神顔負けの活躍を見せ、同じ軍神のアレスと戦って勝利したこともある。また、ペルセウスやヘラクレス、イアソンなど、自分を崇拝する英雄たちには援助を惜しまない。ギリシャの首都アテネの名はアテナにちなんだもので、ポセイドンとアテナがアテネの守護神の座を争ったとき、ポセイドンが馬を与えたのに対しアテナはオリーブの木を与えて市民の支持を得たという。アテネ郊外のパルテノン神殿も、本来アテナに捧げられたものである。

蛇足:アテナの名は車田正美の「聖闘士星矢」でもおなじみである。アテナの持つ盾には、ペルセウスが退治したメドゥサの首が埋められており、ギリシャ語でアイギス、英語ではイージスと呼ばれる。日本の海上自衛隊が持つイージス艦の名はこれに由来する。

参考:マイケル・グラント、ジョン・ヘイゼル『ギリシアローマ神話』大修館書店

トランティス(Atlantis)
 古代の大西洋に存在し、今から1万2000年ほど前に海中に没した大陸の名前。その起源はプラトンの2つの対話編『ティマイオス』と『クリティアス』の記述に求められ、それらによれば、古代ギリシャの政治家ソロン(紀元前640頃〜560頃)が引退後地中海諸国を旅行した際、エジプトのサイスの神官からアトランティスと呼ばれる島の話を聞いたという。その島、アトランティスはリビアとアジアを合わせたよりも大きく、始祖はギリシャ神話の海神ポセイドンでその長子アトラスが初代の王であった。首都のポセイドニスは巨大な三重の運河で囲まれ、運河の幅は最大の部分で533メートル、中央の島の丘の上に王宮と神殿があった。また火の如く輝くオリハルコンと呼ばれる特殊な金属を産し、軍隊は600の地区別に徴収され、重戦車1万台、軽戦車6万台、軍船1200隻、陸海併せて124万余の兵力を誇り、周囲の島々やリビア、エジプト、イタリアまで従属させたが、ギリシャには撃退されたという。その後アトランティスは、1日と悲惨な一夜の中、海の下に姿を消した。
 アトランティスについては古来プラトンの空想の産物とする説と実在説とがあったが、1882年、アメリカの政治家イグネーシャス・ドネリーが『アトランティス、洪水以前の世界』を著し、ピラミッド建設やミイラの作成、1年を365日とする暦など、南米と古代エジプトの文明に多くの共通点があることなどを指摘、先史文明としてのアトランティスの存在を主張したことで再び世界の注目を集めた。その後ヘレナ・ペトロブナ・ブラヴァツキーなども、かつて現生人類とは異なる人種が住んでいた大陸としてアトランティスの存在を主張し、アメリカの予言者エドガー・ケイシーもその実在を支持している。しかし大西洋海底の地質学的研究からはその存在は疑問視されており、大陸移動説によってもアトランティスのような大陸がはまり込む余地はない。そこでアトランティスを大西洋以外の場所に求める説も多く提唱されている。

参考:金子史朗著『アトランティス大陸の謎』(講談社)
    N.E.ジロフ著『アトランチス大陸研究』(大陸書房)

ーノルド(ケネス、Kenneth Arnold)
 1915〜1984。アイダホで防火器機の会社を経営していたアメリカの実業家。1947年6月24日、ワシントン州レーニア山麓上空で自家用機を操縦し、海軍のC46輸送機の捜索に参加していた時、2回強い光を浴び、23マイルほど離れた北方に一列になり、太陽の光を反射して輝いている9個の飛行物体を目撃した。アーノルドの目測では物体は時速1600マイルの高速で飛行していた。事件後、アーノルドは物体の飛び方について「円盤を水面で水切りさせたような」と述べたことから、マスコミは「空飛ぶ円盤」という言葉を生み出した。物体の形状については、彼は何度か証言を変えており、最初は歪んだ円形の図を書いたが、後に左の写真のような三日月型の形状を主張するようになった。

