一般社団法人潜在科学研究所 The Potential Science Institute

第8号 第二次世界大戦の脇道:独英オカルトプロパガンダ戦争C

 

 ことの起こりは1941年5月10日、ド・ウォールがアメリカ入りする1ヶ月ほど前に起きた、ナチス副総統ルドルフ・ヘスの亡命事件でした。

 この亡命の原因として、ヘスのオカルト趣味が指摘され、ナチス政権は、彼が占星術師にそそのかされて亡命したと判断したのです。

 事件後ゲシュタポ長官ハインリッヒ・ミューラーは、ヘスと関わりのあった人物や占星術師、その他のオカルティストを逮捕させ、クラフト本人も6月12日に逮捕されました。

 ド・ウォールがアメリカで、ナチス・ドイツはクラフトの助言に基づいて行動していると宣伝していた頃、当のドイツでは占星術師の弾圧が始まっており、クラフト本人もその対象となっていたのです。

 クラフトはその後、宣伝省に協力し、連合国側重要人物のホロスコープにドイツに有利な解釈をつけることを条件に釈放されました。しかしクラフトは自分の解釈にこだわるあまり、宣伝省の意向を無視した解釈を行ったようです。さらには故国スイス大使館に介入を求めようとしたことでさらに状況を悪化させ、またも投獄、最後は獄中でチフスにかかり、強制収容所への移送の途中で死亡しました。

 一方のド・ウォールはというと、戦後も占い師を続け、ヒトラーのアドバイザーであったクラフトに自分が対抗したという内容を各種刊行物に発表して有名になりました。しかしその後占星術師をやめてカトリック教徒となり、今度は何冊も宗教書を書き続けたということです。

 クラフトとド・ウォールの2人の生き方には、職業占い師として対照的なものがあります。

 クラフトの方は、自らの西洋占星術理論を正しいと信じ、その信念にこだわるあまりかえって状況を悪化させて悲劇的な結末を迎えました。占星術師としては、自分の運命さえ読みきれなかったということです。

 一方亡命ドイツ人のド・ウォールは、はったりを交えてイギリス政府に職を得、自らに期待される役割を首尾よくこなして生き延びました。しかも戦後は、自分の活動をねたにしてある程度の評判と、それなりの収入を得て生き延びたようです。

 人類の歴史を見ると、ある種の神秘的な予見力を持つと自称したり、周囲からそうした能力を有するとみなされる人物は、どこの社会、地域にも存在していました。予言者、呪術師、占い師、シャーマンなど、呼び名はさまざまで、時には畏怖されたり、尊敬をあつめたり、あるいは忌避されたりと、歴史や地域によって立場は違いますが、いつの世にもこうした人物は存在していました。おそらく今後も、この種の人物が絶滅することはないでしょう。

 現代でも職業的占い師の多くは、自らの学んだ占いが実際に機能すると信じているか、あるいはいまだ科学的に解明されていない何かが秘められていると信じているようですが、占いで生計を立てるとなるとそれなりの宣伝をしたり、顧客に取り入ったりする必要が出てきます。そしてなかには、完全に金銭目当ての詐欺師もいるようです。少なくとも、一回の見料として世の中の常識から考えて法外な金額、中小企業新入社員の月給相当額以上を要求するような連中には近づかないほうがよいでしょう。すでに関わりのある人はすぐに手を切りましょう。

 一方、人間は弱いものです。自分の将来がどうなるか知りたい、今現在自分が不幸であると感じ、そうした状況から抜け出したい。何か決断をしなければならないのに、自分では踏ん切りがつかない。そんなとき背中を押してくれる人物も、時には必要なのでしょう。そうした役割の人が必ずしも占い師である必要はありませんが。

主任研究員・羽仁礼記(2011年5月22日配信)



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