(最終改訂2015年5月16日)

1 ヴァルハラ
2 ヴァレンソール
3 ヴァレンティヌス
4 ヴァン・タッセル
5 ヴァントラ
6 ウィジャ盤
7 ウィッカ
8 ウィリアムソン
9 ヴィリャス=ボアス事件
10 ウィルソン
11 ウェイト
12 ウエスト
13 ウエストコット
14 上記
15 ヴェリコフスキー
16 ヴェンツェスラス
17 ヴォイニッチ手稿
18 ウォークイン
19 ウォルトン事件
20 ウォレス
21 ヴォロネジ事件
22 宇宙空洞説
23 宇宙考古学
24 宇宙氷説
25 宇宙友好協会
26 虚船
27 ウト・ナピシュテム
28 ウラニアン占星術
29 ウリエル
30 ウリムとトンミム
31 ウルグ・ベグ
32 ウンモ星人

ァルハラ(Valhalla)
 北欧神話において、主神オーディンがアース神族の国アースガルドに建てた戦死者の館。北欧においては、勇敢な戦士たちが戦場に倒れたとき、「ヴァルキューレ」と呼ばれる武装した女性たちが馬車でその魂をヴァルハラに運ぶと信じられた。ヴァルハラの戦士たちはオーディンと宴席に就き、戦いに明け暮れるが、戦死しても翌日には生き返る。こうした戦士たちは「神々の黄昏」とも呼ばれるラグナロクにおいて、オーディンの側に立って巨人たちと戦う。ヴァルハラとは古ノルド語で戦で「倒れた戦士の住居の意味」で、バイキングたちは勇敢な死を遂げてヴァルハラに迎えられることを名誉と考えていた。

参考:ライナー・テッツナー『ゲルマン神話』青土社
    ドナルド・A.マッケンジー『北欧のロマン、ゲルマン神話』大修館書店

ァレンソール(Valensole)
 フランスの地名。1965年7月1日未明、この地の農夫モーリス・マスは自分のラヴェンダー畑で、奇妙な物体が着陸するのを見た。物体は約15フィート(4.5メートル)の大きさで卵形をしており、6本の支柱で地面に立ち、おかしな音をたてていた。物体にはドアがあり、開いたドアをとおして、中に2つの席が見えた。さらに物体の近くで2人の男がラヴェンダーを摘んでいた。男たちは身長4フィート(1.2メートル)ほどで緑のスキースーツを着ており、つるつるの頭に大きなつり上がった目、しっかりした顎、唇のない小さな口を持ち、声はしわがれたようだった。男たちに近づいたマスは突然身体が動かなくなり、その間に男たちは物体に戻り、物体は支柱を畳んで飛び去った。事件から4日後にマスは昏睡状態になり、事件から数ヶ月は少なくとも12時間の睡眠を必要とした。彼のラヴェンダー畑には10年間ラヴェンダーが育たなかった。

参考:ジョン・スペンサー『UFO百科事典』原書房

ァレンティヌス(Basil Valentin)
 1394〜?。エルフルトのベネディクト修道院長兼医師で中世の高名な錬金術師。その名はギリシャ語で王を意味する「バシレウス」と「強大な」を意味するラテン語に由来すると考えられる。死後100年経ってエルフルトの教会の柱に雷が当たったときその残骸から彼の隠した稿本が現れたとされるが、実際にはエルフルトに修道院は存在せず、彼の著作にはアメリカに触れた内容があるなど、その実在性には疑問がある。彼の名で出された著作は『太古の大いなる石』(1599)、『自然的事象と超自然的現象』(1603)、『小宇宙の謎』(1608)などで、アンチモンからチンキ剤を処方したとされている。アンチモンの使用にこだわっており、『最後の遺言』では金属が滋養をとり、天上的なものと地獄的な特性を持ち、排泄まで行うとする。

参考:アンドレ・ナタフ『オカルティズム事典』三交社

ァン・タッセル(ジョージ、George Van Tassel)
 1910〜1978。アメリカのコンタクティー。高校卒業後、航空会社に機械工として務めた。次にダグラス社とヒューズ社、ロッキード社で飛行テスト技師となった。1947年、ヴァン・タッセルは廃墟と化していたカリフォルニア州ジャイアント・ロックにあった飛行場跡地を借り受けた。ジャイアント・ロックとは高さ60フィートの巨岩のことで、ヴァン・タッセルはその横に小さなカフェを建て、広い谷底に滑走路を通し、飛行機が着陸してカフェに向け進めるようにした。ジャイアント・ロックの下にはソファや椅子、ピアノなどが置けるほど大きな部屋が掘られた。ヴァン・タッセルは彼の弟子である12人評議会のメンバーに囲まれて、この部屋で精神的なコンタクトを行った。初めてメッセージを受けたのは1951年。コンタクトしてきたのは、惑星シャンチャの「7つの光評議会」がコントロールする宇宙ステーション司令官アシュターであった。間もなくアシュターだけでなくザルトンやデスカなどとも万能ビームを利用して連絡をとった。しかしメッセージの内容はベツレヘムの星など聖書の話題が多かった。1954年3月以来、ヴァン・タッセルはジャイアント・ロックで毎年UFO関係者の集会を開催した。ジャイアント・ロック・コンベンションと呼ばれるこの集会はUFO関係のイヴェントとして毎年開催され、一時は1万人以上を集めることもあった。しかし1978年、彼がサンタアナのホテルで心臓発作で死亡したため、1977年をもって自然消滅した。著書に『私は円盤に乗った』など。