個人的見解:アーノルドが目撃した物体が円盤型をしていたと広く信じられていたため、この事件は得体の知れない飛行物体の目撃と思われがちである。しかし、三日月形という彼の証言が正しいとすると、物体はむしろ全翼機と呼ばれる形態の航空機に似ている。特に、ナチス・ドイツが大戦末期に開発していたHo229などは、彼の証言にかなり一致する形態をしている。当時全翼機そのものはそれほど一般的なものではなかったが、密かに実験が行われていた可能性はあろう。もっとも、アーノルドが主張する時間と場所で米軍が秘密兵器の実験を行っていたとする証言は、今に至るも公表されていない(左はアーノルドと彼が見た物体。下はHo229)


参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ『人はなぜUFOと遭遇するのか』
    桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社

バーファン事件(Aberfan disaster) 
 1966年10月21日、イギリスの南ウェールズにある炭鉱の村アバーファンで、崩れたボタ山に小学校が飲み込まれ、小学生等144人が死亡した事件。事件後日刊紙が事件の予兆を感じた人物を募ったところ、イギリス中で約200人の人物が予知夢や予感を感じたと回答してきた。たとえば事件で犠牲となった少女の1人は、事件前日母親に、学校が黒いものに覆われる夢を見たと述べている。アバーファンから200マイル離れたプリマスの女性は、事件の前夜トランス状態の中で、谷間にある教会が石炭の山に覆われる光景を見たと報告している。英語出版物では、しばしば偶発的予知の事例として紹介されている。

個人的解説:アバーファン事件の予知については、事件の後、日刊紙が呼びかけたもので、回答はイギリスの各地から寄せられた。日刊紙の販売地域は正確には不明だが、回答の多くはロンドンからである。しかも、第三者の確認を得ていない、つまり本人の勘違いという可能性のあるものも多い。上述のプリマスの女性の証言は、6人の証人がいるということだが、ここで問題となるのが、石炭の山に建物が覆われる夢を見る可能性がどのくらいあるかである。アバーファンの事件は、この種の事件として最悪のものであったが、ボタ山が崩れるという事件は、イギリスではそれ以前に何件もあったようだ。つまり、そうした過去の事件の記憶が夢に現われる可能性は十分あるのである。そしてイギリスの人口を考えれば、たまたま事件の前日にそうした夢を見る人がいても不思議ではないような気がする。

参考:JOURNAL of the Society for Psychical Research VOLUME 44 No. 734

ブダクション(Abduction)
 UFOや異星人による誘拐事件のことで、UFO目撃者がその意志に反してUFO内や他の天体に連れ去られる事例。年代的にはブラジルのヴィリャス=ボアス事件の方が先だが、アブダクションが有名になったのは1961年のヒル夫妻事件以後のことで、以来数多くの事例が報告されている。アブダクションを受けた者は「アブダクティー」、あるいは「エクスペリエンサー」と呼ばれる。UFO内では多くの場合医学的な検査が行われ、ヴィリャス=ボアス事件のように異星人とのセックスを強要された例もある。また、誘拐された直後にはその間の記憶がなく、退行催眠により誘拐の事実が明らかになる場合も多く、1991年にローパー機関が行った調査では全アメリカ人のうち370万人が潜在的アブダクティーの可能性があるとしている。他方、誘拐が現実に起きたことを証明する物的証拠はなく、誘拐体験の内容に民間伝承やUFO以前のSF小説に類似点が見られるとの指摘もある。最近では心理学の立場から出生時外傷の追体験とする説も有力となっている。

