白のページ(魔術・占い)3

ゴーレム

 この度、チェコ直輸入のその名もゴーレム(GOLEM)という小冊子を手に入れました(Eduard Petiska著)。
 基本的には16世紀のプラハのラビ、レーヴ・ベン・ベーサレルが見せた数々の奇蹟物語ですが、ゴーレムについても詳しいエピソードが載っています。 これがけっこう面白いので、皆様にも是非紹介したいと思います。
 さてさて、レーヴ・ベン・ベーサレルとはそもそも何者?
 レーヴ・ベン・ベーサレルは16世紀のラビ(ユダヤ教の律法学者)で、やはりラビであったベーサレルの子として1520年にテェコのプラハで生まれました。 レーヴ・ベン・ベーサレルとは、ベーサレルの息子レーヴという意味です。
 父の後をついでプラハのラビとなったレーヴは、ゴーレムの製造以外にも、石つぶてを花に変えたり、死者の霊を呼び出したりと様々な不思議を行ったという伝説の持ち主です。 かのルドルフ2世とも親しく付き合っていたと言われております。日本で言えば弘法大師か役行者といったところでしょうか。 もちろん今ではたいていの人が、そんなのただの作り話だよ、と思っているのは日本と同じです。
 ともあれ、さっそくゴーレムの製作から話を始めましょう。  レーヴ・ベン・ベーサレルの時代、ユダヤ人はゲットーと呼ばれる居留区に固まって住んでいましたが、やはり多数派のキリスト教徒との間で様々な問題が生じていました。 ある時、何者かが死体を毎晩ゲットーに投げ込み、ユダヤ人に殺人の罪を着せようとしていました。
 そこでレーヴは、この問題をなんとか解決しようと神に祈り、ゴーレムを作れとの天啓を得ました。
 翌朝、娘婿と弟子の1人を呼び、ゴーレムを作ると告げました。
  3人は7日の間準備を進め、7日目に沐浴を行い、白い服を着て深夜にゲットーの壁の外に出ました。
 午前4時頃、3人はウルタバ川の川原で土を集め、祈り、『旧約聖書』の詩篇を唱えました。 それから3人は、土で3メートル以上もある巨大な人の形を作りました。 口や鼻、目や耳まで付けて、本物の人間そっくりに作りました。
 レーヴは娘婿に言いました。
「お前は火だ。私が書いた呪文を唱えながらゴーレムの回りを7回回れ」
 1周回ると、ゴーレムの体が乾きました。 3周回ると、その体が熱を帯びてきました。 7周回り終わると、ゴーレムの身体は白熱した鉄のように光り始めました。
 続いて弟子が、やはり呪文を唱えながら7回回りました。
 この弟子は、エレメントのうち水の役割を受け持っています。
 1周すると、ゴーレムの体から光が消えました。  3周すると、体が湿り気を帯びてきました。 続いて爪や毛が生え、皮膚に人間のようなうっすらとした光沢が生じました。
 最後にレーヴが、風を体現して同じように7周し、最後に神の名を書いた護符をゴーレムの口に入れました。その後3人がそろって呪文を唱えると、どうでしょう、土でできたゴーレムが目を開けて起き上がったのです。 どこから見ても、30歳くらいの普通の人間です。
 3人はゴーレムに服を着せ、ヨセフと名づけて連れて帰りました。
 レーヴの奥さんパールには、口のきけない可愛そうな男に会ったので、シナゴーグの召使として使うことにしたと説明しました。言葉がしゃべれないことと、とてもでかいことを除けば、どこから見ても普通の人間にしか見えません。
 こうしてめでたくゴーレムが誕生しました。
 では、ゴーレムはいったいどのような活躍をしたのでしょうか。
 レーヴは、ヨセフことゴーレムを自分の家に住まわせ、パールには、シナゴーグに関する用事以外は言いつけてはいけないと命じました。
 用事がないときは、ヨセフはただ黙って椅子に座っています。 そのうち、ユダヤ教の大切な祭日である過ぎ越しの祭がやってきました。
 パールは準備で大忙し、一方ヨセフはただ座ったままです。
