超常現象情報研究センター

第59号 空飛ぶ円盤のあけぼの11

 2015年最初の発行となる今回は、「日本空飛ぶ円盤研究会」会員でもあり、1956年に「近代宇宙旅行協会」を設立した高梨純一氏(19231997)を取り上げます。

 高梨氏とは直接の面識はないのですが、高文社刊『空飛ぶ円盤の跳梁』末尾の略歴によれば、関西学院大学商経学部卒業後貿易会社を経営し、学生時代より天文学、地質学、物理学および科学方法論に深い関心を持っていたということです。また、進駐軍の通訳、英語や理科の教員の経験もおありだったように聞いております。

 ちなみに、貿易会社の輸入商品の主力は当時まだ珍しかったスパンコールだったそうです。

 またしても『UFOと宇宙』197812月号の荒井欣一氏インタビューによると、「高梨純一さんもずいぶん資料をお持ちになっておられましてみんなビックリしたものです」とあります。斎藤守弘氏によりますと、荒井、高梨、斎藤が日本で最初にUFO研究を始めた三人男だそうです。

 高梨氏は、1960年に「日本空飛ぶ円盤研究会」が活動を休止した後も、久保田八郎氏の「日本GAP」や松村雄亮氏の「宇宙友好協会」と並んで活動を続け、UFOの科学的研究という立場を貫いた人です。さらに、1959年末に『SFマガジン』が創刊されると、19604月号から「世界ファンタスティック通信」(1966年から「海外みすてり・とぴっく」)なる連載を持ち、UFO以外にもさまざまな種類の超常現象関連事件を紹介しておられます。

 こうした活動が、1970年代後半から続く第二次UFOブームに導く伏線の一つになったことは確かでしょう。

 1970年代には、「科学的UFO研究」を奉じる重鎮として、各種コンタクト・ストーリーの矛盾点を指摘したり、アダムスキー型UFOを撮影した「ロドファー・フィルム」の真相解明などの功績を残しておられます。

 ところが、国会図書館の蔵書検索で調べると、高梨氏の最初の著作は1956年の『心霊の秘庫を開きて』(ライト書房)というものです。

 じつは高梨氏、浅野和三郎が創始した「心霊科学研究会」の会員でもあり、『心霊の秘庫を開きて』は、「心霊科学研究会」機関誌「心霊と人生」に連載した記事をまとめたものです。扉部分には「浅野和三郎先生並びに浅野生恭先生の霊に捧ぐ」とあります。昭和30(1955)10月付のまえがきには、筆者は15年来「この種の資料の蒐集と研究に努力を傾けて来た」とあります。この「15年」という数字が正しいとすると、高校時代から心霊研究にいそしんでおられたことになります。

 要はUFO現象が認知される前から。いわゆる超常現象に関心があり、その関係で、UFOについても「ずいぶん資料をお持ちになって」いたということなのでしょう。

 じつは高梨氏は「宇宙塵」同人でもあり、水晶e哉の筆名でSF小説も書かれたようです。ただし、こちらはあまり評価されずに手を引かれたようです。

 荒井氏と高梨氏の関係はというと、お互い同好の士である反面、微妙なライバル関係にもあったようです。平成元年に高梨氏が出した小冊子で、自分の団体こそ日本最初のUFO研究団体と主張したことがあり、このときは荒井氏も、「歴史を歪曲する高梨氏」という、ちょっと大げさなタイトルの一文で反論しておられます。

 斎藤氏によれば、どちらも自分が一番になりたい性格だそうで、1965年に「近代宇宙旅行協会」会員の平田留三氏が自らの団体「日本UFO研究会」を結成した原因のひとつも、「高梨さんの運営が独善的」だったことだそうです。

参考:高梨純一『心霊の秘庫を開きて』ライト書房
   高梨純一『空飛ぶ円盤の跳梁』高文社
   『UFOと宇宙』197812月号

(2015.1.20配信分に加筆)


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