蛇足:初期のコンタクティーの中で4人のジョージの1人。他の3人はジョージ・アダムスキージョージ・ハント・ウィリアムソンジョージ・キング

参考:カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)
   Ronald D.Story 『The Encyclopedia of UFOs』Doubleday Dolphin
   桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社

ァントラ(ユジェーヌ、Eugene Vantras)
 1807〜1875。フランスの魔術師。女中の私生児として生まれる。貧困の中で育ち、様々な職を渡り歩いた後、ティーユ・シュール・サールの厚紙製造工場の職長となる。その彼に転機が訪れたのは1839年8月6日のことで、事務所に座っていたヴァントラのところに、ぼろをまとった老人が入ってきた。物乞いと思ったヴァントラは老人にコインを与え、外に連れ出して扉に鍵をかけたが、老人が階段を降りていく足音が聞こえなかったので、建物の中を捜索した。その時、ミサの時間となったので祈祷書をとりに事務所に戻ると、テーブルの上には「異端の反駁、カトリック正統の誓願」と題した手紙と、老人に与えたコインとがあった。その後彼の前に聖母マリアとその夫聖ヨセフが姿を見せ、ヴァントラは預言者エリヤの生まれ変わりであると告げられたという。ヴァントラは各地を説教して回るようになり、ある公爵夫人と組んで慈善事業を展開、魔術結社「恩寵の業」を結成。ヴァントラと公爵夫人は「生まれ変わった世界のアダムとイブ」の象徴と称した。「恩寵の業」では空の杯が突然血で満たされたり、聖体に血痕が生じたりという現象も発生し、弟子たちも大勢殺到した。しかし、弟子たちの守護天使の名を教える代償としてかなりの金銭を要求したことから1842年4月、逮捕される。エリファス・レヴィはこの団体を黒魔術的な起源によるものと考え、ローマ教会もこれを非難した。

追記:ヴァントラ死後、恩寵の業は破戒僧ブーランに乗っ取られ、ブーランは信者に自分の小便を飲ませたり、乱交まがいの儀式を行うようになる。しかしブーランの指導権を認めない一派はスタニスラフ・ド・ガイタの下に走る。その後ブーランとド・ガイタは、互いに魔術で相手を呪殺しようとする。この魔術戦争には作家のJ.K.ユイスマンスも参加した。

参考:アンドレ・ナタフ『オカルティズム事典』三交社

ィジャ盤(Ouija Board)
 アルファベット及び数字の書かれた板で、との交信に用いられる。「Oui」 はフランス語、「Ja」はドイツ語で、いずれも肯定を意味する単語であるが、ウィジャ盤は商標名である。ウイジャ盤の上でプランシェットと呼ばれる三脚の指示器を用いたり、何人かが逆さにしたコップに指を乗せたりするとそれらがひとりでに動き、特定の文字や数字を示して質問に対する答をつづる。科学的には無意識の筋肉運動によるものと説明される。

参考:James Randi『The Supernatural A-Z』Headline

ィッカ(Wicca)
 魔女宗と訳される。中世において「ウイッチクラフト」がほぼ黒魔術と同義に用いられたのに対し、1951年、イギリスで魔術規制法が廃止されたのを契機にジェラルド・ガードナーが魔女集団を復活させた際この名称を用いた。ウィッカは古代においてドルイド僧が自然の知識を利用して行った自然魔術を行うものであるとされるが、クロウリーの性魔術の要素が含まれているとの批判もある。指導者と6組のカップルからなる13人の「コヴン」と呼ばれる集団を単位とし、人数が13人を越えると2つの集団に分裂する。ウィッカに属する者はイギリスで約5000人、アメリカで5万人と言われるが、いずれもその起源はガードナーあるいはサンダース夫妻のいずれかに求められる。

イリアムソン(ジョージ・ハント)

