カ行

(最終改訂:2009年11月13日)

1 カアバ神殿
2 ガイア仮説
3 カザノヴァ
4 果心居士
5 火星効果
6 カタリ派
7 ガードナー
8 カバラ
9 ガブリエル
10 カリエール
11 カリオストロ
12
13 キャトルミューティレーション
14 吸血鬼
15 キュブラ=ロス
16 ギルガメシュ叙事詩
17 キルヒャー
18 キルリアン写真
19 キロ
20 キング
21 金蚕
22 グァダルーペ
23 クインビー
24 空中浮揚
25 クック
26 グノーシス派
27 クラギーナ
28 クラフト
29 クーリー事件
30 クーリー博士
31 クリシュナムルティ
32 クリスチャン・サイエンス
33 グルジェフ
34 クルックス
35 クレアラー
36 グレイ
37 クロウリー
38 黒魔術
39 クロワゼ
40 ケイシー
41 契約の箱
42 外科医の写真
43 血液型性格判断
44 ケプラー
45 ゲラー
46 ケリー
47 賢者の石
48 皇極経世書
49 ゴークラン
50 骨相学
51 ゴーレム
52 コロラド大学UFOプロジェクト
53 コンガマト
54 コンタクティー


アバ神殿 サウジアラビアにあるイスラム教の聖地、マッカの聖モスク中心部にある立方体の神殿。アラブに伝わる伝承によると、アッラーの玉座の下には天使たちが回る「バイト・マアムール」という館があり、地上に降りたアダムとイヴはそれにならってカアバ神殿を地上に建設した。神殿はノアの大洪水の際いったん失われたが、アブラハムはアッラーからその位置を知らされ、息子イスマイールとともにこれを再建した。カアバ神殿はキスワと呼ぶ黒布で覆われ、その四隅はほぼ東西南北を向く。北東面が正面で長さ約10メートル、北西面は約12メートル、高さは約15メートルで、東の隅には金属の容器に黒石がはめこまれている。伝承によればこの黒石は、かつてアダムが腰掛けに使用していた白いジルコンであったが、洪水の時一時ガブリエルにより持ち去られ、アブラハムの再建時に再び戻された。その後人間の罪に触れて黒くなったという。黒石は神と人間の聖約を飲み込んでおり、最後の審判のときには舌が生え人間の行状について詳細に証言するという。
 世界中のイスラム教徒はこのカアバ神殿の方向に向いて祈り、また一生に一度はこの場所に巡礼するのが義務となっている。

参考:余部福三『イスラーム全史』勁草書房
   前嶋信二訳『アラビアン・ナイト7』平凡社
   『岩波イスラーム辞典』岩波書店

イア仮説(Gaia theory) イギリスの科学者ジェームズ・ラヴロックが1979年の著書『ガイア』で唱えた概念。ラヴロックと生物学者リン・マーギュリスがNASAで火星上の生命の存在可能性について研究していた際ラヴロックが発案し、マーギュリスの協力で仮説として提唱した理論。ラヴロックによれば、地球生命圏はその化学的・物理的環境を生命にとって望ましい一定の状態に保つ自己制御機能を持つ。それが生命体のホメオスタシス(恒常性)に比定されたことから、地球自体が「ガイア」と呼ぶ生命体に例えられるようになった。この概念はエコロジー運動のみならず、地球を一個の意思ある生命体と見なす形に拡張されてニューエイジ運動にも取り入れられている。おそらくニューエイジ運動におけるガイア仮設は、ラヴロックが本来想定したものを大幅に踏越えていると思われるが、これは科学上の仮説がニューエイジ運動に取り入れられる際どのように変容するかという好例であろう。ガイアは本来ギリシャ神話における最初の被造物で混沌から生まれた地母神の名前である。
蛇足:リン・マーギュリスはカール・セーガンの前夫人
参考:ジェームズ・ラブロック著『ガイア』(TBSブリタニカ)

ザノヴァ(ジャコモ、Giovanni Giocomo Casanova)
 1725〜1798。ベニス生まれの漁色家、フリーメーソン団員にして魔術師。役者の子に生まれ、聖キプリアヌス神学校に入るがスキャンダルで追放される。その後ローマの枢機卿に仕えたりベネツィアでバイオリニストをした後1750年にリヨンでフリーメーソンに加入、パリ、ドレスデン、プラハ、ウィーンなどヨーロッパの各地を放浪して漁色家として浮き名を流す。1755年にベニスに戻るが、そこで魔術師でフリーメーソンでもあるとして投獄されるも1756年10月31日に脱獄、パリに逃げる。しかし債権者に追われてヨーロッパ各地を点々とし、薔薇十字団の一員を自称して各国の宮廷に出入りした。晩年はボヘミアのワルドスタイン伯爵の図書館員となり、そこで死亡。参考:コリン・ウィルソン著『オカルト』(新潮社)

心居士(かしんこじ)  ?〜1584?。果心居士は、じっさいには架空の人物と思われる。筑紫の生まれと言われる一方、インド系の人物で、興福寺に伝わるインド起源の音楽「迦陵頻」を聞いてバラモンの妖術に目覚めたとも言われる。いずれにせよ果心居士の名は、様々な幻術を見せた妖術師として残っている。あるときなど藤沢の池で多くの人の前で笹を撒き散らした。すると、笹が魚になって泳ぎ始めたという。当時大和を支配していた松永弾正が彼の噂を聞き、果心居士を召し出した。果心居士は弾正と2人きりになると灯火をすべて消し、自身も姿を消した。すると月の光がなくなり、雨の降る音が部屋のなかに満ちてきた。縁には白い人影が現れた。よく見ると、5年前になくなった弾正の正妻だった。
 果心居士は1584年に秀吉に召し出されたともいう。このとき果心居士が呼び出したのは、若いとき秀吉が戦場で犯し、死に至らしめた女性であったが、秀吉はこのことを誰にも口外したことがなかった。恐れた秀吉は、果心居士を磔にした。一方、果心居士は鼠に姿を変えて逃げたとの伝説もある。

蛇足:1972年から放映された特撮テレビ・ドラマ「怪傑ライオン丸」では、主人公獅子丸の育ての親で、大魔王ゴースンとともにインドでバラモンの秘術を学んだという設定になっている。



参考:歴史読本増刊「忍者」のすべて

星効果(Mars Effect) フランスの統計学者ミシェル・ゴークランが出生時の惑星の位置が本人に与える影響の1つとして主張したもので、一流のスポーツ選手には火星が天球上の特定の位置にある者が統計上有意な確度で多いというもの。同様の現象は 木星についても主張され、木星効果と呼ばれる。この天球上の位置を確認するため、ゴークランは従来のハウス・システムとは違う独自のゴークラン・セクターと呼ばれる分割方式を用いた。ゴークランはまた、医者と科学はについては土星、俳優や軍人の場合は木星がこの特別な位置にある傾向が強いとしている。 CSICOPの統計学者アービン・ゼレンはポール・カーツやジョージ・アベルとともに1976年から1980 年にかけて火星効果を反証しようと試みたが、レイ・ハイマンやエリザベス・スコット、ローリンズらはその手法に問題があることを指摘、ディングウォールやドルッチら多くの会員が脱会する結果となった。いわゆる超常現象に属する事例のなかで未だ反証されていないものの1 1994年、フランスのthe Committee for the Study of Paranormal Phenomenon (Comit? pour l’?tude des Ph?nom?nes Paranormaux, or CFEPP)によって行われた包括的な調査は、火星効果には何の証拠もないとした。調査は1982 年に提案され、委員会は事前にゴークランが主張する手順に合意した。The CFEPP report was leaked to the Dutch newspaper Trouw.1990年、CFEPPは調査のpreliminary report を発行、調査ではフランスのスポーツ選手1,066のデータと、基準に適合する373人の名が公表されたが出生時はなく、methodologyとdata-selection criteriaを述べる。 1996年、J.W. NienhuysのコメントとGauquelinの委員会への手紙何通かを付けて報告は『The Mars Effect ? A French Test of Over 1,000 Sports Champions』として出版された。The CFEPPはその実験は効果がなく、Gauquelinのデータ選択における偏差と思われると結論した。

補足:西洋占星術で通常用いられるハウスの12分割では、第1、4、7、10ハウスがアンギュラー、第2,5,8、11ハウスがサクシデント、第3,6,9、12ハウスがケーデントと呼ばれ、惑星の影響力はアンギュラー、サクシデント、ケーデントの順に強い。

参考:H.J.アイゼンク、D.K.B.ナイアス著『占星術』(誠信書房)
   羽仁礼『図解西洋占星術』新紀元社

タリ派(Catharism) 中世の南フランスを中心とした異端キリスト教派。ブルガリアのボゴミール派の影響を受けて成立したとされ、厳格な二元論をとって現世を否定、転生を信じていた。これに対しローマ法王インノケンティウス3世は1208年にアルビジョワ十字軍を派遣、南フランスのカタリ派はほぼ壊滅した。この事件はその後の異端キリスト教に対する大弾圧の嚆矢となったとされている。しかしイギリスのアーサー・ガーダムなどは、当時のカタリ派が現代に多く転生してきていると主張している。

