一般社団法人潜在科学研究所 The Potential Science Institute

第23号 UMA:ボア沼のナーガ

 4月下旬から6月上旬まで、日本に里帰りしました。今回日本でお目通りさせていただいた方々には心より御礼申し上げます。
 例によって、今回も一時帰国中、いろいろと調べものをしてきました。主任研究員はけっこう忙しいのです(無給ですが)。
 調査対象の1つが、ラオスのボア沼に住むという龍(現地では「ナーガ」と呼ばれる)の話です。正直言いまして、ボア沼の竜を見たという話は、私の知る限り1つしかありません。講談社発行の「週刊現代」196411日号、P116から120にかけて作詞家の奥野椰子夫先生が寄稿されておられる「目撃証言」のみです。なんと、日本発の国際的なUMA目撃談なのです。
 とりあえず今回、また国立国会図書館に赴いて、問題の記事を検索しました。
 国会図書館では古いデータの電子化がかなり進んでおり、この時代の『週刊現代』も電子データ化され、2階にたくさん並ぶ端末で記事を読むことができます。記事を呼び出すと、端末からそのまま印刷依頼し、奥のカウンターで複写を申し込むことができます。
 ちなみにこの年の『週刊現代』には、あの小原秀雄先生が動物に関する不思議話を連載しておられます。もうこの頃から活躍なさってたわけです。
 さて、ボア沼の竜に話を戻しますと、某レコード会社C社(コロンビアらしいです)の社員としてラオスを訪れた奥野氏が、現地人からボア沼の話を聞き、そこで実際に竜(ナーガ)を目撃した顛末が書かれ、小原先生が解説を寄せておられます。
 奥野氏によるとその竜(ナーガ)は、1メートル近い2本の角、狼のような避けた口、爪のある1メートルほどの脚のようなものを持ち、全長8メートルほど、まさに伝説の竜そのものの姿をしていたとのことです。この目撃情報が正しいとすると、既知のいかなる動物とも異なるもののように思えます。
 そもそも、この奥野椰子夫氏とはどういう人でしょう。作詞家ならば著作権台帳に名があるかと検討をつけ、国会図書館の人文資料室へ向かいます。しかし著作権台帳は比較的新しいものしかなく、奥野氏の名を見つけることはできませんでした。
 他に何か手がかりはないかと思案していると、同じ部屋の書棚で、芸能・音楽関係資料のコーナーに『ポピュラー音楽人名事典』(日外アソシエーツ)というものを見つけました。それには、「奥野椰子夫:作詞家 日本音楽著作権協会監事 東京新聞事務局嘱託 昭和56109日没 出身滋賀県 本名保夫 日本詩人連盟大賞受賞 クラウンレコード所属。双葉あき子が歌って大ヒットした「夜のプラットホーム」などを作詞」といった記載がありました。もう故人ということです。
 と、ここまでくると、「夜のプラットホーム」とはどんな歌なのか気になってしまいました(潜在科学研究所の研究員は周辺情報も大切にします)。
 同じ芸能・音楽関係資料のコーナーに目を凝らすと、『新版日本流行歌史』(社会思想社)という3巻の出版物がありました。大体戦後の時期かと検討をつけて中巻(19381959)を選ぶと、しっかり「夜のプラットホーム」が載ってました。

 昭和22年の曲で、作曲は服部良一。何でも「昭和13年の暮れ、新橋駅で出征兵士を見送る歓呼の声の中に、柱の蔭でひそかに別れを惜しむ若妻の姿を見て心を打たれた都新聞学芸記者奥野椰子夫がコロムビアに入社して翌141月に書いた」ものだそうです。そして、最初淡谷のり子で吹き込んだものの戦時下で発売禁止(内容からして当然でしょう)。あきらめきれなかった服部良一が詞と題名を英訳し、R.ハッターという外国人名をつかって吹き込み、それが評判となって戦後の昭和22年、あらためて日本語で吹き込んだとのことです。歌にドラマありです。

 さてさて、ボア沼の竜に話を戻すと、周囲400メートル程度の小さな沼だそうで、今も干上がらずに存在するか(そもそも本当にあったのかどうか)不明です。グーグルで検索しても、『週刊現代』のかなり大雑把な記事では特定できそうにありません。
 もっとも、1964年は折から辰年なので、『週刊現代』編集部から「竜について何か景気のいい話を」とか依頼された奥野氏が、悪乗りして話を作ったと邪推できなくもないのですが、それならなぜ一介の作詞家奥野氏に話がふられたのかという疑問も残ります(もしかしてそれ以前から自分の目撃を人に話してたのかもしれません)。このあたりは、奥野氏がすでに鬼籍に入られている以上、確認は難しいです。誰か関係者でも見つかればよいのですが。
 ちなみに「ナーガ」とは、本来ヒンズー神話の蛇神のことですが、インドだけでなくインドネシアやタイ、ラオスなど東南アジア一帯で大蛇あるいは竜を示す言葉として用いられており、これら諸国では奥野氏以外にも、じっさいにナーガを見たという人かいるようです。 

今回の参考
  『週刊現代』196411日号
  『ポピュラー音楽人名事典』日外アソシエーツ
  古茂田信男編『新版日本流行歌史(中)』社会思想社
  http://www22.atwiki.jp/senzaikagaku/pages/61.html(会員限定サイト) 

                                 主任研究員羽仁礼記(2012年8月1日配信)

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