 1926〜1986年。アメリカのコンタクティーで、宇宙考古学の元祖的存在。シカゴに生まれる。10代の頃は神秘主義的傾向を持っていたが、1947年のアーノルド事件以来UFOに関心を持つ。一時アメリカのファシスト団体指導者で、自動書記を通じて、人類より進歩した知性体とコンタクトしていたウイリアム・ダドリー・ペリーのもとで働き、自らもウイジャ盤を通じたUFO搭乗員とのコンタクトを試みた。ペリーはアダムスキーとも接点があり、おそらくはペリーから紹介されてアダムスキー信奉者になった。1952年11月18日のアダムスキーのオーソンとの会見では目撃者の1人とされているが、彼はそのときUFOやオーソンを目撃したわけではない。その後もウィジャ盤短波ラジオを通じて太陽系各惑星のスペース・ブラザースたちともコンタクトを続けた。その後の著書では、友好的なスペース・ブラザーズが遠い過去に人類に文明の基本を教えたという主張をはじめ、異星人は必要とあれば神を演じたり、奇蹟を起こしたりしてユダヤ教やキリスト教の成立を助けたなどの主張を行うようになり、宇宙考古学の元祖的存在とみなされている。

蛇足:初期のコンタクティーの中で4人のジョージの1人。他の3人はジョージ・アダムスキージョージ・ヴァン・タッセルジョージ・キング

参考:並木伸一郎「天空からやってきた人々」(別冊歴史読本『禁断の超「歴史」「科学」』掲載)

ィリャス=ボアス事件(Villas-Boas Abduction)
 1957年10月15日未明、ブラジルのミナス・ジェライス州サン・フランシスコ・デ・サレスで1人で農作業中であった農夫、アントニオ・ヴィリャス・ボアス(1934〜1992)がUFO内に連れ込まれ、異星人女性とのセックスを強要された事件。1957年10月15日午前1時頃、ボアスは光る卵型をした物体が下部から3本の脚を伸ばして着陸するのを目撃した。その中からはヘルメットに身体にぴったりフィットした灰色の服を身につけた4人の搭乗員が現れた。彼らの身長はヘルメットも含めて5フィート4インチのボアスと同じくらいであったが、ボアスはUFO内に引き込まれ、顎から採決をされた後、服を脱がされて部屋に1人で残された。すると彼の肩くらいの身長の裸の女性が部屋に入ってきた。女性は目が大きく薄い唇、小さい鼻と耳、大きな尻と太い太股を持ち、陰毛は赤だが、ボアスがこれまで見たどの女性よりも美しかったという。女性は性行為の最中うなりを発し、ボアスは動物と行為をしているように感じたという。行為後、女性は自分の腹を指さしたが、これはボアスの子を宿すのが目的だったと示すものではないかとも言われている。ボアスはその後UFOで宇宙を飛行した後地上に降ろされた。

蛇足:農夫だったヴィリャス=ボアスは、事件後猛勉強して弁護士になり、結婚して子供ももうけたという。異星人との性交渉についてはその後南アフリカのエリザベス・クレアラーをはじめ多くの報告がなされ、中にはナイスバディで顔だけグレイという女性が相手という話まで登場するに至っている。

参考:ジョン・スペンサー『UFO百科事典』原書房
   桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社

ィルソン(コリン、Colin Wilson)

 1931〜。イギリスの作家。ロンドンに生まれる。16歳以来数々の職業を経ながら独学し、1956年のデビュー作『アウトサイダー』で注目を集める。その後の『オカルト』で超常現象研究の大家となり、以後もオカルト、超常現象、犯罪に関する多くの著作を発表している。近年は息子のダモン・ウィルソンとの共著も多い。超常現象は、感覚的には明らかに存在すると思われるものの、科学的に証明しようとすると否定的な結果が出るという「ウィリアム・ジェームズの法則」の提唱者でもある。世界的な超常現象研究の大家と目されている一方、その記述内容は必ずしも信用できない部分もある。

参考:コリン・ウィルソン『オカルト』他

ェイト(アーサー・エドワード、Arthur Edward Waite)

 1848〜1942。イギリスの魔術師。アメリカのブルックリンで生まれ、幼い頃イギリスに移住した。長じてオカルト研究に入り何冊か著書を出した後、1891年に42歳で「黄金の夜明け」に参入、メイザーズ追放後の分裂騒ぎの中、1903年にはイシス・ウラニア・テンプルの残党を集めて「聖黄金の夜明け」を設立した。その後もいくつか魔術結社を設立したがいずれも短命に終わる。「黄金の夜明け」の魔術を土台とした1910年の『タロット図解』はタロットの解説書として有名で、エリファス・レヴィの翻訳でも名高い。1942年、空爆により死亡。

参考:フランシス・キング『英国魔術結社の興亡』国書刊行会
   羽仁礼『図解近代魔術』新紀元社
   『魔術』(学研ムーブックス)

ェスト(ジョン・アンソニー、John Anthony West)
  1932〜。アメリカの作家。フランスの数学者で記号学者であるR.A.シュワレ・ド・リュービックの文献から、ギザのスフィンクスが建造されたのは1万年前の大洪水の前であると考えた。この考えをボストン大学の地質学者ロバート・ショークに図り、ともにギザを訪れた結果スフィンクスの浸食は降雨によるものと結論づけた。ショーク博士によればスフィンクス浸食を招く降雨があったのは通説である紀元前2500年より数千年前で、従ってスフィンクスの建造年代は紀元前7000年から5000年と結論。ウェスト自身は紀元前1万5000年前を主張している。

