一般社団法人潜在科学研究所 The Potential Science Institute

第6号 第二次世界大戦の脇道:独英オカルトプロパガンダ戦争A

 

 クラフトが本格的にナチスに協力するようになったのは、1939年、ドイツのポーランド侵攻により第二次世界大戦が始まってからのことです。

 クラフトはヒトラーのホロスコープを調べ、その生命がこの年の11月7日から10日の間に危険にさらされると判断し、情報局に勤務する知り合いに手紙で知らせ、雑誌にも掲載したようです。

 ヒトラーは1889年4月20日にオーストリアのブラウナウ・アム・インに生まれました。その出生時間については、私の愛用しているソフト「ソーラーファイアーv.6」では、洗礼記録に基づいて午後6時半に設定してあります。クラフトがこの時間を採用したかどうかは不明ですが、ともあれ指摘した期間中の11月8日、ミュンヘンのビヤホールで爆弾によるヒトラー暗殺未遂事件が起きました。こうしてクラフトはナチス・ドイツの注目を浴び、ゲッベルス率いる宣伝省でノストラダムスを利用したプロパガンダに関わることになりました。

 じつはクラフトが宣伝省に雇われた背景には、もう一つの偶然がありました。

 1939年9月1日、ナチスのポーランド侵攻によって第二次世界大戦が始まった直後、ナチス・ドイツ宣伝大臣ゲッベルス夫人マグダ・ゲッベルスがハンス=ヘルマン・クリツィンガーの著書『太陽と霊の神秘』の中に、ノストラダムスが1939年のポーランド侵攻を予言していたとの記述を見つけたのです。

 問題の予言は、ノストラダムスの『百詩篇』第3巻57編で、内容は次のようなものです。

 イギリス人は7回変わる
 290年間血にまみれて
 フランスは、ドイツの支援でそうならない
 牡羊座はバスターナンの柱を疑う 

 一見、何がなんだかわからない詩です。しかし、最後のバスターナンは、現在のポーランドに相当する地域の古名です。そこでこの言葉のみをキーワードとすると、ポーランドが原因でイギリスが戦争に入るという解釈も可能になります。実際にはクリツィンガーの著作は、もう一人のドイツ人ノストラダムス研究家専門家カール・ローグが、1921年に『ノストラダムスの予言』で述べた解釈を引用したものでした。そしてこのローグの解釈は、2行目の290年の起点を1649年に置くものでした。それから290年というと、どんぴしゃり1939年となります。

 夫人からその話を聞いたゲッベルスが、ノストラダムスを信じたかどうかは不明です。彼の性格からすると、あまり信用しなかったような気もしますが、少なくともナチスの宣伝大臣として、これは使える、とは思ったようです。

 大衆は必ずしも真実で動くものではありません。むしろ、彼らが真実と信じているもの、あるいは真実と思いたがっていることで行動するものです。そして宣伝大臣の役割は、大衆にその「真実と信じたい」素材を提供することでもあります。

 そこでゲッベルス自身がクリツィンガーと会い、連合国との心理戦にノストラダムスを利用する可能性を話し合いました。クリツィンガーの紹介で、ゲッベルスはローグとも接触しますが、この人物は生真面目すぎてプロパガンダには向かないと判断したようです。

 そこで宣伝省はクリツィンガーに、他にプロパガンダに適した人物はいないかとあらためて照会したところ、クラフトの名が出てきたのです。

 こうして、11月にはあらゆる種類の予言の出版が禁止されました。つまり予言を国家が独占管理するようになったのです。1940年10月になって、クラフトの注釈を付けた『ミシェル・ノストラダムスの予言』が刊行されました。さらに1941年2月には、フランス語版が出版されましたが、クラフトはあまりにもドイツ寄りの解釈を求められてため自分の名を付すことを拒否したようです。

 ただしこれらの著書の発行部数はかなり少なかったようで、プロパガンダとしてどれほど役立ったかは疑問です。 

今回の参考:Ellic Howe『Astrology & the Third Reich』the Aquarian Press
        http://www.nostradamusresearch.org/en/ww2/loog-info.htm

                     主任研究員・羽仁礼記(2011年3月1日配信)



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