個人的疑問:カタリ派についてはアルビジョワ十字軍による虐殺やその後のカトリック教会の教化政策で消滅したというように記されている。しかし世界にはけっこうとんでもないものが生き延びていたりする。ウィッカを名乗る魔女宗がドルイドの秘術の継承を名乗るのは別にしても、イランやインドにはゾロアスター教が健在だし、イラクのマンダ人などはグノーシス派と言われている。イスラエルにはサマリア人なるものも健在だし、エチオピアのファラシャはシバの女王の子に従った者の子孫だという。日本でも安倍晴明の子孫たる土御門一族が命脈を保っているし、何より島原の乱で根絶されたはずの切支丹たちが、明治になって名乗りを上げたという実例もある。実際生き残ったカタリ派が大挙してプロテスタントに改修したとの説もあるらしい。なお、シャーリー・マクレーンの著作などを翻訳している山川紘矢夫妻もカタリ派の生まれ変わりということである。

ードナー(Gerald B.Gardner)
 1884〜1964。イギリスの魔術師でウィッカの創始者。リバプール近郊で生まれるが、喘息持ちであったため各地を渡り歩き、イギリス領マレーで税関職員となる。1936年の退職後イギリスに渡る。1940年、クロトナ薔薇十字友愛団にも参加、この頃ニューフォレストの魔女オールド・ドロシー・クラッターバックからイニシエーションを受けたと主張する。魔術結社「オルド・テンプリ・オリエンティス」にも所属していたと言われ、その後クロウリーの協力も得つつ『影の書』と呼ばれる儀礼書の編集に携わる。彼の名を魔術史上に残したのが、1951年に出版された『今日の魔女術』で、この本の大成功がウィッカと呼ばれる魔術史上の新潮流を生み出すこととなった。ガードナーによれば、ウィッカの魔術は古代のドルイドにまでさかのぼる自然魔術を現代に蘇らせたものだというが、初期には儀式での裸体や性交もあり、生魔術的要素が取り入れられているとも言われる。またその構成にはマーガレット・マレーの影響も指摘される。

参考:フランシス・キング『英国魔術結社の興亡』国書刊行会)
    フランシス・キング『性魔術』国書刊行会
    羽仁礼『図解近代魔術』新紀元社  

バラ(Cabala、Kabala,kabbala、kabbalah、qabala、qabalah) 「伝承」を意味するヘブライ語で、あらゆる形態のユダヤ教神秘思想をさす言葉。その起源は1世紀のパレスチナに現れた、「エゼキエル書」の神の乗り物(メルカバ)を観想するというメルカバ神秘主義に求められる。カバラには思索的カバラと実践的カバラとがあるが、現在通常カバラと呼ばれるものは、『セフェール・イェーツィラー(創造の書)』及『「セーフェル・ハ・ゾハール』(光輝の書、単に『ゾハール』ともいう)の世界解釈を基本とする思索的な神秘主義思想体系を指す。
 『創造の書』は、万物が10の数と22の文字から構成されているとし、これを10のセフィロトと22の小道によって構成される生命の木によって象徴させる。『光輝の書』は『トーラー』の神秘的注釈書であるが、10のセフィロトの意味や、世界の時間を1000年ごとに6分した6000年が創世記に於ける6日間にあてはまるなどの神秘的解釈を述べる。『光輝の書』はまた、セフィロトは神から流出すると述べているが、16世紀のイサーク・ルーリアはこの観念を劇的に発展させ、神の収縮による世界創造、セフィロトを受け止めるべき容器の破損、そうした容器の破片(クリフォト)に閉じ込められた神の光の回復するための行動(ティックーン)などについて述べた。こうした観念はその後展開するサバタイ主義やハシディズムなどにも受け継がれる。
 また、文字を数字に置き換えて特定の単語に使用される文字の総数で他の単語との関係を見る「ゲマトリア」、1つの単語を複数の単語の頭文字を並べたものと見なす「ノタリコン」、アナグラムとしての「テムラー」なども、カバラの技法とされる。

参考:石田友雄『ユダヤ教史』山川出版社
    ゲルショム・ショーレム『ユダヤ神秘主義』法政大学出版局

ブリエル(Gabriel)
 四大天使の1人。熾天使や力天使とされることもある。ガブリエルとは、「神の英雄」の意味。「ルカによる福音書」では聖母マリアを訪れ、受胎を告げた天使として有名で、西洋では多くの絵画の主題となっている。他に『旧約聖書』の「ダニエル書」第8章では、ダニエルが見た幻を解き明かしに現れたとも語られている。『旧約聖書』偽典「エチオピア語エノク書」では、蛇とエデンの園を見張る智天使(ケルビム)の指導者で、堕天使と人間の女の間に生まれたネフィリムたちが互いに殺しあうよう仕向けた。さらに『旧約聖書』続編の「ヨベル書」ではモーセに天地創造の時期や「創世記」の出来事について説明し、ソドムとゴモラを滅ぼした天使とも言われる。イスラム教の伝承では、マッカ郊外にあるヒラーの洞窟で預言者ムハンマドの前に姿を見せ、巻物を示して「読め」と命じた啓示の天使とされる。さらにイスラム教徒がマッカの軍勢と戦ったバドルの戦いでは、純白の馬に乗ってムハンマドの軍勢を助けたと信じられている。郵便局員や電報配達夫の守護天使で、祝日は3月24日。

参考:デイヴィッド・コノリー『天使の博物誌』三交社
    The Book of Enoch(SPCK)

リエール(エバ、Eva Carriere)
 1886/90〜1943。エバ・C、マルト・ベロー、ウエスペ夫人としても知られるフランスの霊媒で、史上最も傑出した霊媒と言われる。ノエル将軍夫妻の息子の婚約者だったが、息子の死後1911年より物質化現象を起こし、シャルル・リシェやシュレンク・ノッチングも彼女を調査し、その真正を認めた。アルジェでは300年以上前に死亡したインディアンのビアン・ボアを物質化させたが、これについてはその後くびになった御者のアレスキがその一部を演じていたことを暴露した。また1914年に彼女が物質化させたの顔はフランスのファッション雑誌「ル・ミルワール」の顔写真とそっくりだったり、イギリス心霊研究協会が彼女のエクトプラズムを調査したところ紙だったとの報告もある。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)

リオストロ(アレキサンダー、Count Alessandro di Cagliostro)

 1743〜1795。本名ジョゼッペ・バルサモ。イタリアのシシリー島、パレルモに生まれたとされ、自身はジプシーの出自であると主張している。ナポリでロレンツァ・フェリシアニと結婚し、1776年にロンドンでカリオストロ伯爵夫妻を名乗る。不老薬エリクシルの販売や降霊術、ダイヤモンドや金の生成ができると主張してヨーロッパを放浪し、34歳の時フリーメーソンに入団、フリーメーソンにエジプト的儀礼を導入した。その際、20歳のロレンツァは実は60歳であるとか、自分はエリクシルと呼ぶ秘薬により何百年も生きていると主張している。1785年にはダイヤモンド・ネックレス事件に関与して9ヶ月半の間バスチーユに収監されるが釈放され、1789年イタリアに帰った後、フリーメーソンを違法とするローマ・カトリックの膝元、ローマで活動したため夫人の告発を受けて捕らえられ、死刑を宣告されるが終身刑に減刑、幽閉先のサン・レオ要塞で死亡した。

蛇足:アレキサンドル・デュマの小説の主人公にもなり、またルブランの怪盗ルパン・シリーズにはカリオストロ伯爵夫人という敵役も登場する。

参考:コリン・ウィルソン著『オカルト』(新潮社)
    アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)
(き、ki,qi)

 中国思想において宇宙、自然、生命などこの世のあらゆる物体の中に潜在する未確認のエネルギーのこと。人間の体内においては肉体の隅々にまで満ち、時に肉体の外側にまで放射される。中国医療においては血管やリンパ管と同様に気の流れる通路が経洛であり、気を用いることでヒーリングや思念の伝達、さらには人間をはねとばすことも可能とされる。自然の気についてはその状態により皇帝が住まうに相応しい地や合戦の勝敗を探る「望気術」のような試みもあった。
 気を練るための修行法は、現在では一般に気功(qui gong、qi gong)と呼ばれる。しかし気功という名称は1955年に劉貴珍が唐山市に気功療養院を開いたのが最初とされ、町好雄東京電機大学教授によれば相手をはね飛ばしたりする鉄骨をねじ曲げたりする硬気功と軟気功、透視などの特異効能の3種に分けられる。軟気功はさらに気功師が自分の気を出して相手の病気を治したりする外気功と自ら気を高めるための内気功に、内気功は静功、動功、按功に分けられる。気功師が気を放出する際には脳内のベータ波の消失とアルファ波の優勢、1ヘルツ前後の波長を乗せた遠赤外線や低周波の発生、経穴を中心とした体表面の温度変化などが見られるが、同様の現象は霊媒や超能力者がその能力を発揮しているときにも確認されている。

参考:町好雄著『「気」を科学する』(東京電機大学出版局)

ャトル・ミューティレーション(Cattle Mutilations)