参考:グラハム・ハンコック『神々の指紋』翔泳社

ェストコット(ウィリアム・ウィン、William Win Westcott)
  1848〜1925。イギリスの医師で、魔術結社「黄金の夜明け」の共同設立者。ロンドン警察検死官であったがフリーメーソン会員で、イギリス薔薇十字協会会長でもあった。1886年、友人のウッドフォードから送られた60枚に及ぶ暗号文書に、ドイツの魔術結社の一員であるアンナ・シュプレンゲルが書いた書簡が付属していることを発見したウエストコットは、シュプレンゲルとの文通により魔術結社設立の認可を得たと主張、1888年3月1日、マクレガー・メイザーズ、ロバート・ウッドマン(1828〜1891)らとともに「黄金の夜明け」を設立した。「黄金の夜明け」の発展には、ウェストコットが薔薇十字会や神智学協会を通じた勧誘を行ったことも大いに寄与したが、1897年、教団の内部文書を馬車の中に置き忘れたことから彼と教団の関わりがロンドン警察の知るところとなったため退団、後に南アフリカのダーバンに移ってベニラの神智学協会副支部長になる。時により筆跡がまったく異なることから、分裂症的傾向を有していたと表されている。また現在では、シュプレンゲル書簡はウエストコットの捏造であったと考えられている。

参考:『世界神秘学事典』平河出版社

記(うえつふみ)
 異端史書の1つ。天保2(1831)年、大分市の国学者、幸松葉枝尺(さちまつはえさか)が発見した宗像本(むなかたぼん)と呼ばれるものと、明治になってから大友淳が公開した大友本の2種類がある。幸松が発見したものは特殊仮名で記された41冊の大著で、天地開闢から神武天皇までの事績を描く。その記述によれば、神武王朝以前に火遠理命(ほおりのみこと)の子鵜葺不葺合(うがやふきあえず)を開祖とする王朝が73代続いたことになっている。

参考:飛鳥久「豊後王朝」(「歴史と旅」平成4年5月号掲載)

ェリコフスキー(イマニュエル、Immanuel Velikovsky)

 1895〜1979。ロシア生まれの作家で、1950年の『衝突する宇宙』で示した独特の宇宙論で有名。ビトフスクでユダヤ系ロシア人として生まれ、イギリスのエディンバラで自然学を、モスクワ大学、チャルコワ大学で医学を、ベルリン大学で生物学を学んだ。1921年に医師となり、フロイトの弟子のステッセルに精神医学を学んだ後、1924年にパレスチナに移住。さらに1939年にはアメリカに移住し、1950年の『衝突する宇宙』が世界的ベストセラーとなった。それには、木星から飛び出したテュフォンという彗星が地球をかすめたため地球の自転が一時停止し、『旧約聖書』の「出エジプト記」などに語られる様々な天変地異を起こした後金星になったという独特の宇宙論が述べられている。科学的にはありえない内容であるが、その後の疑似科学界には大きな影響を与えた。

参考:カール・セーガン著『カール・セーガン科学と悪霊を語る』(新潮社)
   

ェンツェスラス(St.Wenceslas)
 あるいはヴァーツラフ、ヴェンツェスラウス、ヴェンツェル。907〜935。ボヘミアのもっとも古い聖人でボヘミアの第一の守護聖人。祝日は9月28日。チェコ人の防衛と抵抗のシンボルでもある。プラハに最初のキリスト教会を建てたボジヴォイ1世の孫で、ボジヴォイの妃ルドミラによってキリスト教徒として育てられる。父ヴラチスラフ1世が921年に戦死するとその妃で異教徒のドラホミールが権力を握るが反乱が起きて924年頃ヴァーツラフ1世としてボヘミア公に即位。キリスト教を広めることに務めたが935年に実弟ボレスラフに暗殺された。いつの日かチェコ民族が滅亡の瀬戸際にさらされ、敵がプラハに迫るとき、最終決戦がヴァーツラフ広場で行われる。その血が聖ヴァーツラフ像を濡らすとその像が蘇り、ブラニークの丘に向かって3回剣を振る。するとブラニークに眠っていたヴァーツラフの騎士団が眠りから覚め敵を粉砕するという。

追記:民族史上崇拝される偉大な王が、じつは死亡しておらず眠っているだけであり、民族存亡の危機が訪れると復活して民族を救うという伝説は、フランスのシャルルマーニュ(カール大帝)伝説をはじめヨーロッパ各地に残る。

参考:石川達夫『黄金のプラハ』平凡社

ォイニッチ手稿(the Voynich Manuscript)