個人的見解:ヒル夫妻事件ヴィリャス=ボアス事件トラビス・ウォルトン事件など何らかの発光体の目撃があり、その後失われた時間が発見される場合はまだしも、そうした物体の目撃と切り離して、たとえばベッドに寝ていたら普通の人間とはなんとなく体型の異なる裸の女性が現れたなどという事例(オーストラリアのPeter Khouryの例)を、はたしてUFO関連の事件と言えるかどうかはなはだ疑問である。UFO目撃と、それに伴うアブダクションの事例が一般に知られるようになる前は、このKhouryのようなケースは夢魔だとか妖精だとかの仕業とされたはずである。もっとも、UFOそれ自体いまだ解明されていない現象であるから、夢魔や妖精とまったく関係がないとは断言できないが、そうするとUFO研究とはいったい何だという疑問に突き当たる。未解明現象すべてがUFO関連と言えるなら、UFOという言葉を使用する必要はないだろう。さらにアブダクションの場合、多くの事例において退行催眠が使用されていることにも注意すべきであろう。退行催眠の危険性は一昔前のアメリカで流行った記憶回復運動においても証明されている。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    ジョン・スペンサー著『世界の謎と不思議百科』扶桑社

ブラハム(Abraham)
 アラビア語の名称は「イブラヒーム」。『旧約聖書』の登場人物で、イスラム教の聖典である『コーラン』でも預言者の1人とされる。メソポタミアのウル、あるいは現トルコのシャンルウルファに生まれ、ウルに住んでいた。ユダヤの伝承ではユダヤ人の祖先であり、アラブに伝わる伝承ではアラブ人の祖先でもある。父のテラおよび甥のロトとともにウルを離れて、現トルコ南部のハッラーンに定住し。父テラはそこで死亡するが、アブラハムは神に命じられて再び旅をし、ネゲブ地方に達した。しかし飢饉に見舞われてエジプトに移住し、そこでは妻のサラを妹であると述べたためファラオがサラを宮廷に召しだした。しかし宮廷の人々が病気になったことから真実が発覚し、アブラハムはサラとともにエジプトを追われた。アブラハムにはエジプト人奴隷のハガルが産んだイシマエル(アラビア語ではイスマイール)と、サラが産んだイサクとの2人の子があり、『旧約聖書』によれば、神はアブラハムの信仰を試すためイサクを神の犠牲に捧げるよう命じた。しかしアラブの伝承によれば、アブラハムが犠牲に捧げたのはイシマエルの方で、ユダヤ人はイサクの子孫、アラブ人はイシマエルの子孫ということになっている。また、アブラハムとイシマエルは共同で、一時失われていたカアバ神殿を再興したと言われている。アブラハムの墓と称するものがヨルダン川西岸のヘブロンにあり、その住まいと称する遺跡が、ウルのジッグラトの近くにある。


参考:ピーター・カルヴィコレッシ『聖書人名事典』教文館
   『岩波イスラーム辞典』


ブラハム(Abraham the Jew)

 1362〜1460。中世の伝説的な魔術師で、「ユダヤ人アブラハム」と呼ばれる。ドイツのマイエンスで、代々魔術師を務める家柄に生まれた。魔術の知識を求めてオーストリアやハンガリー、ギリシャやコンスタンチノープルなど各地を遍歴した後、アブラ・メリンのうわさを聞いて1402年にエジプトを訪れる。エジプトではアブラ・メリンに弟子入りし、悪魔を呼び出して様々な現象を現出したり、水の上を歩いたりする秘術を身に付ける。その後ドイツのビュルテンブルクに住み、イギリス王ヘンリー6世、法王ヨハネ23世、ドイツのジグスムンド皇帝などに請われてその眼前で様々な秘術を見せた。「黄金の夜明け」共同創設者の一人であるマクレガー・メイザーズも、アブラハムが著した『アブラ・メリンの神聖魔術』により、アブラ・メリンの魔術を発見したという。