 1974年末にアメリカで表面化した家畜、特に牛の奇怪な殺害事件のことで、欧米では「アニマル・ミューティレーション」という呼び方の方が一般的。ミネソタ州、ウィスコンシン州、カンザス州、ネブラスカ州、アイオワ州など広範囲で数百頭の家畜が被害に遭ったとされる。こうした家畜の死骸は血液が全部抜き取られていたり、内臓、生殖器などが失われており、しかも目や性器の切り口はレーザーやメスを用いたかのようにきれいにえぐられていたりする。しかも周囲に人の足跡はないのが通例である。UFO搭乗員の仕業とする説もあるが直接の関連を示す証拠はない。他に魔術教団等の仕業、プラズマ説がある。他方、元FBI捜査官のケネス・ロメル・ジュニアは、キャトル・ミューティレーションの犠牲となった多数の家畜の報告にも拘わらず年間の牛の死亡件数に変化がなかったことを指摘、さらに牛の死体を実際に放置して実験すると、血は流れ去り鳥や動物の噛み口がキャトル・ミューティレーションにおけると同様であると述べキャトル・ミューティレーションそのものを否定している。

参考:と学会著『トンデモ超常現象99の謎』(羊泉社)、
    Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社 

血鬼(vampire)

 生きた人間や動物の生き血を吸う悪鬼や妖怪のこと。時にはむさぼり食う場合もある。この種の妖怪の伝説は世界中にあるが、吸血鬼の典型として知られているのはスラブ起源のものである。それによると不正直者や邪悪な人間、貪欲な人間や不愉快な人、犯罪者、人狼や魔女、呪術師などが死後吸血鬼になり、蝶、蛙、鶏、犬、狼、馬、ロバ、猫、山羊、鼠、梟、油を入れる山羊の革袋、干し草の山などさまざまな物に変身できる。また鏡に写らない、十字架や日光、ニンニクを嫌うなどの特徴がある。滅ぼすには心臓を木の杭で貫き、首を切り、死体を燃やしてその灰を川に流す。

参考:栗原成郎著『吸血鬼伝説』(河出書房新社)

ュブラ=ロス(エリザベス、Kubler=Ross)

 1926〜2004。スイス生まれの精神科医で、ターミナル・ケアとサナトロジーの世界的権威。臨死体験研究家でもある。3つ子の1人として900グラムの未熟児に生まれる。チューリヒ大学医学部卒業。コロラド大学で精神科の助手を務めているうちにターミナル・ケアに取り組む。一方1967年より、自分の病院の患者が死の瞬間に見るビジョンの研究をはじめ、1969年に『死ぬ瞬間』を著し、臨死体験研究の先駆者となる。死後の世界の存在を主張。晩年はアリゾナ州フェニックス近くにあるスコッツデールのはずれで1人暮らしをしていた。

 19262004。スイス生まれの精神科医。チューリヒ大学医学部卒業。コロラド大学で精神科の助手を務めているうちに末期医療の問題に接し、ターミナルケアに取り組む。1969年の著書『死ぬ瞬間』で、人間が死の宣告から死を受け入れる過程を5段階に分類したモデルを発表、ターミナルケアとサナトロジーの先駆者、世界最高権威となる。その後、尊厳死の必要性を説く評判の良い講演や執筆活動を続け、1973年の『生きることと死ぬこと』以来死後生存を唱えるようになる。

  1976年、セックス・セラピストの霊媒バーハムと出会うと、巨費を投じてバーハムのために「シャンティ・ニラヤ」という研究所を設立、1977年には学会で3人の死者から訪問を受けたと発表、1978年には「ニューヨークタイムズ」に、死んだ患者の霊が物質化して自分のオフィスを訪問したという体験を明かすなどし、まだ過去生ではシャーリー・マクレーン、フーディーニ、パットン将軍、自分の四人がキリストの師であったと主張、対外離脱も経験しその際看取った全患者の死を各1000回ずつ追体験したとも述べた。

 バーハムが霊体ピコを称し、10歳の少女に性行為を強要したり、フォーク歌手ディアンナ・エドワーズによってピコの正体がバーハムだと暴露され、またそのバーハムのネタ本が発覚して「シャンティ・ニラヤ」の会員の大多数が脱会しても、キュブラ=ロスはバーハムを擁護し続けたが、1981年に袂を分かつ。しかしその後も死去するまで不安定な言動を続けた。

参考:キュブラ・ロス著『死ぬ瞬間』(読売新聞社)

ルガメシュ叙事詩(Gilgamesh Epic)

 世界最古の文学作品と呼ばれるバビロニアの叙事詩。ウルクの支配者で3分の2が神、3分の1が人間というギルガメシュを主人公とする。叙事詩ではギルガメシュはウルクの暴君で、人々がその暴政から救ってくれるよう神に祈ったため、神はエンキドゥという人物を生み出し、ギルガメシュと戦わせる。戦いの後ギルガメシュとエンキドゥは親友となるが、神の牡牛を殺した罪でエンキドゥは死に、ギルガメシュは不死の秘薬を求めて大洪水を生き延びたウト・ナピシュテムを訪れる。その際ウト・ナピシュテムが語る洪水伝説はノアの方舟の物語の原型であると言われる。なおメソポタミアから出土した粘土板文書には、紀元前2800年頃に実在したウルクの王としてギルガメシュの名が記されている。

参考:H.ガスター著『世界最古の物語』(社会思想社)

ルヒャー(アタナシウス、Athanasius Kircher)
 1602〜1680。ドイツのイエズス会士で、博物学者、カバラや占星術にも関心を持った。ドイツのガイサに生まれる。23歳でハイリゲンシュタットにあるイエズス会の大学に招かれ、数学とヘブライ語、シリア語を講じるが、占星術にも興味を持っていた。1628年、シュバイエルの教会図書館の蔵書の中からオベリスクを描いた画集を発見、オベリスクに刻まれた模様を古代エジプトの文字と判断し、コプト語の意味を手がかりにカバラ的な手法を用いてその解読を試みた。その解読は誤りであったが、ヒエログリフ解読の先駆者と見なされている。その後ヨーロッパ各地を回り、地学、博物学、民族学、歴史学に関する様々な資料を集めた。一方で聖書の解読から、ノアの洪水は紀元前2396年に起こり、降雨は365日続き、ハムがゾロアスターである、さらにはバベルの塔の高さは約28.6万キロで、この重さによって地球はその位置を変えたなどの説を展開した。暗号解読の専門家としても知られ、1665年8月19日にはヨハネス・マルクス・マルシからヴォイニッチ手稿を送られ、解読を試みたこともある。

参考:荒俣宏編『世界神秘学事典』平河出版社


ルリアン写真(Kirlian Photography)

 1937年にソ連のセミヨン・ダヴィドヴィッチ・キルリアンとヴァレンティナ・キルリアンの夫妻が発見した撮影法によって撮影された写真。あるいはその撮影法のこと。本来はクロアチア出身の発明家ニコラ・テスラが考案したテスラ・コイルを利用し、フィルムの上に置いた伝導物に高電圧を加えることでコロナ放電の模様をフィルムに記録できる。指や手などの周囲に放射状の光が映ったり、木の葉の一部を切り取って写すと切り取った部分が映るなどの現象が生じることからオーラを写す方法とされることもあるが、実際は単なる電気現象で、硬貨など生命のない物体でも同様に撮影できる。木の葉の切り取った部分が写る現象については、切り取るときに木の葉を載せたガラスごと写すと、木の葉の水分が残っていてそのように見えるとされる。

参考:S・オストランダー、L・シュロウダー著『ソ連圏の四次元科学』(たま出版)
    James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)

ロ(Cheiro)
 1867〜1936。アイルランド生まれの占い師。本名ウイリアム・ワーナー(William Warner)、本人はルイ・ル・ワーナー・ド・ハモン伯爵(Count Louis le Warner de Hamon)と称した。「キロ」とはギリシャ語で手の意味。日本では手相家として紹介されているが、西洋占星術や数秘術についての著作もあり、イスラエル独立やインドとパキスタンの分離など、将来にわたる予言も残している。
 イギリス首相グラッドストンの親友という田舎貴族の父と占星術や手相に凝っている女性の間に生まれる。母親の影響で幼時から運勢予言に関心を持っており、23歳でロンドンに出てウエストエンドに手相の事務所を開いた。イギリスで手相家としての名声を確立した後アメリカに渡ってハリウッドに定住した。彼の顧客には、イギリス首相のアーサー・バルフォア、クリーブランド・アメリカ大統領、イギリス王エドワード7世及びエドワード8世、キッチナー将軍、レオポルド・ベルギー首相、マーク・トウェイン、オスカー・ワイルドなどの名士が多く名を連ねていた。マーク・トウェインなどは手相を信じていなかったが、その判断があまりにも正確なことに驚嘆したという。

参考:山内雅夫『占星術の世界総解説』自由国民社
    http://en.wikipedia.org/wiki/Cheiro)
    James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)

ング(ケティ、Katie King)