 1912年、アメリカの古書籍商ウィルフレッド・ヴォイニッチがイタリアのフラスカティにあるイエズス会系施設モンドラゴーネ大学図書館で発見し、入手した謎の文書。未解読の文字らしき記号が全面に書かれ、星座や植物などさまざまな挿し絵も描かれている。ジョン・ディーがロジャー・ベーコンの著作と信じて所有していた暗号写本がこれであるとされ、ジョン・ディーはプラハを訪れたときルドルフ2世に600ダカットで売却したという。一説には、ディーの相棒であるエドワード・ケリーが金目当てに捏造したものともいう。その後1666年にプラハ大学学長ヨアネス・マルカス・マルチがアタナシウス・キルヒャーに解読を依頼し、キルヒャーがモンドラゴーネ大学に寄贈したものと思われる。内容については、不死の妙薬エクシールの処方箋、微生物を描いたもの、カタリ派の儀礼書、古代の戦争の記述などさまざまな説が提唱されているが、未だ未解読。



参考:Forteam Times No130
    http://www.voynich.nu

ォークイン(Walk-in)
 「スターピープル(あるいは「ワンダラー」)」と並び、異星人あるいは宇宙存在の魂を持つ人物のこと。ワンダラーやスターピープルは、前世において異星人あるいは宇宙存在であった魂が地球人としての肉体に宿って生まれてくるのに対し、ウォークインは本来地球人の魂を持って生まれた肉体に、途中から異星人などの魂が入れ替わって入り込んだ場合をいう。本来ウォークインは、心霊主義における概念であり、ある人間が事故や病気などを契機に他の個性に支配される状態を示すものであったが、ニューエイジ運動のなかの、主として宇宙存在とのチャネリングを主張する人物によって宇宙存在や異星人が地球に転生するという概念と結びつき、主としてそうした存在が人間の肉体に途中で入り込んだ状態として一般に流布している。スターピープルやワンダラーと同様、現世人類より高次の存在が地球に肉体をもって降臨することは、人類がより高次の存在に移行するのを助けるためであると説明されることが多く、歴史上の偉大な人物がウォークインの実例として紹介される点もスターピープルやワンダラーと同様である。

参考:ジーナ・レイク『テオドールから地球へ』たま出版
  桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社


ォルトン事件(Walton Abduction)

 1975年11月5日、アメリカのアリゾナ州アパッチ・サイトグレーブで、UFO出現とともにトラヴィス・ウォルトン(1957〜)が一時行方不明となった事件。同日午後6時10分頃、ウォルトンを含む6人の森林伐採作業員がトラックで帰途についていた時、15フィート上空に停止するパイ皿型の光る物体を目撃した。そのときウォルトンは、なぜか1人だけ物体に近づいていった。すると緑の光がウォルトンを包み、他の者は恐れをなして逃げたが、その途中、謎の光が上昇していくのを見た。その後数日、ウォルトンは行方不明であったが、11月10日になって、グラント・ネフ家に嫁いでいる妹がウォルトンから電話を受けた。そのときウォルトンはヒーバーの電話ボックスにおり、発見されたときは5日分の髭が伸びてやせていた。ウォルトンはUFOの中で、大きな頭と目、小さな鼻、口、耳を持ち身長1.5メートルもない3名の人物や、身長2メートルくらいで茶色い髪の毛と金茶色の目を持つ人物などを目撃し、テーブルの上に寝かされて身体検査を受けた後にヒーバー近郊で解放されたことを物語った。11月15日、ウォルトンは20年の経験を誇るジョン・J・マッカーシーによる嘘発見器のテストを受け、マッカーシーはウォルトンの態度に疑問を持ったが、UFO研究団体APROのロレンゼン夫妻はその際の手法を問題にし、ウォルトンを支持する立場を表明した。一方で他の研究団体GSWやNICAPが本件に否定的な態度を示したため、アメリカを代表するUFO研究団体が真っ向から異なる意見を述べたアブダクション事件として注目された。その後ウォルトンは自分の経験を出版し、またその内容が1993年に映画化されたこともあり、アブダクション界ではスターの1人になっている。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin) 
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)

ォレス(アルフレッド・ラッセル、Dr.Alfred Russell Wallace)

 1823〜1913。イギリスの博物学者でダーウィンと同時期に進化論の着想を得た。一方で心霊研究家としても有名。1848年にアマゾンに渡り、そこでの経験や南アジアでの経験から進化論を考え付く。他方南米住民のシャーマニズムや催眠術を通じて心霊現象にも関心を抱き、1870年にはイギリス弁証法協会の心霊現象の信憑性につき研究する委員会に参加、ガッピーなどの霊媒の調査を行なった。ウォレス線に名を残す。

個人的コメント:時にウォレスは、ダーウィンとほぼ同時期に進化論の着想を得ながらその栄誉をダーウィンに独り占めされた可愛そうな人物という感じで描写される。他方心霊研究の側からは、そうした優秀な人材が心霊現象に興味を持ったことは、心霊研究が真剣な探求に値するものだという感じで我田引水されている。おそらく、ダーウィンがウォレスの着想を横取りしたというのは正しくないのだろう。他方ウォレス自身にとってみれば、進化論なぞより心霊現象の方が重要だったのではないだろうか。彼自身は、進化論の元祖よりも、死後の人間存在を最初に証明した人物という栄誉を選んだという気がする。彼も、「我々はどこから来てどこへ行くのか」という疑問に憑かれていたのかもしれない。