解説:アブラハムの師と伝えられるアブラ・メリンについては、メイザーズが著した著作にのみその名が見られ、メイザーズの創作の疑いが強い。

参考:『魔術』学研ムーブックス
    James Randi『The Supernatural A-Z』Headline 

フロディテ(Aphrodite)
 ギリシャ神話の美と愛と豊穣の女神。オリンポス12神の1人でヘパイストスの妻。クロノスが父ウラヌスの男根を切り取って海へ投げると泡が生じ、その泡から生まれたというのが一般的な伝説であるが、ゼウスとディオネの娘とする異説もある。奔放で浮気な性格を持ち、戦争の神アレスをはじめ、ディオニュソスやポセイドン、ヘルメス、さらには人間のアンキセスやアドニスなど多くの愛人を持つ。当然子供も大勢おり、アレスとの間にフォボスとダイモス、ハルモニアやエロス、ディオニュソスとの間にはプリアポス、ポセイドンとの間にエリュクス、ヘルメスとの間にヘルマフロディトス、アンキセスとの間にアエネアスを生んでいる。アテナアルテミス、ヘスティアの3女神以外の神々やすべての人間に恋心を生じさせることができ、それを締めるとあらゆる神と人間の心をとらえる帯を持つ。美の女神だけあって神々のなかでももっとも美しいらしく、トロイア戦争の原因となったのも、トロイアの王子パリスが、アテナやヘラよりもアフロディテが美しいと審査したお礼に、アガメムノンの妻であったヘレンをパリスに与えたことである。もっとも、キニュラスやグラウコス、パシパエなど、自分より美しいと自惚れる者にはかなり陰険な罰を下す。

蛇足:アフロディテはローマ神話のヴィーナスと同一視されている。他方古代メソポタミアのイシュタルなどもほぼ同じような性格であり、アフロディテの性格もこうした古代の女神の影響を強く受けて形成されたらしい。現にイシュタルは古来金星に住むと思われていたが、ローマ人も金星にヴィーナスの名を当てている。

参考:マイケル・グラント、ジョン・ヘイゼル『ギリシアローマ神話』大修館書店

倍晴明(あべのせいめい)
 延喜21(921)〜寛弘2(1005)。平安時代の陰陽師。加茂忠行、保憲親子に陰陽道を学ぶ。その後従四位下に叙せられ、大膳太夫、陰陽師、主計権助、播磨守などを歴任した。陰陽師としては当時から逸材と目されていたらしく、師匠の加茂保憲は以後天文道を晴明の子孫に受け継がせ、加茂家は暦道だけを司るようになった。現在も安倍晴明ゆかりの占法が何種類か伝わっている。また『今昔物語』『宇治拾遺物語』『大鏡』の記述や、各地に伝わる様々な伝説によれば晴明は安倍仲麻呂の子孫である父保名と狐の間に生まれ、唐で伯道上人に陰陽道を学んだことになっている。また式神を使役して様々な不思議を行い、ライバルの蘆屋道満との術比べや死者を蘇らせたなど様々な秘術を行ったとされている。しかし実際には晴明の父親は安倍益材(あべのますき)であり、彼の屋敷が雷に撃たれたり、しかるべき祭事の執行をさぼって叱責されたこともあるらしい。また、一般には占い師、あるいは一種の超能力者としてのイメージが強いが、実際には中央官庁の長官や地方総督を務めるなど、律令時代の官僚としてかなり出世した人物でもある。晴明の子孫は室町時代中期に土御門家を名乗るようになり、現在も福井県の天社土御門神道本庁を中心とした土御門神道を伝えている。

個人的弁明:安倍晴明は夢枕獏とか岡野玲子その他大勢が大部のエンターテインメントや関係書を著しているスーパースターであり、今さらこのサイトで取り上げる必要などないくらいである。一方で、超常現象全般に関する百科全書を標榜する以上、彼を無視できないことも事実である。晴明ファンにはきっと物足りない記述ではあろうが、他の項目との兼ね合いもあるのでどうかご容赦願いたい。

参考:『陰陽道の本』(学研)
    豊島泰国著『安倍晴明読本』(原書房)
    日本人名事典(平凡社)