 イギリスの霊媒フローレンス・クックの支配霊で、としては史上最も有名な人格である。1860年代、クックがダヴェンポート兄弟の舞台で行なった交霊会で初めて出現した。生前の名はアニー・オーエン・モーガンと言い、17世紀にジャマイカ副総督となったウェールズ出身の海賊ヘンリー・オーエン・モーガン(1635〜1688)の娘とも言われるが確認されていない。その後クックの交霊会にしばしば出現し、1874年よりクルックス教授の研究を受けたことで有名になるが、その容貌がクックにそっくりだとの批判もある。クックの死後1974年にローマで行なわれたフルビオ・レンデルの交霊会にも出現したことがある。ケティ・キングの父親と称するジョン・キングのも、幾つかの交霊会やSORRATの実験に出現しているが、これはモーガンの霊界での名とされる。

個人的疑問:モーガン家が霊界に行くとどうしてキング姓になるのか不明。戒名ではないと思うが。

参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版
    ウィリアム・クルックス著『心霊現象の研究』(たま出版)

蚕(きんさん,jin can)
 蠱毒(こどく)で使用される虫の一種で、金色あるいは黄色の蚕のような形をしている。錦を食べるので食錦虫ともいう。宋代初期においては、自然石の中に潜んでおり、これを買うと財をもたらすとされていたが、後代になると蛇やムカデ、ガマと並んで蠱毒に使用する代表的な生物となった。金蚕の糞は毒となり、これを飲ませた人間が死ぬとその財産を集めてくるが定期的に犠牲者を与えなければ家族が犠牲になる。金蚕は火でも刀でも滅ぼすことができず、最後には飼い主の体内に潜り込んで殺してしまう。金蚕を取り去るには、金蚕がもたらした財産に数倍、あるいはある程度の利息を加えたする財宝とともに箱に入れ、道端に捨てておくと、金蚕はこれを拾った者の家に移る。これを嫁金蚕という

蛇足:金蚕を養う家が富むという話は、日本におけるオサキ持ちや犬神持ちの信仰と通じるものがあるが、中国の蠱道がどのようにして日本の民間レベルの信仰に入り込んだのかは不明。

参考:沢田瑞穂『中国の呪法』平河出版社

ァダルーペ(Guadalupe)
 メキシコ・シティ郊外の地名。1531年12月9日、改宗インディオの農夫ファン・ディエゴは、当時テペヤクの丘と呼ばれていたこの場所で、彼と同じ肌の色をした輝く少女から話しかけられた。少女は、自分は聖母マリアであると名乗り、彼女の立つ場所に教会が建てられることを望んだ。そこでディエゴは、メキシコ・シティの司祭ファン・デ・ズマラガに会い、聖母の願いを伝えるが、ズマラガは聖母出現の証拠を求めた。するとディエゴの前に再度聖母マリアが現われ、真冬にも拘わらず咲いていた薔薇をつみ取り、それをズマラガに届けるよう述べた。ディエゴが薔薇をマントに包んで運び、ズマラガの前でマントを広げると、マントにはディエゴが見たとおりの聖母の姿が描かれていた。この聖母の出現はカトリック教会から承認され、現在そのマントはグァダルーペの神殿に飾られている。しかし1975年5月の赤外線による調査では下書きの跡が発見されており、人の手により作成されたことは明らかとなっている。一方グァダルーペの聖母画像はメキシコ統合の象徴ともなっており、町中では多くのタクシーがこのステッカーやお守りを飾っていたりする。(左はグァダルーペの聖母像)

参考:Joan Ashton著『Mother of Nations』(Veritas)

インビー(フィニアス・パークハースト、Phineas Parkhurst Quimby)

 1802〜1866。アメリカの精神治療家でニューソート運動の元祖とされる。ニューハンプシャー州のレバノンに生まれる。時計職人をしていたが1833年、結核に罹ったとき馬に乗ると良いと聞いて四輪馬車に乗って回復した。同じ年にフランス人催眠術師の話を聞き、霊媒のルーシャス・バークマーに催眠術を施して透視により病気を治療するという療法を始めるが、やがて、患者は単に催眠状態の助手の言葉を信じることから回復すると考え、自ら患者の病状を言い当てることで治療を行うようになる。その裏付けとして、病気は基本的に患者自身の誤った信念から生じるものであり、この誤った信念を正すことで治療できると主張した。クインビーはこの治療法を、イエス・キリストが説いたのと同じ方法の「科学」であるとも主張し、クリスチャン・サイエンスの創始者メリー・ベーカー・エディも、クインビーの治療を通じて影響を受けている。

参考:マーチン・A・ラーソン著『ニューソート』(日本教文社)

中浮揚(levitation)

 人体及び他の物体を何の支えもなく空中に浮揚させる現象。伝説では魔術師の元祖とされるシモン・マグスの他、チベットのミラレパ、日本の役小角など世界各地に空中浮揚を行った人物の伝説が数多くあり、またキリスト教の聖人230人にこの種の現象が発生している。近代ではイタリアのジョゼッペ神父やアビラの聖テレサなどの空中浮揚、1868年12月のアシュレー邸でのヒュームの空中浮揚が有名である。オウム真理教やTMなどいくつかの宗教団体は、修行で空中浮揚が可能と主張し、空中浮揚の写真を公開しているが、そうした写真はトリックである。物体の浮揚については19世紀末から今世紀初頭に頻繁に行われた交霊会やポルターガイストの際しばしば報告される。

参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版
    コリン・ウィルソン編『超常現象の謎に挑む』(教育社)

ノーシス派(The Gnostics)
 いわゆるグノーシス主義と呼ばれる神秘思想を奉じる初期キリスト教異端宗派の総称。
 グノーシスとはギリシャ語で「知識」あるいは「認識」を意味し、グノーシス主義とは、物質世界を創造した『旧約聖書』の神を悪神、あるいは下級神とする一方、物質的肉体に捕らえられている人間の魂本質は元来不完全な物質世界を超えた究極的存在と同一のものであり、そのことを「認識」することが救済につながるという思想形態のこと。グノーシス主義を奉じるグノーシス派がかろうじてキリスト教の枠内にとどまるのは、イエスのことを究極的存在から遣わされた救世主と見ることによるが、イラクのマンダ人などは洗礼者ヨハネの方を崇拝する。
 グノーシス派にもさまざまな宗派があるが、その多くは正統キリスト教の弾圧を受けて4世紀には消滅してしまった。しかし極端な現世否定傾向を持つ中世のカタリ派やボゴミール派もグノーシス派に分類されることがあり、イラク周辺にはグノーシス派の一派を奉じるマンダ人が今も居住している。

参考:荒井献『トマスによる福音書』講談社学術文庫

ック(フローレンス、Florence Eliza Cook)

 1856/7〜1904。イギリスの霊媒。ロンドンのイーストエンド出身の教師であったが霊媒に転じ、当初は妹のケティとともに招待客のみの交霊会を行っていた。1870年代にダヴェンポート兄弟と舞台で共演した際出現したケティ・キングと名乗る女性の霊は、その後クックの交霊会に何度も出現し、ウィリアム・クルックスの研究を受けた。クルックスはその能力を本物としたが、ケティ・キングが多くの場合クックとそっくりであることや、交霊会の条件を厳しく設定すると物質化に成功しなかったなどの批判もあり、1881年1月にはジョージ・シットウェル卿がそのいんちきを暴いたこともある。クルックスとクックの関係についてはクックがトリックを用いていたのを承知しながらそれを公表しなかったとか、両者は愛人関係にあったとの説もある。

参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版
    ウィリアム・クルックス著『心霊現象の研究』(たま出版)

ラギーナ(ニーナ・セルゲイビッチ、Nina Kulagina)

 1925〜1990。旧ソ連の超能力者で、サイコキネシスで有名。レニングラードに生まれ、若い頃から霊感があると言われていた。第二次対戦中はドイツ軍の包囲網の間隙をぬって物資を運ぶ汽車の通信士として活躍し、レーニン勲章を受ける。結婚して二児の母となるが、1964年、ノイローゼで精神病院に入院した際、入院中手を触れないで物体を動かしたり他人の持ち物を言い当てたりしたことから超能力者として有名になり、レニングラード大学のワシリエフ教授らの調査を受けた。目隠しをして文字を読んだりガラスのケースの中の物体やコンパスの針を動かしたり、カエルの心臓を止めたりする実験を行い、その模様は数々のフィルムに記録され、ソ連科学アカデミーをその能力を本物と認めた。

参考:S・オストランダー、L・シュロウダー著『ソ連圏の四次元科学』(たま出版)
    ジョン・ベロフ著『超心理学史』(日本教文社)

