一般社団法人潜在科学研究所 The Potential Science Institute

第16号 スイスの女性霊媒エレーヌ・シュミートことカトリーヌ=エリーズ・ミュラーB

 

 ミュラーが最初に火星の風景について語ったのは、1894年11月25日の交霊会でした。しかしこれにはそれ以前からの伏線があり、火星との関係では、ミルベル夫人という人物の登場が大きく影響しているようです。
 このミルベル夫人は、1894年10月28日、ジュネーヴ大学の心理学者で、フルールノアの同僚でもあるラメートルが自宅で開いた交霊会でミュラーと知り合いました。じつは、ミルベル夫人は17歳の息子アレクシスを亡くしており、このアレクシスがラメートルの生徒という関係でした。火星のヴィジョンを語る上で、その後重要な役割を果たすのが、じつはこのアレクシスだったのです。
 この10月の交霊会で、ミュラーは若い男性の姿を霊視しました。その描写は、ミラベル夫人の死んだ息子、アレクシスによく似ていました。
 次の交霊会は、11月25日でした。このときミュラーは、自分が肉体を離れてどんどん上空へ上っていくように感じ、最後に見知らぬ場所にたどりつきました。例によってテーブルターニングを用いてどこにいるか訊ねると、火星だという返答が帰ってきました。そして、なんとアレクシス・ミルベルがそこにいたのです。
 以後ミュラーは火星の状況を何度も霊視し、火星の言葉を話し、そのアルファベットまで書き残しています。
 フルールノアがラメートルの紹介でミュラーにあったのは、その直後の12月のことでした。以後フルールノアは、火星語も含め、ミュラーの霊能力について研究し、1900年に『インドから火星へ』なる書物をフランス語で著しました。ちなみに「インドから・・」という書名は、ミュラーが、自分の前世はインドの王妃だったと語ったためです。ちなみにもう1つの前世はマリー・アントワネットということです。
 フルールノアはこの著書で、ミュラーに「エレーヌ・シュミート」という偽名を与えましたが、内容からミュラーのことであることは明らかでした。しかしこの名前の方が有名になったので、ミュラー自身も後にこの名を用いるようになりました。
 では、フルールノアの結論はどうだったのでしょう。
 フルールノアは、テレパシーのような能力によって、ミュラーが他人の過去を知ることができたのではないかと推定しています。しかし火星の情景については、漆器などに描かれた日本や中国など東洋の風景を焼き直したものとしています。また火星語についても、その文法構造がミュラーの母語フランス語によく似ていることを指摘しています。当然ながら、本書執筆後、フルールノアとミュラーの関係は悪化したそうです。
 ミュラーはその後も信奉者を集め、とあるアメリカ人女性から財産を遺贈されました。生活の心配のなくなった彼女は、その後火星の風景を絵に描くようになり、それらの絵画は死後ジュネーヴ美術館に寄贈されました。

今回の参考:Theodore Flournoy『From India to the Planet Mars』(Forgotten Booksによる復刻版)  

                     主任研究員・羽仁礼記(2012年1月1日配信)


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