ポロニウス(ティアナの、Apollonius of Tiana)
 紀元前27?〜14?。古代ローマ帝国時代の魔術師。新ピタゴラス学派に属するとも言われ、イエス・キリストより 少し前に、ローマ帝国の領内で活躍した。その生涯は多くの伝説に彩られている。現トルコのカッパドキアに生まれる。容姿は美男で弁舌さ わやか、莫大な遺産を受け継いだがすべて人に与え、知識を求めて遠くインドまで旅したという。さまざまな不思議を行った魔術師として 知られ、動物の言葉を理解したり、死者を蘇らせたり、さらには使い魔を閉じこめた指輪をいくつも持っており、必要に応じてこれらを呼 び出して駆使したとか、魔術書『ヌクテメロン(ギリシャ語で「昼に照らされる夜」の意)』の作者であるとも言われている。なかでも もっとも有名なのが、ラミアという怪物を退治した話である。

参考:『魔術』学研ムーブックス
    ゲリー・ジェニングス『エピソード魔法の歴史』現代教養文庫
    James Randi『The Supernatural A-Z』Headline 

ポロン(Apollo)
 ギリシャ神話の太陽神。予言や芸術、医術の神でもある。オリンポス12神の1人で、ゼウスとレトの子。アルテミスの兄。レトは出産に適した地を求めて世界中をさまよった末、デロス島でアポロンとアルテミスの双子を産んだ。アポロンはテミスに育てられ、長じてデルフィで大蛇ピュートンを退治し、そこに神託所を建てた。リュートの発明者で、竪琴の名手でもあるが、同時に優秀な射手でもあり、母のレトよりも子沢山であると自慢したニオベの12人の子供を、アルテミスと協力してすべて射殺した。多くの神話に登場する有力な神だが意外にも女性にはふられることが多く、予言の力を与えたカサンドラや両手にすくった砂の数だけ寿命を与えると約束したキュメのシビルなどにふられ、ダフネにストーカーしたときはアポロンを毛嫌いしたダフネが月桂樹に変身した。マルペッサはイダスに奪われ、シノペに言い寄ったとき愛を受け入れてくれれば何でも願いをかなえると約束したが、シノペの願いは死ぬまで処女でいたいというものだった。ヒュアキントスやキュパリッソスなど男性の愛人もいたが、いずれも不幸な結果に終わっている。医神アスクレピオスの父であるが、アスクレピオスがゼウスの雷で殺されたときには雷を作っているキュクロプスを殺したため、1年間ペライ王アドメトスの羊飼いとして仕えた。このときアドメトスに親切にされたので、彼のためにいろいろと骨を折っている。本来はアルテミスと同様東方起源の神で、早くからギリシャ神話体系に組み入れられたらしい。本来ギリシャの太陽神はヘリオスであった。

蛇足:あるとき牧神のパンと楽器の腕を競った。このとき審査員をしたのがフリュギアの王ミダスだった。パンを崇拝するミダスは、パンに勝ち星を上げたが、怒ったアポロンはミダスの耳をロバの耳にした。有名な「王様の耳はロバの耳」の物語はここから始まる。

参考:マイケル・グラント、ジョン・ヘイゼル『ギリシアローマ神話』大修館書店

草四郎時貞(あまくさしろうときさだ)
 1621〜1638。天草の乱における切支丹(きりしたん)指導者。西洋人宣教師と日本人女性の混血とか、豊臣秀頼の遺児との説もあるが、じっさいは戦国武将小西行長の遺臣、益田甚兵衛の長男。四郎は幼時より聡明で、容貌も美しかったというが、子供のときから空中浮揚などの奇跡を示したという伝説もある。さらには、天草と島原の間の海上を歩いてわたったとか、1羽のハトが四郎の手に卵を産み、それを割ると聖書が出てきた、四郎が呪文を唱えると竹にとまったスズメが竹から離れられなくなったなどの伝説にも彩られている。四郎が天草のキリシタン農民のアイドルとなった背後には、ママコスの予言と言われる奇妙な予言も関与している。これは、島原の乱の26年前に日本から追放された宣教師ママコスが残したとされる予言書で、26年後に1人の童子が現れ、このとき東西の空が真っ赤に焼け、枯れ木が花を咲かせ、日本にデウスをあがめる時代が来る、と予言されていたという。果たして島原の乱の前には、いつになく空が赤くなったり、一旦散った桜が再び花を開いたりなどの変事が生じたという。寛永14(1637)年、島原の乱では、名目上の指導者にまつりあげられたが、実際に反乱軍を指揮したのは、小西家の遺臣などの浪人たちで、四郎は城内の礼拝堂で昼夜祈祷を行っていたらしい。反乱軍は、当初板倉重昌率いる幕府軍を退けるなどの戦果を上げたが、結局鎮圧され、四郎も含む参加者全員が戦死あるいは刑死となった。