 そこでパールは、ちょっとくらいなら手伝ってもらってもかまわないだろうと思って、水を汲んできて広間の水槽を一杯にするよう頼みました。 ヨセフはすぐにバケツを持って飛び出しました。その間パールは買い物にでかけました。
  パールが買い物から帰ってくるとどうしたことでしょう。家の中から水が溢れ出しており、まわりに人が集まっています。 そうした群集の脇をすりぬけて、水で一杯のバケツを持ったヨセフが家の中に入り、すぐに空のバケツを持って出てきました。 と思うまもなく、ヨセフは水の入ったバケツを持って戻ってきてまた戻ってきます。 結局ヨセフの水汲みは、ラビ・レーヴが帰ってきて停止を命じるまで続きました。
 もちろんゴーレムは、こんなへまばかりやってたわけではありません。立派にプラハのユダヤ人を守ったこともあります。
  ある日、ゲットーに働きに来ていたキリスト教徒の女中が突然いなくなるという事件が発生しました。
 当時、ユダヤ人はシャバト(ユダヤ教の安息日で土曜日のこと)にキリスト教徒を殺して生き血を儀式に使うという根も葉もない俗信が残っていました(現代のユダヤ陰謀説も似たようなものでしょう)。 しかもこのときは、ゲットーのユダヤ人の中から、この女中は儀式のために殺されたと証言する者が現れたのです。
  このときレーヴはゴーレムに、ボヘミア(チェコの西部地方のこと)中を捜してこの女中を捜してこいと命じました。 そしてゴーレムは何日も各地を走り回り、みごとに務めを果たしたのです。
 しかしこうしたゴーレムの活躍もあり、キリスト教徒とユダヤ教徒の間に信頼が芽生えると、皮肉なことに彼の使命も終わることになります。 レーヴは、使命を終えたゴーレムを土に返すことにしました。
 それは、ゴーレムを作ったのと同じように暗い晩でした。
 ゴーレムを作った3人はゴーレムを連れてシナゴーグの屋根裏部屋に集まりました。
 まずゴーレムに眠るよう命じ、ゴーレムを起き上がらせた呪文を3人で逆に唱えると、ゴーレムの寝息が次第に細くなっていきます。 レーヴが口から護符をとりだすと、ゴーレムの呼吸は止まりました。 それから、最初と逆の順序で、逆回りに3人が7回ずつゴーレムの周囲を回ると、ゴーレム完全に土の固まりに戻ってしまいました。
 3人は屋根裏部屋にあった本の切れ端や布切れでゴーレムを隠し、他の人々には、ヨセフは突然いなくなったと告げました。
  ゴーレムには、じつは後日談があります。
 レーヴの死後何年もたった頃、ある学生がゴーレムの話を聞きました。 学生といっても、あちらこちらで様々な学問を少しずつ聞きかじりながらも、結局どの道でも大成できなかった落ちこぼれ学生だとされています。
 彼がプラハの大学にやってきたとき、ユダヤ教のラビからゴーレムの話を聞きました。
 どこでどう話が食い違ったのか、彼はゴーレムのことを機械仕掛けの女性だと思っていたようです(現代で言うロボットですね)。
 その話にひきつけられた学生は珍しく必死で勉強し、ついにゴーレムを蘇らせる護符の作成法を会得しました。 そしてプラハ中を探し回り、ゴーレムが隠されたシナゴーグの屋根裏部屋を見つけました。
 古書や布切れの山を書き分けると、なんと、人の形に集まった土の塊が残っていたのです。
 学生は早速、口の部分に護符を差し込みました。 するとどうでしょう。 表面の亀裂やひび割れがふさがり、ゴーレムが呼吸をはじめました。しかし、起き上がったゴーレムは、どんどんどんどん大きくなります。 もはや人間の形を失い、巨大な土の山が屋根裏部屋のほとんどを占めてしまいました。 さすがに恐ろしくなったこの学生は、手を伸ばして護符を引き抜きました。 その瞬間、生命を失った土の塊が頭上に降りかかり、学生は圧死してしまいました。 生兵法は怪我の元というやつです。

初出:2001年4月4日配信0界通信オンライン第16号