一般社団法人潜在科学研究所 The Potential Science Institute

第50号 空飛ぶ円盤のあけぼの2

 1947(昭和22)年に「空飛ぶ円盤」が日本に上陸してから、1955(昭和30)71日に「日本空飛ぶ円盤研究会」が結成されるまでを、とりあえず日本におけるUFO研究前史としておきましょう。この間、空飛ぶ円盤に言及する書籍を拾い上げると、『地球は狙われている』(1951)、『自然界の驚異』(1953)、『空飛ぶ円盤実見記』(1954)、『世界の謎』(1955)が確認できました。『空飛ぶ円盤実見記』は、「日本空飛ぶ円盤研究会」結成の直接の契機となった書物ですが、このときまで、空飛ぶ円盤はそれほど世間の関心を集めていなかったように思われます。日本がまだ戦後をひきずっていたという社会事情も影を落としているのかもしれません。

 ともあれ、荒井、高梨、斎藤の3人男以外にも空飛ぶ円盤に関心を持っていた人たちのいたことが明らかになっています。

 時代を追っていくと、1950年半ば頃、零戦の設計者として名高い堀越二郎氏が、空飛ぶ円盤に関する未定稿を残していることが明らかになっています。続いて科学評論家の原田三夫氏が『自然界の驚異』で鬼火や人魂などの怪火を扱うついでに、空飛ぶ円盤を光学的に説明しようとするメンゼルの説にちらりと触れており、作家の北村小松氏も1953年からいくつか関連記事を書いております。

 ここで、「地球外仮説(ETH)」はどのように日本に入ってきたかという疑問が生じるのですが、日本最初のUFO書籍『地球は狙われている』自体が、昆虫のような異星生物が空飛ぶ円盤で地球に来ているという、まさに地球外仮説を主張する内容でした。しかし、この本は当時評判になった形跡はありません。それどころか、当時の『天文と気象』(地人書簡)に掲載された関連記事をみると、地球外仮説はまともに扱われておりません。やはり日本で地球外仮説が本格的に広まるのは、『空飛ぶ円盤実見記』以後のようです。

 ちなみに『地球は狙われている』は、ジェラルド・ハード(18891971)1950年に書いた『Is Another World Watching? The Riddle of the Flying Saucers』の邦訳で、時代的にはドナルド・キーホーの『The Flying Saucers are Real』とか、フランク・スカリーの『空飛ぶ円盤の内幕』なんかと同時代なのですが、現在はアメリカでもあまり顧みられることはありません。しかもジェラルド・ハードが書いたUFOものはこの一冊だけです。そして日本で訳された著書も、他には『堕落論』(筑摩書房、1965年)とホームズもののパロディである『蜜の味』(早川書房、1982年)だけです。そのような著書がなぜ日本でUFO本第1号の名声を得たかは、正直言って不明で、たまたま誰かが見つけて訳したとしか思えません。

 このジェラルド・ハード、本名をHenry FitzGerald Heardといい、イギリスで生まれ、1937年にアメリカに移住、オルダス・ハックスリーなどとも交流を持ちながら科学評論や平和運動などを行い、ホームズものなどフィクションも含め生涯で38冊の著書を残したとされます。彼の関心は非常に幅広く、人間の意識と進化の問題にはかなり拘泥しており、「イギリス心霊研究協会(SPR)」の理事でもありました。1960年代からブームになるニューエイジ運動の先駆的な活動もしていることから、一部では、30年早かった男とも呼ばれているようです。ちなみに彼が最後に行き着いたのは、ラーマクリシュナのヴェーダの教えだったりします。

今回の参考:『UFOこそわがロマン』
      和田登『いつもUFOのことを考えていた』
      『UFOと宇宙』198712月号
      原田三夫『世界の謎』偕成社
      北村小松『空飛ぶ円盤のあけぼの』日本初期SF映像顕彰会

                 主任研究員羽仁礼記(2014年7月20日配信)

 戻る