ラフト(カール・エルンスト、Karl Ernst Krafft)
 1900〜1945。スイスのバーゼル生まれの占星術師。1919年バーゼル大学に入学するが、妹の死などから心霊主義やテレパシーにも関心を持ち、ヨーガも行っていた。1920年にジュネーヴ大学に移ってから本格的に西洋占星術の研究をはじめ、何万人もの出生図を研究した。この結果同じ家族のホロスコープには同様の傾向があること、音楽の才能がホロスコープに関連すること、さらには出生時の惑星の位置が個人の体質を決めるなどと主張、こうした自らの統計的研究をCosmobiologyと名付けた。しかしこの研究で学位を得ることはできず、一時神智学関連の書店で働いた後、父の友人が経営するデパートで、筆跡学も用いて心理学顧問となる。また、西洋占星術に基づく経済予測などの研究も行った。デパート退職後は心理学アドバイザー、心理療法士として講演などをこなしつつタイポコスミー、宇宙経済学、ノストラダムス研究を続ける。ドイツのハンス・ベンダー教授とも接触があり、ベンダーの紹介でドイツのウルベルクに転居する。
 1939年11月2日、情報局に関係する友人に、ヒトラーの生命が11月7日から10日の間危険にさらされると書き送った。はたして8日にはミュンヘンのビヤホールで爆弾による暗殺未遂事件が起き、クラフトはゲシュタポに逮捕され重要参考人としてベルリンに護送された。その頃ゲッベルス夫人がクリツィンガーが著したノストラダムスの予言書を読み、ドイツのポーランド侵攻を予言した個所を発見した。ゲッベルスはノストラダムスを宣伝戦に利用する可能性を考え、クリツィンガーに会見したところ、クリツィンガーが研究家としてクラフトの名を挙げたため、その後宣伝省で働くことになる。しかし1941年5月10日、ルドルフ・ヘスがイギリスに亡命すると、ヘスは占星術師に影響されていたという理由が付けられ、以後占いや心霊主義人智学や透視など、いわゆるオカルト全般がゲシュタポによる取締りの対象となった。宣伝省と関係のあったクラフトも例外とはなりえず、最後はオラニエンブルク強制収容所からブッヘンヴァルトの収容所に移送される途中で死亡した。

個人的見解:クラフトについては、一部でヒトラーお抱えの占星術師のように言われ、また彼とド・ウォールの間で繰り広げられたプロパガンダ合戦を占星術戦争のように伝える書物もある。現実にはクラフト監修のノストラダムス解釈はほとんど出回らず、彼の役割はライバルのド・ウォールがかなり誇張して伝えたものがそのまま流布しているようだ。ド・ウォールにとっては、クラフトの影響力を大げさに述べることは、自分がイギリスで職を得るために必要だったのだろう。クラフト本人はドイツの勝利を確信していたり、1939年8月の時点で大規模な戦争はないと書いていたり、さらには占星術理論に基づいた投資で大失敗したりしている。彼の悲劇的な最後についても、彼と同じ刑務所にいたゲルナーが最終的に釈放されていることから、クラフトもうまく立ち回れば釈放されたと思われるが、自ら状況を悪化させており、事態を把握する能力という観点から占い師としての能力にも疑問が残る。

参考:山内雅夫『占星術の世界総解説』自由国民社
   Ellic Howe『Astrology & the Third Reich』the Aquarian Press
   フェニックス・ノア著『神の計画』(日新報道出版部)
   
ーリー事件(Khoury Incident)
 いわゆる異星人の陰毛事件。1992年7月23日未明、オーストラリアのシドニー郊外でピーター・クーリーがベッドで寝ていると、奇妙な裸の女性が2人現れたというもの。1人は恐ろしく巨乳の白人(左図)のようで、もう1人は東洋人らしく見えた。女性はクーリーを誘惑しようとだきついてきたが、クーリーはその乳首に噛み付いたところ、2人の姿は消えた。その後クーリの男性性器に、金髪の陰毛らしき毛がからまっているのが見つかった。
 ピーター・クーリーはアブダクションの体験者であることから、オーストラリアのUFO研究家ウィリアム・チョーカーは新たなアブダクション事例と考え、陰毛のミトコンドリアDNA分析を行ったところ、同じ陰毛のサンプルなのにある部分は中国の一部に、他の部分からはバスク系(スペインの先住民)に特有の変異が発見されたという。この結果についてウィリアム・チョーカーは、場所によって遺伝子パターンが違うのは、異星人による遺伝子操作の結果であり、アブダクション事件における最初の物的証拠だと主張している。


蛇足:この検査結果でもっとも可能性があるのは、検査の過程で関わった何者かのDNAが紛れ込んだというものであろう。オーストラリアは移民国家なので、実際さまざまな人種がいる。この事件のDNA分析にはノーベル賞科学者キャリー・マリスが開発したポリメラーゼ連鎖反応 (PCR) 法が用いられたが、このマリス自身、自らアブダクションらしき体験をしたと述べている人物である。

参考:William C.Chalker『Hair of Alien』

ーリー博士(ロジェ、Dr.Roger El-Khoury)
 1949〜。レバノンの超心理学者。ベイルートに生まれる。奨学金を得て欧米で医学、特に婦人科や不妊治療を学んだ後、ベイルート市内に婦人科のクリニックを運営。一方ブラジルの南米超心理学センターから超心理学の学位を得る。ニューヨークにあるアメリカ心理学研究所、マイアミのアメリカ・スペイン超心理学センター、イタリア超心理学インスティテュートなどの会員でもあり、1978年にレバノン医療超心理学センターを設立。医学だけでなく超心理学についても50冊以上の著書をものしており、欧米や日本では知られていない中東地域の事例を多数紹介している。レバノンの有名な手品師であるミッキー博士なども友人の1人。

参考:ロジェ・クーリ『超心理学』(アラビア語版)

リシュナムルティ(ジドウ、Krishnamurti)

 1895〜1986。インドの思想家。神智学協会で働くブラーミンの子であったが、1909年、14歳のとき、神智学協会の本部のあったアディヤールの海岸で遊んでいたところをチャールズ・リードビーターの透視力により見出され、同協会がメシアと仰ぐマイトレーヤその人であると認定される。これによりクリシュナムルティをメシアと仰ぐクリシュナムルティ運動(あるいは東方の星教団)がアニー・ベザント及びリードビーターによって結成され、1912年には15歳でイギリスへ連れて行かれ、リードビーターより教育を受ける。1929年になって、クリシュナムルティ自身が人間宣言を行なったことでクリシュナムルティ運動も解散したが、クリシュナムルティはその後も神智学協会とは独自に神秘主義的な思想を説き続け、今でもニューエイジ運動におけるグルの1人となっている。

個人的意見:少年クリシュナムルティを救世主と認定したリードビーターは美少年好みの男色家だった。彼がクリシュナムルティを気に入ったのも、この方面が原因だったような。

参考:荒俣宏編『世界神秘学事典』(平河出版社)

リスチャン・サイエンス(Christian Science)

 1879年、メリー・ベーカー・エディによって創始された宗教団体。エディは、1866年に氷の上に倒れ、3日の命と宣告されながら聖書を読むことで奇跡的治療を経験したと主張しているが、実際にはクインビーが行った治療法を流用していることが明らかとなっている。基本的には聖書の内容を信じるキリスト教の一派であるが、その特徴は精神こそが唯一の実在で物質は幻想、苦難・病気は物質の実在を信じる誤った思想から生じるという極端な精神性の重視にあり、医薬を拒否して信仰により病気を治療する信仰治療で有名。1879年の最初の教会は、エディと15人の信者がボストンに設立したが、その後信者数は増大し、1936年には26万9000人の信者を数えた。アメリカのクオリティ紙の1つである『クリスチャン・サイエンス・モニター』も、本来クリスチャン・サイエンスの資本で発刊されたものである。

参考:マーチン・A・ラーソン著『ニューソート』(日本教文社)

ルジェフ(ゲオルグ・イワノビッチ、Georg Ivanovitch Gurdjieff)
 1870?〜1949。ギリシャ系アルメニア人。ロシア領コーカサス地方アルメニアのアレクサンドロープルで生まれる。生年については1870年、1872年、1873年、1877年の諸説ある。1888年頃から1912年まで南ヨーロッパからアフリカ、アジアの広い範囲を放浪、1899年頃には、サルムング教団の僧院にたどりついて修業を積む。その後タシケントで事業を営み、100万ルーブルの大金を持って1913年にモスクワ、次いでペテルスブルグに現れる。ロシア革命後、ウスペンスキー夫妻、ハートマン夫妻などを伴ってコーカサスのエッセントゥキに移り、1918年にそこで「人間の調和的発展研究所」を開くが、その後内戦を避けてグルジアのティフリス、コンスタンチノープル、ベルリンを経て1922年7月14日、パリに到着する。ドレフュス事件の弁護士ラボリーの未亡人の持ち物だったフォンテーヌブロー・アヴォンのプレオーレの屋敷を購入し、本格的な活動を開始。1949年10月29日死去。グルジェフの思想はスーフィーの教えを機軸とし、7段階にわたる人間の発展段階など独自の宇宙論、認識論を含む。機械的人間のレベルを脱して意識状態をコントロールできる第7段階に至るためにワークと呼ぶ独自の修行法を創出した。

個人的コメント:ニューエイジ運動における彼の影響は無視できないものがあるが、彼の行動ややり方を見ているとどうも全面的に信頼できないという気がする。彼の経歴についても大部分は彼自身の主張によるものであり、真相は不明。スーフィーの教えを基本とするという彼の教えも、それ以前のスーフィー教団のものとは完全に異なっている。人間の潜在能力開発という意味では、元祖的存在かもしれない。オウム真理教も用いた「ワーク」という用語はグルジェフが最初に用いたという。

参考:荒俣宏編『世界神秘学事典』(平河出版社)
    コリン・ウィルソン著『オカルト』(新潮社)

ルックス(ウイリアム、Sir William Crookes)