蛇足:島原の乱により、キリスト教は日本国内で絶滅したかに見えた。しかし、日本キリスト教神秘主義の伝統は隠れ切支丹として水面 下で密かに生き延び、明治になって乙女峠の聖母出現という奇跡を現出する。

参考:ジャポニカ(1972)
    筑波常治『天草四郎』国土社

買い幽霊(Candy buying Ghost)
 あるいは子育て幽霊。似たような伝説が日本各地に残るが、いずれも江戸時代のことと伝えられる。それぞれの伝説において細部は異なるが、ほぼ共通したストーリーは、まず飴屋が店じまいをはじめた時刻に若い女が訪ねてきて飴を買っていく。同様のことが何夜か夜か続いた後、最後に飴屋が女の後をつけていくと寺でその姿が消える。翌朝飴屋が住職にその話をすると、住職は最近埋葬された若い女に思い至る。この女の墓を暴くと、中で赤子が飴をしゃぶっているというものである。救われた赤子は高僧になったり、その寺の住職になったという話も多く、中には女の素性まで語られているものもある。江戸時代の寺院が、母親の子を思う心を説くため各地でこの話を広めた可能性も考えられる。→読み物へ

参考:『日本伝説大系2巻、6巻』みずうみ書房
    http://www.rg-youkai.com/tales/ja/42_nagasaki/01_amekai.html

リゴー(ジョゼ、Jose Arigo)
 1918〜1971。ブラジルの心霊治療師。ある時、ある部屋に突入したい衝動を感じその部屋に入ると、知り合いの婦人が子宮癌で瀕死の状態にあった。彼はいきなりナイフを患者の腹に突きたてて腫瘍を取り出した。以後故郷のコンゴン・ハス・ド・カンポの町に診療所を開き、特に消毒もしていない果物ナイフや爪切りばさみ、ピンセットなどを用いて大勢の治療を行なった。手術中はトランス状態となり、教育はなかったにも拘わらず処方箋を書き、症状や薬名は正しく記載した。治療の際は、1918年に死んだドイツ人医師アドルフォ・フリッツ等、数名の医師の霊が手助けをしていたと言われる。1964年及び1965年には医師法違反で投獄されたが、手術を行う際は特別に牢から出されたという逸話も残る。

蛇足:日本ではよく「ホセ・アリゴー」と表記されるが、ブラジルの母国語であるポルトガル語で「Jose」は「ジョゼ」になる。なお、アリゴーの手術を助けていたというアドルフォ・フリッツなる人物の実在は確認されていないが、アドルフォ・フリッツを名乗る霊はその後ルーベンス・デ・ファリアスJr.という別の心霊治療師の治療を助けている。



