一般社団法人潜在科学研究所 The Potential Science Institute

第36号 魂の重さを量った医師(4)

 ところで、ワイズマンがローチから引用して述べている、「人が死ぬ瞬間には肺が血液を冷やせなくなるため体温が急激に上昇する、その結果生じた発汗がマクドゥーガルの言う二十一グラムの体重減少につながった」というクラーク医師の発言は、そもそも正しいものでしょうか。
 この発言の述べるところは、1.人が死ぬ瞬間体温が急激に上昇する、2.そのため発汗が生じる、3.発汗により21グラムが失われる、ということのようです。
 最後の3.については、マクドゥーガル医師自身が、汗が蒸発するまでには時間がかかるとの反論をしておりますし、マクドゥーガルの論文によれば失われた平均重量は30グラムです。では、1.と2.についてはどうでしょう。
 というわけで、またも国立国会図書館を訪れて、医学雑誌を漁ってきました。ただ、私は専門家ではないので、もし読者諸兄において誤りを発見なさった場合は、しかるべくご指摘をお願いします。
 まずは体温。法医学関係の雑誌を何冊か漁り、いわゆる「死体現象」について確認したのですが、死の瞬間体温が上がるという記述は今のところ見つかりません。
 では、死んだ人間が汗をかくのか、というと、発汗細胞は脳や心臓が機能停止した後も若干は活動を続けるようです。しかし、発汗作用というものがどういう仕組みで生じるかを考えると、このクラーク医師の発言は疑問です。
 まずはこの発言が、1907年の時点でなされたということを考慮すべきでしょう。
 人間の体温調節機能としての発汗は、現在では、間脳視床下部が基本的な中枢となっていると考えられています。ところが、マクドゥーガルの論文が発表され、クラーク医師が批判的意見を述べた1907年の時点では、発汗中枢の所在はおろか、脳の各部がそれぞれの機能を分担しているという「脳機能局在論」も確立されていませんでした。当然、体温変化に基づく発汗作用のメカニズムもわかっていなかったわけです。現に『死体はみんな生きている』が述べるマクドゥーガル医師の反論は「血液循環がなくなれば血液は皮膚の表面に運ばれないので、汗をかいたり水分が蒸発したりすることはない」というものでした。この発言からずると当時は、発汗とは血液が皮膚表面に達して水分が汗となる、と考えられていたようです。他方現在では、視床下部にある発汗中枢が温度上昇を感知すると汗腺が刺激され、発汗が起こると考えられています。そして、脳が死亡してしまえば当然この作用も停止するでしょう。
 というわけで、ワイズマンが孫引きするクラーク医師の発言は、現在の医学の観点からは根拠があるように思えません。
 他方、マクドゥーガルの実験に、何らかの不手際があった可能性はないのでしょうか。
 マクドゥーガルの実験をよく読んでみると、じつは、マクドゥーガルたちがかなり正確な計測を行っていたことを示すような数字がありました。
 マクドゥーガルは、最初の患者の場合息を引き取るまで1時間あたり1オンス(28.3495g)の割合で、そして2番目の患者は1時間4分の3オンス体重が減ったと記しています。マクドゥーガルはこの原因を、呼吸や発汗を通じた水分の減少によるものと推定しています。 そして、死後死体に起こる現象や発汗作用について医学関係雑誌を読んでいるうちに、面白い記述を見つけました。それは、「緊急医療ジャーナル」という雑誌の2004年2月号に掲載された「体温調節障害」という記事で、それには、人間は通常皮膚や肺からおよそ1日で600mlの水分が蒸発する、とありました。1時間あたりで換算すると25ml、つまり25グラム程度となります。もちろん個人差があるでしょうが、マクドゥーガルが最初の患者と2番目の患者で記している1時間あたりの体重減少量、28.3495gと21.262gという数字は、ほぼこの記事の記述に一致するわけです(平均すると25gに近くなります)。
 残念ながらマクドゥーガルは、他の患者については1時間あたりの体重減少を書いておりませんが、この数字は、マクドゥーガルたちがかなり正確な計測を行っていることを示唆するのではないでしょうか。  

                                 主任研究員羽仁礼記(2013年6月30日配信)

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