超常現象情報研究センター

第57号 空飛ぶ円盤のあけぼの9

 森田たま女史(18941970)は本来随筆家なのですが、1962年の第6回参議院議員通常選挙に全国区から立候補し、1期を務めあげています。その森田女史が謎の飛行物体を目撃したのは、昭和27(1952)81日のことです。その日午後9時過ぎ、自宅のある鎌倉山の石段を上っていると突然足元が強い光に照らされ、反射的に上を見上げると、魚雷型で長さ4メートルくらいの飛行物体が飛んでいたというものです。この目撃談は『文藝春秋』195510月号に掲載されていますが、その冒頭には「うちのおふくろは空飛ぶ圓盤を見たさうですよと、何かのはずみに子供が話したら、へえ、君のお母さんは気がへんなになったんぢやないかね、と云はれたさうである。」とあります。この『文藝春秋』の記事のダイジェストが「宇宙機」創刊号に掲載されているのですが、事前に本人の承諾を得たものかどうかは不明です。

 続く石原慎太郎元東京都知事(1932)については、特に説明の必要はないでしょうが、その人となりについては人騒がせな言動も多く、一部ではフリーメーソンとの噂もあります。おそらく本人は世間からかなり誤解されていると心外に思っているのではないかと好意的に推察します。

 ともあれ、「日本空飛ぶ円盤研究会」における石原氏の会員番号は169で、名簿の解説によれば19569月から翌年3月の間に入会したということになります。三島由紀夫には及びませんが、かなり早くから会員となっていたようです。何が彼を入会せしめたのかは不明ですが、本人がUFOらしきものを見たのは入会から2年後の昭和33(1958)12日の夜のことです。この目撃談については本人がこの年の311日付毎日新聞夕刊に寄稿しており、「世間でいう円盤とは大きさも形も違って、黄色に光り輝いたかなり大きな球体が明るく尾を引いて夜空を横切っていった。」とのことで、連れの4人も一緒に目撃したということです。この年の『中学時代一年生』5月号にも、本人の顔写真入で目撃談が掲載されています。

 3人目の新田次郎氏(本名藤原寛人19121980)も、あらためて述べる必要もないほど有名な小説家です。本来は気象庁の気象観測官ですが、代表作『武田信玄』はじめ数々の作品を残しておられます。新田氏は、じつは正式な会員でなく「客員」ということでしたが、これは「日本空飛ぶ円盤研究会」が見込んだ人を会費支払いなしで認定したもののようで、新田氏は「空飛ぶ円盤研究会の機関紙を毎号いただいている」と書き残しています。そして『夜光雲』という、UFOを扱った小説も残しておられます。

 新田氏は、少なくとも二度ばかりUFOらしきものを目撃したようです。

 最初の目撃は昭和218月末、中国東北部老爺嶺の外れでした。なぜ彼が、他の大勢の旧日本軍兵士と一緒に野営することになったかは、新田氏の個人的経験に基づいた小説『望郷』に詳しく述べられています。ともあれ、新田氏が雑誌『日本』19588月号に寄稿した「聖母の糸(エンゼル・ヘアー)」で述べた内容は、「エンジェル・ヘアー殺人事件」とでも言うべき奇妙なものです。

 事件の夜、新田氏がなすこともなく星座を追っていると、突然異常な光度と速さを持った物体が一瞬視界を横切って消えました。球体はフットボールくらいに見える大きなものでしたが、音は聞こえませんでした。その後で、長さ数メートルもある光る糸のようなものが降ってきたのです。新田氏の描写によれば「糸は大地に近づくと共に、異常な速さで、私たちの頭上を廻り出した。なにかをねらいながら、糸と糸とが集合を始めようとしているように見えた」そうです。このとき新田氏は、なぜかこの糸に触れてはならないという気がして首をすくめ、落ちてくる糸を避けたそうですが、近くにいた男が首に白いものを巻きつけて苦悶しはじめました。手で糸をとろうとすると、糸は手について伸びました。他の男がそれを除去しようとしましたが、糸に触れた途端、電気にでも触れたように手をひっこめたそうです。男は1分か2分くらいで動かなくなり、彼の首にまとわりついている糸の集合体も徐々に光度を失いました。あとには、何度も引っ掻いた首の傷口から血を吹いている男の死体がありました。火の玉を発見してから男が死ぬまで、5分もたっていなかったそうです。

 気象観測官らしく新田氏は、光る物体は流星であり、糸は雪迎えと呼ばれるクモの糸だろうとしています。しかし、白い糸を首に巻きつけて死んだ男のことは説明がつかない、とも書き残しています。

 奇妙なことに新田氏は、この文章を発表した直後の19581029日、再度UFOを目撃しております。

今回の参考:『UFOこそわがロマン』
      森田たま「空飛ぶ圓盤」(『文藝春秋』195510月号掲載)
      1958311日付毎日新聞夕刊
      石原慎太郎「あやしい飛行物体」(『中学時代一年生』19585月号掲載)
      新田次郎「聖母の糸(エンゼル・ヘアー)」(『日本』19588月号掲載)
      藤原寛人「白昼、東京に“空飛ぶ球体”?」(『天文と気象』195812月  号掲載
      『日本空飛ぶ円盤研究会々員名簿』

主任研究員羽仁礼記(2014年12月10日配信


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