ルゴノウツ(Argonauts)
 ギリシャ語では「アルゴノウタイ」。イアソンとともにアルゴ号に乗り組んだ英雄たちを総称する言葉。イアソンの父アイソンは、イアルコスの王位継承権者であったが、異父弟のペリアスに王位を簒奪された。 イアソンは長じてペリアスに王位の変換を求めが、ペリアスはコルキスにある金の羊毛を持ち帰ることを譲位の条件とした。イアソンはデルフィで神託を求め、この冒険が成功する可能性があると知ると、楽士オルフェウス、ゼテスとカライス、ペレウス、テラモン、カストル、ポリュデウケス、イダス、リュンケウス、ティピュス、アルゴス、アドメトス、アウゲイアス、ペリクリュメノス他計56人の乗員を集めて、船大工アルゴスが建造したアルゴ号で旅立った。一行はボクシングの名手で訪れる者すべてに試合を挑んで殴り殺していたベブリュクス人王アミュコスを破ったり、怪鳥ハルピュイアと戦ったりしながらコルキスに到着、王女メディアの協力も得て何とか金の羊毛を手に入れる。帰路も苦難は続き、リビアの砂漠に流されて一行で船をかついで運んだり、クレタ島の青銅の巨人タロスと戦ったりする。こうして様々な冒険を経て、イアソンたちはイオルコスに帰還する。ギリシャ神話の中ではかなりの長編で、ヘラクレスの12の難行と並ぶ一大冒険物語であるが、イアソンの最期は惨めであった。

参考:マイケル・グラント、ジョン・ヘイゼル『ギリシャローマ神話事典』大修館書店

ルテミス(Artemis)
 ギリシャ神話の月の女神。オリンポス12神の1人でアポロンの双子の妹。ゼウスとレトの間にデロス島で生まれた。ニンフたちを連れて山野を歩き、狩猟を趣味とする。アポロンとともにニオベの子供たちを射殺したり、母親レトを犯そうとしたティテュオスを地獄に落としたり、やはりけっこう残酷な面を持つ。オリオンとの関係ではアルテミスがオリオンを好んだため嫉妬した兄アポロンが偽計を用いてオリオンを射殺させたというものと、オリオンの所業にアルテミスが怒って殺したというものの2バージョンがある。他には誤ってアルテミスの沐浴シーンを見てしまったアクタイオンを鹿に変えたという神話が有名。ゼウスの愛人の子であるアルテミスに対し、ゼウスの正妻ヘラはつらく当たり、トロイ戦争の最中にはヘラに平手打ちを食わされて泣いたこともある。本来はアポロンと同じく東方起原の神と思われる。下はリビア国立博物館所蔵のアルテミス像。

参考:マイケル・グラント、ジョン・ヘイゼル『ギリシアローマ神話』大修館書店

ルノー・ド・ヴィルヌーヴ(Arnaud de Villeneuve)

 1240〜1313。錬金術師。フランスのプロヴァンスに生まれる。パリで学んだ後、スペインとイタリアに旅行した。この旅行中金属変性の秘密を極め、鉛を金に変えたという。その後フランスに戻り、医学の名門モンペリエ大学の教授となる。医者としては、病気の診断に占星術を用いる一方、患者の見た夢を診断に利用するなど、現代の心理学的を先取りした手法も用いていた。さらに皮膚吸収による施薬や麻酔を最初に使用したともいわれる。この頃はラモン・ルルも彼の講義を傾聴したといわれ、アルコールの蒸留法も彼が完成している。他方1299年に出版した本のなかで、1355年に反キリストが到来し、1464年に終末が訪れると述べたことからカトリック教会の怒りを買い、逮捕された。一旦放免されてイタリアに避難したが、パリの神学者たちは彼の有罪を主張したため、時のローマ法王クレメンス5世の招きでアビニヨンに弁明に赴く途上死亡した。

蛇足:プロヴァンスといえば、かのノストラダムスの出身地でもある。モンペリエ大学も、ノストラダムスの母校である。

参考:アンドレ・ナタフ『オカルティズム事典』三交社

ルベルトゥス・マグヌス(Albertus Magnus,Albert the Great)

