一般社団法人潜在科学研究所 The Potential Science Institute

第41号 ナチスとUFOC

 ナチスのUFO開発に関するもう一つのストーリーは、ルドルフ・シュリーファーに始まります。
 この系統は起源がはっきりしており、ドイツの雑誌「デア・シュピーゲル」1950年3月30日号に掲載された、自称元空軍大尉ルドルフ・シュリーファーのインタビューにさかのぼります。ちなみにこのタイミングは、イタリアのジョゼッペ・ベルッツォとリーノ・サグリオーニが、ナチスの円盤開発を主張した直後のようです。
 このインタビューによれば、シュリーファーは子供たちが遊んでいた竹とんぼのようなおもちゃを見て円盤型航空機を思いついたということなのですが、その構造たるや、中心の操縦席周囲に円盤状に配置されたプロペラが回転するという、要は変形ヘリコプターでした。そして最初のインタビューでは、この機種は1945年4月の時点でまだ設計段階だったのですが、その後話が拡大し、SSのハンス・カムラー将軍の下でシュリーファーはじめジョゼッペ・ベルッツォやリヒャルト・ミーテ、クラウス・ハーベルモールなどの人物が開発にあたり、実際に試験飛行まで行われたという話になっています。こうした人物の関わり方についても、シュリーファーと共同で開発したというものと、シュリーファーのアイデアを基に独自に発展させたというものがありますが、いずれにしても同じ画像が時によって「シュリーファー・ミーテ型」、「ベロンツォ(ベルッツォのことらしいです)・シュリーファー・ミーテ型」、「シュリーファー・ハーベルモール型」などと紹介されています。
 これらの画像は基本的に3種類あり、落合信彦著『20世紀最後の真実』や矢追さんの『ナチスがUFOを造っていた』にも掲載されています。V型の外見はドーム型で円盤らしく見えますが、構造はやはり円型ローターを内蔵したプロペラ推進です。建造場所についてはプラハ近くのBMW工場などチェコ国内というのが多いようですが、ドイツ国内のいくつかの場所も名前が上がっています。
 こうした発展型のストーリーを広めた主要人物がゲオルグ・クラインらしいのですが、この人物について詳しいことは不明です。また、学研発行の『失われた空飛ぶ円盤「ナチスUFO」の謎』に登場するフリートヘルム・メックリンガーなる人物も、この系統の話を複製しています。
 なお、クラインによれば、このシュリーファー型の試作機は、1945年2月14日にプラハで試験飛行が行われ、3分で高度12,400mに達し水平飛行で時速2,200キロを記録したというのですが、プロペラ推進でこの速度は不可能でしょう。もっとも、矢追さんの著書に登場するヘンリー・スティーブンスは、ジェット推進も併用されていたと述べており、さらに別のエッブなる人物は、このタイプは自分が考えたと述べているようです。
 なお、ここまでに紹介した通り、シュリーファーとベルッツォは、ともに1950年になって自ら円盤開発に関わったと名乗り出ておりますが(後になってエッブやメックリンガー)、ミーテとハーベルモールからは本人の証言が得られていません。ちなみにミーテの方は、戦後カナダに渡って、かの円盤型航空機アヴロ・カーの製作に携わったとも言われていますが、この点は真偽不明です。他方ハーベルモールはソ連に捕らえられたということで、これも真偽不明なのですが、戦後旧ソ連でも円盤型航空機の研究が行われていたことは事実のようです。
 シュリーファーに関しては、コマやヨーヨーのような形をした円盤もシュリーファー型と紹介されることがありますが、これらは通常「ベル型」として、ヴィクトル・シャウベルガーとの関連で言及されています。

今回の参考:Renato Vesco, David Hatcher Childless『 Man-Mad UFOs 1944-1994』AUP   Publishers Network
        http://www.spiegel.de/spiegel/print/d-44447768.html
        落合信彦『20世紀最後の真実』集英社
        飛鳥昭雄、三神たける『失われた空飛ぶ円盤「ナチスUFO」の謎』学研       


                 主任研究員羽仁礼記(2013年12月10日配信)

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