参考:アーノルド・C・ブラックマン著『ダーウィンに消された男』(朝日新聞社)

ォロネジ事件(Voronezh Encounter)



 1989年9月27日、モスクワ南東500キロほどの位置にあるボロネジ市の公園にUFOが現われ、中から搭乗員らしき存在が出てきた事件。事件の数日前から、現場では何度かUFOが目撃されていたが、9月27日午後6時30分頃、地元の学生3人が公園でサッカーをして遊んでいるとUFOがまたしても姿を見せ、上空に浮かんだ。UFOに気づいた人々が公園に集まってくると、UFOは人々の目の前で公園に着陸し、その下部が開いて中から3人の乗員と、四角い箱のような形をしたロボットらしきものが出てきた。
 UFOから出てきた搭乗員は、身長3メートルくらいの巨人だったが、頭は小さなこぶのように丸く低く、首がなかった。またこのこぶのような頭の両側に白い目が1つずつ、そして中央に赤い眼があった。この中央の目は上下左右に動かすことができ、これによって頭が動かないのを補っているようだった。鼻の部分には穴が2つあるだけだった。彼らは銀色のオーバーオールを着て胸には円盤がついており、ブロンズ色のブーツを履いていた。そして腰のベルトには、ウンモ星人の円盤の模様に似た形がついていた。

参考:桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社

宙空洞説(Hollow Space Theory)

 アメリカのサイラス・ティードが唱えた説で、宇宙全体が岩盤の中の空洞の中にあるとするもの。この説によれば、宇宙は実はこの空洞の中心近くにあるガス状の天体で、星や太陽、月は全てその表面に散らばる発光体に過ぎない。全ての光はこの中心点対に向かって湾曲するので、ある程度以上より遠くにある光は見えない。ドイツ人の元パイロット、ペーター・ベンダーがこれを再発見し、1930年にカルル・E・ノイパート、1933年にアルゼンチンのP.E・アミーコ・ロハス、1938年にヨハネス・ラングによって復活。ゲーリングがベンダーと旧知であったためナチス中枢部にも信奉者を得て、1942年にはヒトラーの命により、屈折率の低い電波を発し地平線の彼方を探知する実験が行われたが失敗。

参考:永瀬唯「ナチスも信じた空洞の中の宇宙」(別冊歴史読本『禁断の超「歴史」「科学」』掲載)

宙考古学(Ancient Astronauts Theory, Space God Theory)
 古代に他の天体から地球を訪れた異星人が、地上に様々な形の痕跡を残しているという考えに対する日本での呼び名。日本のUFO研究団体である宇宙友好協会(CBA)が最初に用いた。異星人は太古の昔から地球を訪れており、その痕跡は各地の遺跡や伝説、文献などに残されているという主張は1950年代にアメリカのジョージ・ハント・ウイリアムソン、モーリス・ジェサップ、ソ連のアレキサンドル・カザンツェフ、イギリスのレイモンド・ドレイクなどが唱えていたが、1950年代にスイスのエーリッヒ・フォン・デニケンの一連の著作がベストセラーとなって一般化した。古代の超文明と言う意味では、神智学協会設立者のヘレナ・ペトロブナ・ブラヴァツキーの著作やエドガー・ケイシーのリーディング、さらにはフランスのサンティーヴ・ダルヴェードルの著作にも言及がある。これらは異星人の地球来訪を前提としたものではないが、欧米ではこうした主張を宇宙考古学の起源とみる見解が一般的である。

桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社

宙氷説(Welteislehre)
 オーストリアの技師ハンス・ヘルビガー(1860〜1932)が唱えた宇宙論。かつて宇宙には太陽の何百万倍もある高温の天体が存在し、それに氷でできた別の天体が衝突して水蒸気爆発を起こし、その中から太陽系が誕生したとする。恒星はじつは無数の氷の破片で、月も氷でできており、過去3度落下し、現在は4個目。第1の月は巨木や巨大生物を、第2の月は1500万年前にテレパシーで意思を伝えていた巨人族を滅ぼし、第3の月の落下後、海面が低下したためアンデスにあったアトランティスは崩壊し、それから13万8000年後に現在の月が捕らえられ、生き残った巨人達の導きもあって大西洋に第2のアトランティスを生み出すが1万2000年前に新しい月ができて海面が上昇、消滅したとする。

参考:山本弘「宇宙は一個の太陽と氷塊の集まりだ」(別冊歴史読本『禁断の超「歴史」「科学」』掲載)


