超常現象情報研究センター

第60号 空飛ぶ円盤のあけぼの12

 さてさて、日本におけるUFO研究初期の状況を書き残そうと始めた本シリーズですが、いよいよ皆様お待ちかね(?)の宇宙友好協会(CBA)に突入します。

 CBAの松村雄亮氏(1929〜?)についてもCBAについても、不明確な部分がたくさん残っています。

 謎の第一は松村氏こそ日本最初の空飛ぶ円盤研究団体を結成したのではないかという説があることです。

 本メルマガ55でも触れましたが、『航空年鑑』昭和33年版には、松村氏が代表を務める「空飛ぶ円盤研究グループ(FSRGJ)」が昭和28(1953)417日に結成されたと記載されています。他方、荒井氏の証言では、195699日付「読売新聞」京浜版にこの団体が紹介され、その記事によれば「20数名」の団体ということだったそうです。そこで柴野拓美氏が連絡をとったところ、記事はミスプリントで会員数は一桁多い200人であり、発足したばかりの「日本空飛ぶ円盤研究会」とは提携できないとの高飛車な返答が帰ってきました。そこで読売新聞に問い合わせたところ記事の数字に間違いはないということでした。

 この話を後に柴野氏が『子供の科学』で紹介したところ松村氏の攻撃を受けたというのが、いわゆる「子供の科学事件」です。

 CBA結成にあたっては、「空飛ぶ円盤研究グループ」に、「日本空飛ぶ円盤研究会」会員でもある橋本健氏も合流し、他に小川定時氏、久保田八郎氏が参加しました。さらに「日本空飛ぶ円盤研究会」会員としては、畑野房子氏、三上皓三氏、平野威馬雄氏もCBAに加入しています。他に主だったCBA会員としてはコンノケンイチ氏、橋野昇一氏、高坂克己氏、渡辺大起氏、天宮清氏、楓月悠元氏、向井裕氏など、その後のUFO界に影響を残した人が多数集っていました。ある意味、「日本空飛ぶ円盤研究会」メンバーよりも、後世に残した影響は大きかったかもしれません。

 というわけで、良くも悪くもCBAのカリスマである松村氏です。

 『地球ロマン』復刊第2号によれば、19571月、日本で最初の円盤写真を撮影し、さらに19597月には異星人とコンタクト、さらに長さ数千メートルの巨大母船で宇宙連合の長老と会見、近々大変動が地球を襲うと知らされたということです。

 これが1960年のCBA事件に直結するというのが世間一般の見方なのですが、196X年に地軸が傾くという内容を記した、いわゆる「トクナガ文書」の作成や配布の経緯は、いまだに不明確なままです。世間一般の評価に従えば、その作成から会員への配布まで、すべて代表たる松村氏の指示によりものということになりますが、じつはこの頃から、CBA内部には一種の派閥争いのようなものがあり、幹部の間ではいろいろな議論も行われていたようです。しかし、関係者の大部分が既に他界してしまっている以上、もはや真相を確かめる術もありません。

 松村氏も、2000年前後に、京都の小さなキリスト教団体に身を寄せたまま他界されたということです。正確な命日はよくわからないのですが(もしご存知の方がいらっしゃればどうかご教示願います)、2000年に刊行された『UFOこそわがロマン』には、「最近になって、“死亡説”も流れている。」とあります。派手な騒ぎを次々と巻き起こし、良くも悪くも世間の注目を集めた松村氏にしては、非常に寂しい最期です。もっとも、ダンディな松村氏のことですから、老醜をさらしたくないという気持ちがあり、それゆえ世間との関わりを絶ってしまったのではないかとも推測できます。

参考:『地球ロマン』復刊第2
   『航空年鑑』昭和33年版
   『UFOこそわがロマン』

(2015.2.10配信分に加筆)


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