超常現象情報研究センター

第53号 空飛ぶ円盤のあけぼの5

 今回は引き続き「日本空飛ぶ円盤研究会」顧問の方々の紹介を続けますが、その前に新しい発見があったのでお知らせします。

 本メルマガ第50号では、ジェラルド・ハードの『地球は狙われている』を日本最初のUFO書籍として紹介しましたが、じつはそれ以前に空飛ぶ円盤について述べた書籍が存在したことが判明しました。それは中谷宇吉郎著『霧退治:科学物語』(1950)で、84頁から93頁にかけて「空とぶ圓盤」と題する項目が掲載されていました。執筆は昭和22(1947)825日ということで、初出は光文社の『少年』194711月号です。『少年』といえばその後「鉄腕アトム」や「鉄人28号」を連載して大人気となった少年誌ですが、1947年当時は科学的な内容も含めた読み物が主体だったようです。またこの記事は、これまで当法人が確認出来た中では最も古いUFO関連雑誌掲載記事となります。それより早く『日米週報』1847718日号に「 "空飛ぶ円盤" は眼の幻覚か 航空研究の科学者も議論はさまざま」という記事が掲載されているらしいのですが、こちらの記事は今のところ未確認です。それから、本メルマガ第50号でも述べた堀越二郎の空飛ぶ円盤原稿が、少年文化社の『ロケット』誌19508月号の特集「20世紀の驚異円盤ロケットのなぞを探る」の中で、「元航空機技師の立場から」と題してH.R.K.の名で掲載されていることが判明しました。昨年の所沢航空発祥記念館の展示では、原稿の一部が欠けていましたが、この記事にはその部分もしっかり入ってます。
 なお、これらの記事確認にあたっては長倉さん及び中根さんに貴重な情報提供をいただいたので、この場を借りて篤く御礼申し上げます。

 ということで、顧問の紹介です。

 前回のメルマガにも書いたとおり、顧問に就任したのは、荒井先生が直談判した北村小松氏に加え、徳川夢声氏、石黒敬七氏、中正夫氏、糸川英夫氏、原田三夫氏、そして保積善太郎氏の計7名です。そしてこの7名のうち、北村氏及び中氏を除く5名はいずれも、「日本宇宙旅行協会」の会員でもあったことが判明しています。現在も同じ名称を持つNPO法人が存在していますが、今回述べる団体は現在のものとは別物です。
 すでにこの時点で、空飛ぶ円盤と宇宙との関係が色濃く出ているわけですが、この「日本宇宙旅行協会」の創設者が、「日本空飛ぶ円盤研究会」顧問にも名を連ねる原田三夫氏です。

 原田氏は、現在も続く『子供の科学』創刊者でもあり、「ロボット三等兵」で知られる漫画家前谷惟光氏のご尊父ということですが、戦前から科学知識の普及に努めた科学ジャーナリストです。
 「日本宇宙旅行協会」は原田氏が1953年に設立したもので、この団体には他にも、航空機研究の第一人者木村秀政教授、国立博物館の朝比奈貞一博士、作家の江戸川乱歩氏など参加していました。
 本題からは外れますが、この団体は1956年から火星の土地の分譲予約という奇妙な事業を始め、金1,000円なりを支払った人に「火星土地分譲受付証」なるものを発行しています。この土地の分譲に応募した人には、俳優の早川雪州、漫画家の横山泰三、劇作家の青江舜二郎などの有名人も含まれています。さらには当時の漫画「サザエさん」でもこの話題が取り上げられ、火星の土地を買ったという人が登場しています。なんと日本のUFO史について調べていたら「サザエさん」までたどり着いてしまったというわけです。

 青江舜二郎の御子息である映画監督、大島拓氏(大島氏の映画「火星のわが家」に登場する神山康平はもちろん原田氏がモデルです)のブログによれば、火星の土地分譲については、酒の席での冗談だったのが、NHKの番組で取り上げられ、あとに引けなくなって始めたというのが真相らしいですが、一般の宇宙への関心を高める上ではかなり効果があったようです。

 現在までに当法人が確認した範囲では、原田氏は1953年の『自然界の驚異』で、火の玉や不知火、蜃気楼などの自然現象に触れた後、簡単にメンゼルの説を紹介しておりますが、1955年の『世界の謎』と『宇宙旅行』、さらに1956年の『宇宙旅行の話』で、空飛ぶ円盤についてかなり詳しく述べております。それ以前の『地球は狙われている』と『空飛ぶ円盤実見記』は全巻にわたりUFOを主題としていますが、これらはいずれも翻訳ものですから、日本の出版物としては空飛ぶ円盤について、それまででもっとも詳しい検討を加えたものです。ただ不思議なことに、それ以降の著書でUFOに触れたものは、今のところ1962年の『自然界のふしぎ』しか確認できません。しかもこの著書は、1953年の『自然界の驚異』の改題で、空飛ぶ円盤についての記述も変わっていません。自然現象や宇宙開発に関する著作はその後も発表しているので、このあたりは宇宙旅行協会が忙しくなったというより、UFOに関する原田氏の関心の変化が原因ではないかと思われます。

主任研究員羽仁礼記(2014年9月20日配信)

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