超常現象情報研究センター

第58号 空飛ぶ円盤のあけぼの10

  今回より、「日本空飛ぶ円盤研究会」会員のうち、その後のUFO界に影響を残した人士について紹介します。
 メンバーには高梨純一氏、松村雄亮氏、畑野房子氏など、単体で「研究家」としての評価を得ている人も何人もいますが、やはり最初に紹介すべきは、当法人もいろいろと協力をいただいている斎藤守弘氏(1932)ではないかと思います。

 斎藤氏入会の経緯は、『UFOと宇宙』197812月号の荒井欣一インタビューでほぼ語り尽くされています。このインタビューによれば斎藤氏は、入会当時まだ東京文理科大学(現筑波大学)の学生だったとのことですが、「その頃からUFOや超常現象の資料をずいぶん集めておられて、しかもそれを大学ノートにぎっしりと書いてあるんですよ。」とのことです。そして「宇宙機」第7号及び第8号に「日本の空飛ぶ円盤の歴史記録」を寄稿し、今ではよく知られているうつろ舟や天狐、肉人などの記録を発掘、紹介されています。以後は河津薫の他繰越波夫のペンネームを用いて毎号のように「宇宙機」に寄稿、昭和33年に「空飛ぶ円盤は宇宙機である」というテーマで会員から論文を募集したところ、河津薫の名で応募し、他の並みいる会員諸氏を抑えて一等に入選、「空飛ぶ円盤研究会」が発行する小冊子の第一号として発刊されました。

 ちなみに『SFマガジン』19648月号の記事によれば、「母方の一族は三河島の大地主」ということですが、本人はこれを否定なさってます。また、前世紀の終わり頃、荒井先生からは、斎藤氏が土地取引の仲介で巨額の金を手にしたと聞いたことがあり、本人もこの噂を承知しておられましたが、やはり否定しておられます。
 現在、逗子の海岸近くの高台にある一戸建てにお住まいですが、これはすべて原稿や著作物の収入によるもので、今はしがない年金暮らしとのことです。その蔵書は6万冊ということで、中には「宇宙機」のバックナンバーなど相当貴重なものもかなりあるようです。
 また、本メルマガ第56号でも紹介しましたが、斎藤氏は「宇宙塵」創設メンバーのひとりでもあります。
 一方、彼の著作リストを見ると、奇妙なことに気づきます。昭和33年の「空飛ぶ円盤は宇宙機である」はETHに基づいたUFOもので、「宇宙機」に掲載された記事もほとんどがUFO関係なのですが、1964年頃、つまり大陸書房から多数の書籍を刊行し始めた頃から、著書の中であまりUFOに触れなくなっています。本人いわく、「UFOが科学でなくなったのでやめた」とのことです。
 斎藤氏からはまた、1961827日、朝日講堂で行われたジョージ・ハント・ウィリアムソンの講演に荒井先生と一緒に出かけ、締め出された話をうかがっておりますが、これは「宇宙友好協会」との関連で後に紹介することとします。

今回の参考:『UFOと宇宙』197812月号
      『SFマガジン』19648月号

主任研究員羽仁礼記(2014.12.30配信)


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