宙友好協会(Cosmic Brotherhood Association:CBA)
 1957年に設立されたUFO研究団体。当初はテレパシーによるUFOとのコミュニケーションを目指していたが、1959年半ば頃から、代表の松村雄亮が異星人とのテレパシー・コンタクトや会見などを主張し始め、1960年から1962年の間に地軸が傾いて大洪水が起こるが、会員とその家族はUFOに救済されると主張しはじめた。予言が外れると、松村雄亮を代表とする新体制の下、宇宙考古学面での活動を強化、この路線に沿ってアイヌ民族の神オキクルミカムイは古代日本列島に降り立った宇宙のブラザーだったとして、1964年に北海道平取町にモニュメントを配した記念公園を建設した。しかしその直後から活動は低下する。

解説:コンタクティーを中心とする団体がカルト的な色彩を帯びることは、イギリスのイセリアス協会やビリー・マイヤーのグループ、ラエリアン・ムーヴメントなど、多くの集団に見られる。これは単に、教団の教祖が神から啓示を受けたか、異星人から啓示を受けたかの差である。なお、宇宙友好協会については、
フランス文学者平野威馬雄や、『少年ケニア』の作者山川惣治などもその活動を支持していた。集団で輪になって手を繋ぎ「ベントラ、ベントラ」と唱えてUFOを呼ぼうというやり方も宇宙友好協会が始めた。青森県亀ヶ岡土偶が異星人であるとか、日本各地の遺跡と異星人を結び付けるなどの主張は、今でもかなりの影響を残している。

船(うつろぶね)
 釜のような形の船。滝沢馬琴の「兎園小説」によれば享和3年(1803年)2月22日(『梅の塵』では3月24日)に常陸国にある小笠原越中守の領地「はらやどりという浜」(『梅の塵』では原舎浜)の沖に船らしきものが見えた。浦人らが小船を出し浜辺まで曳いてくると、その船は丸い形で差し渡しは3間ほど、舟の上部には「ガラス障子」があり松脂が塗ってあった。低部には鉄板が重ねて張ってあり、上部から中を見通すことができた。船内には髪の長いロシア人に似た服装をした美しい女性が1人乗っていた。大きさ2尺ほどの箱を1つ持ち、その箱に人を寄せ付けようとしなかった。古老の話では、以前にも同じような異舟が近くの浜に漂着したことがある。舟の中にはカーペット、水、肉、茶碗、菓子のようなものがあり、見知らぬ文字のようなものがたくさんあった。事件を領主に知らせると出費もかさむので皆で女性をもう一度舟に戻し沖に流してしまった。一部では江戸時代のUFOの記述ではないかとも言われるが、このはらやどり浜の実在は未確認。また八代地方の民謡「牡丹長者」にも似たような記述が見られる。

参考:皆神竜太郎他『新・トンデモ超常現象56の真相』太田出版

ト・ナピシュテム(Ut-Napishtim)

 古代メソポタミアの『ギルガメシュ叙事詩』の登場人物。『ギルガメシュ叙事詩』によれば、あるとき地上の人間の不行跡に腹をたてた4人の神が、洪水で人類を滅ぼそうとした。しかし5番目の神エアは、ウト・ナピシュテムに洪水の到来を事前に警告し、巨大な船を作って備えるよう命じた。船には彼の家族の他すべての動物が乗せられた。洪水は7日7夜の間続いたが、7日目に世界の果てにある山に乗り上げた。そこでウト・ナピシュテムは、まず鳩を放したが、休む場所がなかったので帰ってきた。続いてツバメを放したが同じことだった。最後にカラスを放すと、今度は帰ってこなかった。そこでウト・ナピシュテムは洪水の終わりを知り、神に感謝の祈りを捧げたのだが、突然箱舟が風で押し流され、2つの流れの交わる場所にある島に押し流された。こうしてウト・ナピシュテムはこの島に不死となって住みつづけることとなった。『ギルガメシュ叙事詩』によれば、不死の秘密を知りたがったギルガメシュは、はるばる旅を続けてウト・ナピシュテムに会いに来る。ウト・ナピシュテムはギルガメシュに、海の底にある若返りの草のことを教え、喜んだギルガメシュは海に潜って首尾よくこの草を手に入れた。しかしウルクの町に帰る途中、蛇にこの草を横取りされてしまった。

蛇足:ノアの洪水物語など、メソポタミア系洪水物語の一種

参考:H・ガスター『世界最古の物語』現代教養文庫

ラニアン占星術(Uranian Astrology)
 ドイツの占星術師フリードリッヒ・ジーググリュン、アルフレッド・ヴィッテ(1878〜1941)が提唱した、いわゆるハンブルク学派の流れをくむ西洋占星術の方式。ヴィッテはいわゆるサイデリアル方式による黄道分割の他、8個の架空天体やミッドポイントの使用、22.5°を基本とするアスペクトの使用など独自の方式を提唱した。このヴィッテの理論に基づいた体系がハンブルク学派と呼ばれるが、ウラニアン占星術はこのヴィッテの方式が第二次世界大戦後アメリカに紹介され、心理占星術と結びついてある程度独自に発展したものをいう。