 1832〜1919。イギリスの理化学者。富裕な仕立てやの16人目の子として生まれ、王立化学大学卒業後オックスフォード大学のラドクリフ研究所員となり、チェスター・トレーニング・カレッジの講師を務める。科学者としてクルックス管の発明、タリウムの発見などの業績を上げる。1897年にはその科学的業績に対しナイトの位が与えられる。1867年に弟のフィリップが海で死亡した後、1869年より本格的に心霊現象の研究をはじめ、1883年のイギリス心霊研究協会創設以来のメンバーとなる。ヒューム、クック、フォックス姉妹等の霊媒を研究、1896年から1899年までイギリス心霊研究協会会長に就任。サイキックという名称の提唱者でもある。他方、シャワーズなど霊媒のいんちきの現場を捕らえたことがあるがそれをわざと公表しなかったとも言われる。またエリファス・レヴィの心棒者で神智学協会会員でもあった。

参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版
    ウィリアム・クルックス著『心霊現象の研究』(たま出版)

レアラー(エリザベス・マージェリー、Elizabeth Magery Klarer)
 1910〜1994。南アフリカのコンタクティー。1917年10月、妹とともに地球に衝突しそうになった隕石を金属質の物体が軌道からそらせるのを見たことがある。1954年12月27日午前10時、作男たちが騒いでいるのでドラケンスバーグ山脈の丘陵地帯にある農家から表に出、1917年に物体を目撃した丘まで走っていくと上空の雲の中に明るい閃光が見え、巨大な皿の形をした幅約55フィートの飛行物体が降下してきた。物体は地面から12フィートほどで止まり、近くを行ったり来たりした。物体は平たい形で3つの窓が彼女に向けられ、その1つからハンサムなヒューマノイドが覗いていた。さらに1956年4月、クレアラーは無性に丘へ帰りたくなり、丘に着くと宇宙船が天辺に止まっていた。ヒューマノイドは外に出ており、背が高く、深くしわの刻まれた顔で目は澄んだグレイ、頬骨が付きだし、髪の毛は白かった。服装は上下続きのクリーム色だった。クレアラーは円盤に乗り込み、1000マイル上空から地球を眺め、母船に運ばれた。ヒューマノイドはエイコンといい、母船には彼に似たヒューマノイドが大勢おり、故郷であるメトンという惑星の写真も見せられた。そこの人々はベジタリアンらしく政治もお金も議論も戦争も病気もなく、銀河系のどこにでも旅をすることはできるが銀河間の移動はできないという。クレアラーはエイコンと恋に落ち妊娠の最後の4ヶ月を彼の惑星で過ごした。子供は今は父親と一緒にいるという。

個人的感想:正直言ってにわかには信じられない話であるが、異星人と地球人との混血というストーリーの元祖であろうか。クレアラーは実際4ヶ月ほど所在不明だったらしいが、一応夫のある身だったのだから、宇宙をまたにかけた不倫劇ということになる。何でも彼女の生地には銅像もあるらしい。

参考:Fortean Times No.121
    桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社 

レイ(Grey)

 UFOに搭乗して地球を訪れている異星人の一種とされる存在。目撃談により細かな相違はあるが、大まかな共通点としては、身長1〜1.2メートル、頭が大きく、目は一重でつり上がり、髪の毛等の体毛はなく、鼻は穴が2つ空いているだけで唇はなく、手は異常に長く指は4本。皮膚の色が灰色っぽいものが多いことからこう呼ばれる。現在では特にアブダクション事件で目撃される異星人の代表的なタイプとなっているが、この形態の異星人が頻繁に搭乗するようになるのは1961年のヒル夫妻事件以降である。ただし、レチクル座ゼータ星のレティキュリアンとは区別されることもある。アブダクションについて出生時外傷説の追体験説をとる立場からは、その顔つきが胎児に似ていることも指摘されている。南アフリカに住むズールー族のシャーマン、クレド・ムトワはグレイをマンティンダネ(Mantindane)と呼びの肉を食べたことがあると主張している。またグレイの外見は偽りのもので、内部はレプティリアンだとする。


参考:桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社

ロウリー(アレイスター、Aleister Crowley)

 1875〜1947。20世紀最大の魔術師と言われ、自ら黙示録の獣と称した。イギリスのレミントンに生まれる。ケンブリッジ大学卒業後1898年にアーサー・エドワード・ウェイトの推薦で「黄金の夜明けに参加する。しかし学生時代から同性愛者の噂のあったクロウリーの加入にはウェリアム・バトラー・イエイツなどメンバーの多くが難色を示し、「黄金の夜明け」分裂の原因の1つとなった。一時ネス湖畔で魔術にふけるが、その後ロンドンにおけるメイザーズの全権大使となって儀式用具や文書の押収を図ったのを他の団員に妨げられたことから1900年に脱会。1904年4月、新婚旅行中のエジプトで妻ローズがトランス状態に陥り、そのとき彼自身に降りてきた聖守護天使エイワスの声を記録したのが『法の書』である。その後娘の死や妻の精神錯乱、離婚を経て1907年には、『法の書』の研究実践のためA∴A∴(アルゲンティウム・アストゥルム、銀の星体)という魔術結社を設立するが、1910年にはドイツの魔術結社O∴T∴O∴(オルド・テンプリ・オリエンティス、東方聖堂騎士団)に参入し、ロンドンにイギリス支部M∴M∴M∴(ミステリア・ミスティカ・マキシマ)を設立する。1920年、魔術の理想郷を目指してシシリー島のセファルーにテレマ僧院を作り性魔術を実践するがムッソリーニに追放される。死に際し、医師トンプソンがモルヒネの供与を拒否したため、彼を一緒に連れていくという呪いをかけたが、トンプソンはクロウリーと同じ日に事故死した。

参考:『魔術』学研ムーブックス
    荒俣宏編『世界神秘学辞典』(平河出版社)

魔術(black magic)

 魔術の分類法の1つ。主として利己的な欲望実現のため、悪魔等邪悪な存在の力を借りて行う魔術が黒魔術で、多くの場合は自分の魂を代償に悪魔と契約するという形をとり、特定の書式に自分の血でサインをする。逆に白魔術は天使や善なるダイモンの力を借りて善なる意図の下に行なわれる魔術で、基本的にはいずれも超自然的な存在の力を借りるダイモン魔術である。ただし白魔術という用語は、中世ヨーロッパで魔術がほとんど黒魔術と同視されていたことに対し魔術師の側が弁護のために主張するという意味合いが強く、生産の豊穣を祈る豊穣魔術や災厄から守る防御魔術、自然魔術などが含まれる場合もある。

参考:バーナード・W・マーチン『不思議オカルト・ブック』(たま出版)

ロワゼ(ゲラルト、Gerard Croiset)

 1909〜1980。オランダの超能力者でサイコメトリーを得意とする。少年時から知り合いの死亡を言い当てたりする能力を示したが、長じてその能力を犯罪の捜査や行方不明者の探索に生かし、実際に数百件の事件を解決したという。オランダのユトレヒト大学のウィルヘルム・テンハフ教授は彼の能力を調査し、本物と認定した。1976年には来日し、行方不明の少女の写真を見てその死体のある場所を透視したことがある。娘のナニー・フェアマン・クロワゼも同様の能力を持つ。

個人的疑問:クロワゼ(あるいはクロワゼット)の名は1976年の来日以前から中岡俊哉氏などの著作で一部では有名になっていた。1976年にはあるテレビ局の招待で来日し、当時行方不明となっていた少女の遺体が発見されるであろう場所を透視し、実際にその場所で遺体が見つかるという、この種のケースとしては非常に良好な結果となった。これが彼の超能力によるものか偶然かは不明だが、その後彼自身が、この日本での事件をもっとも成功したものとして宣伝していたという。とすると、それ以前の事件で彼の超能力が果たした役割というのはどの程度のものだったのだろう。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)

イシー(エドガー、Edgar Cayce)
 1877〜1945。ケンタッキー州ホプキンスビル郊外の農家に生まれる米の予言者で、バージニア・ビーチの眠れる予言と呼ばれる。24歳で声が出なくなり、レーンという催眠治療師に治療を受けたのを機会に催眠状態で病人の診察、予言を行う。名前と住所を与えられるだけで会ったことのない遠方の人間の診断を行う。彼が催眠下で残した診断や予言はリーディングと呼ばれ、ケイシーは生涯に3万件のリーディングを残し、中には前世の問題やアトランティス大陸などに言及するものもある。これらの記録はエドガー・ケイシー財団に残され、現在も研究されているが、彼の行った予言では第一次世界大戦の勃発年と終了年、日独伊三国同盟の成立、ルーズベルト大統領の死、ケネディ暗殺などが的中しているとされ、また1945年1月5日の自分自身の死についても予言したという。今後世紀末にかけては数多くの地震やアトランティスの一部ポセイドニアの浮上があり、1968〜1969年にかけてその前兆があるという。1998年の日本沈没や2001の極移動の予言は外れた。

 参考:ジェス・スターン著『超人ケイシーの秘密』(たま出版)
    ジナ・サーミナラ著『超能力の秘密』(たま出版)