 1200?〜1280。生年については1193、1206等の説もある。マグヌスは尊称で、アルベルトゥス・マグヌスとは「偉大なるアルベルトゥス」といった意味。ドイツのシュバーベン州ラウィンゲンの富裕な領主の長男として生まれる。イタリアのパドヴァの大学で人文学を学び、1223年、ドミニコ修道会の指導者ジョーダンがパドヴァを訪れた際、その弁舌に感銘を受け、ドミニコ修道会士となる。まずドイツ各地の修道院で講師となるが、その後パリ大学で神学を正式に学び、その学識が大いに注目を集めることとなる。当時やはり博識で知られていたロジャー・ベーコンも、彼を最も特筆すべきキリスト教学者と称していた。1248年にはケルンに戻り、修道士たちに一般教養を教えた。このときの弟子の1人に、中世キリスト教最大の神学者と言われるトマス・アキナスがいる。神学、倫理学、形而上学、論理学、地理学など当代の学問全般に通じていたことからいつしかアルベルトゥス・マグヌスと呼ばれるようになった。一方で新プラトン学派的な神秘思想も唱え、魔術の理論化も試みている。卑金属を金に変える賢者の石を所有し、天候を操ったとの伝説も生まれた。さらに、30年の年月を費やしてものを喋る真鍮の人形を作ったが、弟子であったトマス・アキナスがあるときこの人形を見つけ、邪悪なものを感じて壊してしまったという。1931年には聖人に認定され、自然科学者の保護聖人とされている。

参考:アンドレ・ナタフ『オカルティズム事典』三交社

ルロイ(デヴィッド、David Alroy)
 あるいはダヴィッド・エル・ロイ。12世紀、クルディスタンのアマーディアに生まれたユダヤ人で、自ら救世主を名乗った人物。ユダヤ教の聖典であるトーラーやタルムードのみならず、その注釈書やアラブの哲学書、さらには魔術にも精通していたという伝説が残る。歴史的には、エルサレムを奪還し、アルロイ自身がユダヤ王となることを目指してカフトン連山のユダヤ人を糾合し、手始めにアマーディアの要塞の奪取を試みたが、その後の詳細は不明。伝えられる伝説では、当時のセルジューク朝スルタン、ムクタフィーが彼の反乱を知って呼び寄せ、「お前はユダヤ人の王か」と聞くと「そうだ」と答えたので、王は怒って投獄した。しかしアルロイは、3日も経たないうちに脱獄してスルタンとその家臣たちの前に現れたという。スルタンが再度彼を捕らえさせようとすると、アルロイの姿は見えなくなり、声だけが聞こえた。そこで声を頼りにアルロイを追いかけ、川岸に追いつめた。そこでアルロイは再び姿を見せると、自分のスカーフを水の上に広げ、それに乗って対岸に渡ったという。その後は、通常10日かかる道のりを踏破してその日のうちに生地アマーディアに戻ったという。スルタンは怒り、アルロイを止めないと両国内の全ユダヤ人を殺すと脅したが、誰もアルロイを止めることはできなかった。最後に、アマーディアの総督ゼイヌッディーンがアルロイの義父を買収し、義父は彼の家で夕食後眠っていたアルロイを殺害した。

蛇足:当時エルサレムは、十字軍が建設したエルサレム王国の支配下にあった。また一部では、アルロイはかのハザールの王族であり、ユダヤ民族の象徴であるダヴィデの星は、古代イスラエル王ダヴィデではなくアルロイにちなんだものという説も唱えられている。

参考:ピンハス・サデー編『ユダヤの民話(下)』青土社)
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ンドレーエ(ヨハン・バレンティン、Johann Valentin Andreae)

1586〜1654。ドイツの聖職者。ドイツのヘレンブルグの著名なルター派神学者ヤーコブ・アンドレーエの孫として生まれる。15才でチューリンゲン大学に入り神学を学ぶが、ジョン・ディーの魔術思想に影響を受け、自ら魔術や錬金術に傾倒した。その後1610年にチューリンゲン大学で神学博士号を取得し、1620年にはヴュルテンブルグの教区監督官、1650年にバヴァリアのベーベンハウゼン修道院長を努めるなど、まともな聖職者としての一生を終えることとなった。他方、1616年に刊行された『化学の結婚』でクリスチャン・ローゼンクロイツと薔薇十字団の存在を明らかにした。アンドレーエ自身によれば、これは1603年、17歳のときに戯れに書いたものだという。

参考:アンドレ・ナタフ『オカルティズム事典』三交社