追記:通常の西洋占星術における黄道12宮の起点、つまり白羊宮0度の位置は、毎年の春分点となる。地球の歳差運動のため、春分点の位置は毎年移動する。したがって西洋占星術で言う白羊宮0度の位置も自然にずれていくのだが、ハンブルク学派のサイデリアル方式では、実際の牡羊座0度に黄道12宮の起点を固定する。

参考:石川源晃『辞典占星学入門』平河出版社
   羽仁礼『図解西洋占星術』新紀元社

リエル(Uriel)
 「神の光」あるいは「神の火」の意味で、通常四大天使の1人とされるが、熾天使(セラフィム)、あるいは智天使(ケルビム)とされることもある。ユダヤ伝承では雷や地震、予言や恐怖の天使とされる。また詩の天使とも、破壊の天使の将軍とも言われる。『旧約聖書続編(外典)』の1つ「ラテン語エズラ書」、偽典の「エチオピア語エノク書」にその名が語られる。「ラテン語エズラ書」では預言者エズラに7日の断食を命じ、終末について教え、エルサレムに天的栄光が約束されていることを教えた。また「エチオピア語エノク書」ではエノクを7つの天界に伴った天使で、ノアに洪水を予言し、世界とタルタロスを見張り、エノクに人間を惑わす堕天使と彼らの刑罰、空の星の数や名、位置運行について教えた。ミルトンによれば、天使のなかでもっとも鋭い目の持ち主で、神の玉座近く接して常に命令を待ち、あるいは天国をくまなく見とおす神の目となり、あるいは地上に下って大地や海を駆け神の指示を伝える7人の天使の1人である。また「列王記下」第19章でアッシリアの軍勢18万5000人を一夜のうちに皆殺しにした天使や、「創世記」でエデンの門に置かれた剣を持つケルビムもウリエルだという説がある。16世紀の魔術師、ジョン・ディーのシューストーンに現れ、エノク語を授けたのもウリエルである。芸術作品ではしばしば巻物を携える。

参考:ミルトン『失楽園』岩波文庫
    デイヴィッド・コノリー『天使の博物誌』三交社
    『The Book of Enoch』SPCK

リムとトンミム(Urim and Thummim)
 古代ユダヤにおいて神の意志を問うための石で、エフォドと呼ばれる大祭司の上着の中におさめられた。『旧約聖書』の「サムエル記上」第28章第6節には、古代イスラエルの王サウルが託宣を求めたとき「主は夢によっても、ウリムによってもお答えにならなかった」とある。したがって一種の占いに用いられたことは明らかであるが、その用法については諸説ある。一説には2つの円盤状のもので片面が吉、もう一方が凶であり、2つを同時に投げて吉凶を判断したという。

参考:ジョン・ボウカー『聖書百科全書』三省堂

ルグ・ベグ(Ulugh Beg)
 1394〜1449。1447年よりチムール帝国第4代皇帝。チムールの孫でシャー=ルフの子。父の在世中代官としてサマルカンドを治め、学者・文人を保護し中国の明とも和平を保った。彼自身も天文学者・数学者として知られ、1428年、サマルカンド東部に天文台を建てた。西洋占星術にも秀でており、ある日長男のアブドルラティーフのホロスコープを作り、その運命を占ったところ、アブドルラティーフが父である自分を殺すという結果になった。そこでウルグ・ベグはアブドルラティーフを国外に追放し、次男を後継者として王位を譲ろうとしたが、それを知ったアブドルラティーフは反乱を起こし、最終的にウルグ・ベグを殺害した。

個人的感想:占いが当たるものかどうかはともかく、この話が事実とすれば、前もって運命を知ることにどれほどの意味があるのか考えさせられる実例である。

参考:羽仁礼『新千一夜物語』三一書房
    ジャポニカ1972

ンモ星人(Ummo)
 乙女座の方向に約15光年離れたヴォルフ424と呼ばれる母星イウンマ(Iumma)の惑星であるウンモ星を故郷とする異星人。日本ではジャン=ピエール・プチ『宇宙人ユミットからの手紙』では、ユミットという名称がウンモ星人とは別に用いられているが、ユミットはウンモ星人のフランス語「Ummites」のかなり不正確な音写である。ウンモ星人は1950年に地球を訪れ、漢字の王(というより、大陸ヨーロッパで用いる天王星記号)に似た模様を持つUFOを乗り回している。他方ユミットは、1962年以来複数のスペイン人に何千通もの手紙を送り続けている。王に似た模様が描かれているUFOは、実際に1960年代にスペインで何度か目撃されていると言われ、1967年6月には写真にも撮影されているが、コンピューター分析により、この写真はトリックであることが証明されている。

参考:ジャン=ピエール・プチ『宇宙人ユミットからの手紙』徳間書店
(右は1967年6月1日に撮影されたというウンモ星人のUFO。ミニチュアを糸で吊るしたトリックと判明している)


参考:桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社