約の箱(Ark of the Covenant)
 『旧約聖書』に登場する、モーセの十戒の板を収めた箱のこと。これは神がモーセに作成を命じたもので「出エジプト記」第25章によれば長さ2キュビト半で幅と高さは1キュビト半、アカシア材ででき金で覆われている。四隅に輪があり、そこに棹を差して担ぐ。箱の上には翼を伸ばしたケルビム(智天使)を両端に置き、この2つの天使像の間から神が伝えようとすることが語られる。「ヨシュア記」第3章には、契約の箱を担いだ者がヨルダン川に足を踏み入れると流れが止まったという記述がある。またヨシュアがジェリコを攻めたときには、まず7日間7人の祭司に契約の箱とともに町の周囲を回り、ラッパを吹き鳴らさせ、7日目に祭司がラッパを吹き鳴らし、イスラエル人が鬨の声を上げると、ジェリコの城壁は崩れ落ちたという。さらに「サムエル記」上第5章には、ペリシテ人が契約の箱を奪ったところ、彼らの神ダゴンの像が壊れたり、疫病が蔓延したりしたので供え物を付けて返却したとか、同第6章第19節には、箱の中を見たベテシテ人70人が死亡したとの記述があるが、これは放射線障害について述べたものではないかとの説もある。その後契約の箱は失われるが、エチオピアのユダヤ人ファラシャに伝わる伝説によれば、アクスムのシオン聖マリア教会にあるというが、年に1度大祭司が目にする以外誰も見ることができない。日猶同祖論においては日本の神輿との形態上の類似も指摘されている。

参考:アシェル・ナイム『エチオピアのユダヤ人』明石書店

科医の写真(Surgeon's photograph)

ネッシーの写真のなかで最も有名なもの。ロンドンの外科医ケネス・ウィルソンが1934年4月19日に撮影したとされていた。しかし実際には映画製作者ママデューク・ウェザラルが1933年に息子達と撮影したもので、おもちゃの潜水艦に木製の首をとりつけたものであった。この事実はウェザラルの息子で実際におもちゃを製作したクリスチャン・スパークリングが1993年11月に死亡する直前に明らかにした。ティム・ディンスディールはこの写真を本物としたが、レンズの角度等からかなり小さな物体を写したものであるとの批判は以前からなされていた
蛇足:ネッシーの正体について中生代の首長竜の生き残りとする説は古典的なものである。この写真も、いかにも首長竜が水面上に首を持ち上げたような形に見えるが、最近の研究では、首長竜の首は構造上、白鳥のように水面上に持ち上げることができなかったということである。

参考:ティム・ディンスディール著『ネス湖の怪獣』(大陸書房)

液型性格判断(Character Profiling by blood Group)

 ABO式の血液型に基づいて特定の人物の性格を判断する試みで、日本独自のものであったが、最近では日本の影響を受けて韓国でも見られる。ABO式血液型と性格との相関関係について、日本では1916年頃から注目され、1925年には、B型には優秀な兵士が多いが、懲罰を受ける者も多いという論文が発表されたこともある。その後東京女子高等師範学校教授であった古川竹二(1891〜1940)が、血液型と性格について統計的な研究を行ったことで、一般に注目されるようになったが、その後の心理学的研究に基づいて、血液型と性格の関係は現在では科学的には否定されている。しかし1970年代になって作家の能見正比古の作品がベストセラーになったことから広まった。現在は正比古の子俊賢が父の業務を引き継いでいる。能見親子は占いではなく科学であると主張しているようだが、科学的な根拠はなく、判断の余地もないことから占いでさえない。特定個人の言説をそのまま受け入れるという意味では単なるドグマである。

蛇足:「ゴルゴ13」シリーズなどの作者さいとうたかお先生は血液型性格判断の信者だそうで、AB型の人間を蛇蠍のごとく忌み嫌っているという。ちなみに一匹狼で完全マイペース男のはずのゴルゴはA型らしい。確かに恐ろしく几帳面ではあるようだが、組織で働くサラリーマンには向かないのではないか。

参考:菊池聡著『超常現象の心理学』(平凡社新書)
   世界ゴルゴ調査会東京本部著『ゴルゴ13の秘密』(データハウス)


プラー(ヨハンネス、Johannes Kepler)
 1571〜1630。ドイツの天文学者、惑星の運動に関するケプラーの法則を発見したことで後世に名を残すが、生前は占星術師としても有名であった。ビュルテンブルグ公領ワイルの軍人の長男に生まれるが、早産児で4歳で天然痘にかかったため生来体質も視力も弱かった。17歳で父が死亡した翌年、チュービンゲン大学奨学生として入学、神学を学ぶが、その頃コペルニクスの地動説を耳にする。卒業後、1594年にグラーツ高校の数学兼修辞学教師となる一方占星暦の編纂を委託され、1594年のオーストリアにおける農民の反乱、1595年にオーストリアがトルコに敗北するなどを予言、的中させた。1599年に新教徒追放令が出されたため1600年にプラハへ赴き、ティコ・ブラーエの助手となる。ティコの死後もルドルフ2世に仕え、ケプラーの3法則を発見する。晩年はヴァレンシュタインの専属占星術師となって生計を立てていた。アスペクトについても研究し、現在マイナー・アスペクトと呼ばれているものはケプラーが定めた。

参考:山内雅夫『占星術の世界総解説』自由国民社
    『星座と占い』産報デラックス99の謎
    ケネス・J・デラノ『エピソード占星術』教養文庫

ラー(ユリ、Uri Geller)

 1947〜。イスラエル生まれの超能力者で透視、スプーン曲げを得意とする。幼少時より異常な能力を発揮し、1968年に軍隊から解放された後にテレパシーで名を知られるようになる。1971年8月、アメリカの医師で著述家のアンドリア・プハリッチに見出されて1972年に訪米し、スタンフォード研究財団で調査を受けた。1973年には訪英、翌年訪日したが、その際大勢の少年少女達がスプーン曲げなどの能力を発揮しはじめ、ゲラー効果と呼ばれた。1985年にはイギリスに移住し、リオティント・ジンク社のバル・ダンカン社長と知合い、石油資源や貴金属鉱脈の探知を成功させた。ユリ・ゲラーの能力については、彼が奇術師をしていた過去もありいんちき説も強いが、SF作家のアーサー・クラークや物理学者のジョン・テイラーなども一時認めていた。彼の超能力はホーボという惑星から来たフーバと呼ばれる存在に由来するとも言われる。他方、彼のスプーン曲げが有名となるや、各国の奇術師が同様のパフォーマンスを実演しはじめたことも事実である。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)
    ユリ・ゲラー著『ユリ・ゲラーわが超能力』(講談社)

リー(エドワード、Edward Kelley)
 1555〜1595。スコットランド人あるいはアイルランド人と言われる。錬金術師、降霊術師。ジョン・ディーのパートナーとして知られる。大学で学んだが学位はとらず、公証人になったが文書偽造で有罪となり、1582年にジョン・ディーと知り合ったときにはその罰で両耳の端を切り取られていたという。ディーに欠けていた水晶球凝視の能力で彼の助手となり、シューストーンと呼ばれる水晶球に似た道具を用い、この中に大天使ウリエルの姿を見る。ディーにエノク語を伝えたのもケリーである。その後ディーとともにポーランド、プラハを訪れるが、後に仲たがいし、ディーのイギリス帰国後は単独でプラハに戻る。1591年5月、皇帝の命令により拘禁され、モスト城で脱獄を図って死亡した。『錬金術の鏡』の作者で、銅を金に、ラピスラズリを銀に変えたと伝えられる錬金術師オドアルドゥス・スコトゥスはエドワード・ケリーであるとの説もある。また、ヴォイニッチ手稿はケリーが作成したとの説もある。

参考:荒俣宏編『世界神秘学事典』(平河出版社)
    アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)

者の石(Philosopher's stone)

 練金術において卑金属を金にし、人間を不老不死にする力を持つとされる聖なる物質のこと。第五元素として四元素を内包し、創出し、育む万物変成の媒体で、鉱物を何度も蒸留した後の原質であり、金が輝いているのはこの作用とされる。一般的には赤い色をしていると伝えられ、赤い妙薬とも呼ばれる。金より重く、簡単に粉末にでき、蝋のように溶解させることができる。溶けた鉛に混ぜるとこれを金に変えることができ、これを溶かした液体はあらゆる病気を治す万能薬となり、不老不死の霊薬エリキサと同視されることもある。アゾス、エリクシル、アルカヘストなどもほぼ同じ意味で用いられる。ノアの方舟の中で光を与えるために吊されたという伝説もある。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)
    アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)

極経世書(こうきょくけいせいしょ)

 宗代の邵康節の主著で、古代中国の秘教的易学をもとに、易の原理を応用して天地開闢以来の治世を解説したもの。全12巻から成り、6巻までで古代中国の伝説の皇帝尭帝から後周の顕徳6(959)年までの治世のあとを示し、7巻から10巻までは律呂声音が、11、12巻では動植物の飛走が論じられている。12辰を1日、30日を1月、12月を1年、30年を1世、12世を1運、30運を1会、12会を1元と定める独自の時間単位と、万物は1元ごとに1変遷するという原理を基本に、地球の始まりを甲子元の丙寅会と定め、それぞれの元、会などの期間に易の六四卦を配置している。この方法を応用すれば長期の未来予測も可能となる。

