一般社団法人潜在科学研究所 The Potential Science Institute

第4号 英国UFO事件:レンドルシャムの森事件 概論

 

 1980年12月末、イングランド東部サフォーク州(脚注1)にあるレンドルシャムの森で発生したUFO事件は、イギリスで最も有名なUFO事件とも、イギリス版ロズウェル事件とも呼ばれている。
 謎の物体を目撃した人物には、現地アメリカ軍基地の副司令官もおり、後の証言では、基地司令官がUFOから出てきた異星人と会談したなどというものもある。
 事件後30年を経た今でも、事件の謎は完全には解明されおらず、2009年には、じつはその謎の物体とは炎上したトラックであると述べる者まで現れた。

 しかしイギリス空軍は一貫して、この事件に防衛上の脅威となる要素は見出せなかったとしている。イギリス空軍はなぜそのような結論に達しただろう。何らかの隠蔽工作なのだろうか?

 この事件では、アメリカ軍基地副司令官の報告書だけでなく、本人の録音テープ、物体の調査に向かった兵士の証言、さらにはサフォーク州警察の報告など、公式な記録がいくつか残っている。そしてそれらを総合してみると、どうやら事件の真相は意外なところにあるようだ。

 事件当時、現場となったレンドルシャムの森の北にはベントウォーターズ空軍基地、そして森の西部には、一部森の中に食い込む形でウッドブリッジ空軍基地があった。この2つの基地はいずれもイギリス空軍の所有であったが、当時アメリカ軍に貸し出されており、この両基地の副司令官がチャールズ・ハルト中佐(Lieutenant Colonel Charles I. Halt)であった。

 このハルト中佐本人が事件についての報告書をイギリス空軍に提出している(脚注2)。以下この報告書にしたがって事件の概要を述べる。

 最初に事件が起きたのは1980年12月26日午前3時頃だった。ただしハルト中佐の報告書には、誤って27日と記載されていた。
 このとき、ウッドブリッジ基地の2人の警備兵は森の中に奇妙な光を見た。警備兵はこれを、航空機が墜落したものではないかと疑ったらしい。そこで3人の兵士が調査に向かい、三角形をした金属質の物体が間歇的に光を発し、森の中を照らしているのを目撃した。物体は中空に浮かんでいるか、あるいは着陸脚の上に停止しているように見えたという。要は、地面より少し高い位置に見えたのだ。
 翌日あらためて調査が行われ、物体が着陸していたと思われるあたりに、深さ7.5センチくらい、直径17センチくらいの3つのくぼみが見つかった。 
 さらに28日になると、副司令官のハルト中佐自ら現場で放射線量の測定を行い、問題のくぼみのあたりでは最高で0.1ミリ・レントゲンが記録されたが、周辺の樹木からは0.05〜0.07ミリ・レントゲン程度の放射線しか感知されなかったという。
 その日の夜、またしても木々の間を通して太陽のような光が目撃され、同時に3つの星のような物体も目撃された。

 以上が、ハルト中佐がイギリス空軍に送った報告書の概要である。

 なぜアメリカ軍将校であるハルト中佐がイギリス空軍に報告を送ったかというと、事件はアメリカが使用していた2つの空軍基地の敷地外で起きたので、事件の捜査はイギリスの政府が責任を負うべきだと考えられたためだ。実際にこの地方の警察にも報告がなされた。

 しかし、地方警察もイギリス空軍も、これが重大な事件とは考えなかったようだ。

 まず、警察はどのように結論したのであろう。

 連絡を受けたサフォーク州警察は、現場に2名の警官を送った。警察はまた、当時この地域を航空機が飛行していたかどうかを調査し、いかなる航空機も飛行していなかったことを確認した。ただし26日未明にはイングランド東部で3つの火球が目撃されており、その最大のものが目撃されたのがちょうど午前3時頃であった。そして現場検証した警官が発見した唯一の光源は、10キロほど離れた海岸にある灯台だけであった。じつは事件の現場であるレンドルシャムの森は海岸より少しばかり高い位置にあるので、そこから灯台の方向を見ると、その光がまさに地面から少しばかり上に見えるのだ。兵士たちが発見した地面の窪みは、警官にはウサギが跳ねた跡にしか見えなかったという。

 報告を受けたイギリス空軍も「興味深いが疑わしい」と結論した。
 まずは事件の日付それ自体誤って記載されていたことも心証を悪くしたらしい。空軍は、当日だけでなく、クリスマスから新年にかけての期間、各地のレーダーに異常な物体がとらえられたかどうか調査したが該当する報告はなかった。そしてイギリスの天文学者イラン・リドパスが、当時レンドルシャムの森に住んでいた森林監督官の協力を得て調査したところ、現場を調査したハルト中佐やその部下たちはこの灯台の方角を見ていたらしいと結論された(脚注3)。謎の光は灯台の光であり、三角形の金属質の物体とは、じつは灯台のことだったのだ。

 計測された放射線レベルも、自然界において特に異常なものではない。ラジウムを含む温泉などではもっと高い値が記録されることはざらだし、事件が起きる前にこの場所の放射線が計測されたこともなかったようだ。そうすると謎の物体やくぼみと放射線レベルとの関係についてはっきりした結論を導くことはできない。

 以上の情報を総合すると、まずは火球が航空機の墜落と誤認され、何か異常なことが起こっているのではないかという疑心暗鬼が生じ、地元の人間にとっては何でもない存在でさえ異常な現象と思えたのではないかと推測される。この構造は、1952年のフラットウッズ事件にも共通するものと言えるだろう。
 ただしハルト中佐本人は、退役した後になっても、自分が目撃したのは正体不明の謎の物体であり、アメリカ軍はイギリス軍と協力して真相を隠蔽していると信じているようだ。

脚注1:拙著『図解UFO』(新紀元社)P58では1行目に「ノーフォーク州」とあるが、これは誤植である。購入いただいた読者諸兄には慎んでお詫びしたい。

脚注2:ハルト中佐の報告書写しは以下のサイトでダウンロード可能。ただし有料(3.5英ポンド)http://www.nationalarchives.gov.uk/documentsonline/details-result.asp?Edoc_Id=8199462&queryType=1&resultcount=1

脚注3:David Clarke『The UFO Files』(The National Archives)P107

                    客員研究員・桜井慎太郎記(2011年1月1日配信)



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