参考:『超常科学謎学事典』(小学館)
    『ジャポニカ』(1973年版)

ークラン(ミシェル、Michel Gauquelin)
 1928〜1991。フランスの統計学者。ソルボンヌ大学で心理学と統計学を学び、1954年に心理学博士号取得。1951年に仏医学アカデミー会員576人の出生データを調べたとき、このグループには誕生時に高いパーセンテージで火星、または土星が上昇点、天頂にあることを発見、これをもとに科学者、スポーツマン、俳優などを対象に研究。ゴークラン・セクタと呼ばれる独自の位置に天球上の天体を配置した。この結果は火星効果と呼ばれ、出生時の惑星の位置とその人間の性格や職業に因果関係があることを示すものとされる。CSICOP(現CSI)のアービン・ゼレンアービン・ゼレンやポール・カーツらはこれを反駁しようとしたが、その手法を巡ってCSICOP内部の分裂をもたらす結果となった。

参考:コリン・ウィルソン編『超常現象の謎に挑む』(教育社)

相学(Phrenology)
 頭蓋骨の特定部分の隆起状態により、その人間の性格や行動上の傾向を推定しようとする理論。オーストリアの医師フランツ・ヨセフ・ガルが最初に提唱し、ガルの弟子で共同研究者でもあるヨハン・カスパル・シュプルツハイムが完成した。ガルは脳と脊髄の白質と灰白質をはじめて区別した解剖学者であるが、脳の機能は大脳皮質上の各部位に機能分散した形で所在し、例えば情動を司る部位が発達していれば情緒的な人間であるとした上で、大脳皮質の発達状況は頭蓋骨の外面の形状に反映されると考えた。骨相学は一時、人間の脳の機能を解明する重要な手段として20世紀初頭まで欧米で流行した。大脳には特定の機能を司る中枢があることは認められているが、現在では、大脳皮質の発達具合と頭蓋骨の形状との関連は否定されている。

蛇足:メスメリズムとの関連で、メスメリズムを施された被験者は骨相学上特定の機能を司るとされた部位により鋭い反応を示すと言われている。

ーレム(Golem)

 ユダヤ教の伝説に登場する土の像で、呪文により生命を与えられて動く。「ゴーレム」という名称は聖書、タルムード等で不完全な存在に対して用いられ、中世において現在の意味が与えられた。バビロニア・タルムードの「サンヘドリン」の中に人造人間についての言及があり、罪のない義人(ツァディク)は神と同じような創造の力を持つとされ、3、4世紀のラビたちが人間や子牛を作った例があげられている。ゴーレムという言葉が人造人間との関係で用いられ始めたのは12世紀のことで、最初の例はエレアザル・ベン・イェフダの神秘主義的著作『神秘の神秘』に見られる。17世紀にはポーランドにおいてヘルムのエリヤ・バアルシェムの伝説が生まれる。それによるとポーランドのユダヤ人たちは粘土で人形を作り、それに向かって神の名を示す「シェム・ハ・メフォラシュ」を唱えるとそれは命を得る。彼らはそれを家事労働に用いたが、ゴーレムは日増しに体が大きくなるので、それが恐ろしい存在となる前に額に記された「emet(真理)」から一時を消し「met(死んだ)」として再び粘土に戻す。しかしエリヤというラビが作ったゴーレムは大きくなって額に手が届かなくなった。そこでエリヤは長靴を脱がせるよう命じ、ゴーレムがしゃがんだ隙に一字を消したが、ゴーレムが粘土に戻るとその塊がエリヤの上に崩れてきて彼は死んだ。この話は1808年にヤーコブ・グリムが『隠者のための新聞』で紹介し、アルニムやエルンスト・ホフマンなどのドイツ作家たちがこの話を用いた。イスラエルのゲルショム・ショーレムによれば、このポーランド版伝説がチェコに伝わってレーヴに結びついたという。他にヴィルノのガオンことエライジャ・ベン・ソロモン・ザルマンは神の名を知っており、それを1枚の紙に書いてゴーレムの耳にはさむと、粘土は生きた人間に変わったという。→読み物

参考:ビアトリス・S・ヴァインライヒ『イディッシュの神話』青土社

ロラド大学UFOプロジェクト(Univercity of Colorado UFO Project)

 オブライエン委員会の提言を受け、1966年10月、コロラド大学を中心に行われたUFO研究プロジェクト。コロラド大学物理学教授のエドワード・U・コンドン博士を長とし、各分野の学者40人で構成されたため、コンドン委員会とも呼ばれる。実際にはコンドンはハーフ・タイムで関与し、フル・タイムで関与したのは副委員長のロバート・ロウのみで、彼が実務の大半を担当した。2年以上の歳月と50万ドルの巨費をかけてUFO事件を調査したが、1969年1月にUFOに対し否定的な内容のコンドン・レポートを提出して終了した。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)
    桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社 

ンガマト(Kongamato)

 コンゴや北ローデシアに住むと言われる空飛ぶ怪獣。原住民によれば鳥のように飛ぶが、とかげのように毛のないなめらかな肌をしている。くちばしには歯がある。蝙蝠のような翼を広げると1.2〜2.15メートルあり、カヌーをひっくり返し人間を襲う。原住民はこの怪獣を見ると死ぬと恐れている。1923年、フランク・メランドがプテロダクティルス(左)の写真を原住民に見せたところ、彼らはこれをコンガマトと呼んだ。同様の空飛ぶトカゲのような怪獣はキリマンジャロ近くでも目撃され、1932年にアイバン・サンダーソンがカメルーンのアスンボ山中で目撃したものはオリティアウと呼ばれた。

個人的コメント:メランドが原住民に見せたプテロダクティルスの絵は、1923年当時の復元図のはずである。しかし最近の研究では翼竜には毛が生えていたとの説もあり、「毛のないばめらかな肌」という証言には反する。大きさから言えば、プテロダクティルス類の最大種は翼長2.3メートル、オオコウモリは1.7メートル、コンドルなどは3メートルにもなり、原生の飛行生物と比べてコンガマトがずば抜けて大きいわけでもない。

参考:Bernard Heuvelmans著『On the Track of Unknown Animals』(KPI)
    アンガス・ホール著『ネッシーと雪男』(学研)

ンタクティー(Contactees)

 コンタクティーとは、UFO搭乗員と友好的な接触を行ったと主張する人物を言う。世界で最初に自らのコンタクトを公表したのは、アメリカのジョージ・アダムスキーで、彼の著作がベストセラーになると、似たような体験をしたと主張するコンタクティーたちが続々と名乗りを挙げるようになった。1950年代には、アダムスキーも加えて5大コンタクティーと呼ばれるトルーマン・ベスラム、ダニエル・フライ、オーフィオ・アンジェルッツィ、ハワード・メンジャーがそれぞれ自らのコンタクト・ストーリーを発表するようになった。これらアメリカのコンタクティーたちは、互いに連絡も持ち、また、その多くが、UFO搭乗員は太陽系内の他の惑星から来ると述べていた。しかしこうしたコンタクティーたちの主張は、その後の惑星探査の結果と相容れないものが多い。また、アダムスキーに続くコンタクティー、ベスラムが、自分のコンタクト時期をアダムスキーより早いと主張したのに続き、ダニエル・フライ、ハワード・メンジャーと、後発の者ほど自己のコンタクトやUFO搭乗をより早い時期と述べる傾向が見られることも興味深い(下表参照)。
 他の国においては、南アフリカのエリザベス・クレアラーが自らのコンタクトを主張したが、1970年代になると、スイスのビリー・マイヤーやフランスのクロード・ボリロンなど、外宇宙から来たUFO搭乗員との接触を主張する者たちも現れた。さらに、UFO搭乗員との物理的接触でなく、ヴァン・タッセルのようにテレパシーにより異星人や宇宙存在とコンタクトすると自称するコンタクティー、あるいはチャネラーも世界中に多数いる。一方UFO搭乗員との物理的接触を主張するコンタクティーも、世界的にはいまだ健在であり、最近ではピューリッツァー賞ジャーナリストのフィリップ・クラップもこうしたコンタクトを主張している。こうしたコンタクティーたちが遭遇した搭乗員の多くは、地球人、それも白人にそっくりの姿形をしていることが多い。

個人的見解:骨格や内臓の位置など、人間と同じ基本設計を持つ哺乳類でさえ、あれだけ多様な姿をしていることを思えば、他の天体で独自に進化を遂げたはずの生物が地球人そっくりの姿をしている可能性はゼロに近い。他方で、アブダクションを行うグレイと、友好的に接する善良な地球人型搭乗員という図式は、フィクションとしては非常に受け入れやすいものではあるだろう。

コンタクティー 公表時期 最初の目撃 最初のコンタクト 搭乗
アダムスキー 1953年 1946年10月9日 1952年11月20日 1953年2月18日
ベスラム 1953年 1952年7月
フライ 1954年 1950年7月4日
アンジェルッツィ 1955年 1952年5月23日 1953年1月
メンジャー 1959年 1932年 1946年6月


参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)
    桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社