(最終改訂:2015年5月18日)


1 ライヒ
2 ライヘンバッハ
3 ライン
4 ラエリアン・ムーヴメント
5 ラスプーチン
6 ラファエル
7 ラミア
8 ラップ
9 ランディ
10 ランド
11 リモートヴューイング
12 臨死体験
13 ルドルフ2世
14 ルーリア
15 ルーリアのカバラ
16 ルールド
17
18 レイキ
19 レイ・ライン
20 レヴィ
21 レーヴ・ベン・ベーサレル
22 レオ
23 レプティリアン
24 レムリア
25 錬金術
26 六曜
27 ロシア宇宙主義
28 ロズウェル事件
29 ロスウェル・スライド
30 ローゼンクロイツ
31 ローゼンハイム事件
32 ロバートソン査問委員会
33 ロンギヌス
34 ロンギヌスの槍

イヒ(ウィルヘルム、Wilhelm Reich)

 1897〜1957。フロイト左派に属する心理学者で、オルゴンの発見者。オーストリアのガリシア地方で生まれ、第一次世界大戦ではオース トリア将校として従軍。戦後ウィーン大学で韻律学、医学を専攻し、1922年に医学博士号取得。卒業後フロイトの精神分析総合病院に分析医として勤務し 、1928年に同病院副院長となる。一方オーストリア社会党、共産党にも加盟し、フロイト派精神分析理論とマルクス主義を結びつけようとしたが1933年には共産党を 除名され、マルキシズムを奉じたため精神分析学会からも除名される。分解した食物を顕微鏡で観察した結果、青緑色に発光しながら動き回るバイオン という粒子を発見、やがて海の砂のバイオンから生じるエネルギーに気づき、これをオルゴンと名付けた。1939年、ユダヤ人であった ライヒはナチスの弾圧を嫌ってアメリカのオレゴン州に亡命しオルゴン研究所を設立、オルゴンを拡大するオルゴノスコープやオルゴンエネルギーを集積するオルゴン・ボックス等を発明するが、1956年米食糧麻薬局に訴えられ、投獄中に心臓発作で死亡。

参考:阿久津淳著『マージナル・サイエンティスト』(西田書店)

イヘンバッハ(カルル・フォン、Baron Karl von Reichenbach)

 1788〜1869。オディック・フォースの発見者。当時ベルテンブルグ王国の首都であったシュツットガルトに裁判所司書の子として生まれる。チュービンゲン州立大学で自然科学、政治経済、法学を学んだ後、ハウサクに製糖工場を建設して成功する。その後も数々の化学上の業績を上げ、1839年、ベルテンブルグ王より男爵の称号を得る。1844年5月、彼がセンシテブと呼ぶ少女アンジェリカ・ストゥルマンが暗やみの中で結晶が青く光るのを見たことから未知の放射線を仮定、オディック・フォースと名付けた。

参考:阿久津淳著『マージナル・サイエンティスト』(西田書店)

イン(ジョセフ・バンクス、Prof.Joseph Banks Rhine)

 1895〜1980。米国デューク大学の超心理学教授。ペンシルバニア州ジョニアータ・カントリーに生まれ、シカゴ大学で哲学 、心理学、生物学を専攻。ウエスト・バージニア大学、デューク大学などで植物生理学、哲学等の講師を務めた後、デューク大学の心理学教授となる。19 22年、コナン・ドイルの講演やロッジの『人間の生存』に影響を受け心霊主義に関心を抱き、1926年にウイリアム・マクドゥーガルと知り合う 。一時霊媒のマージャリー・クランドンを研究するが、その結果彼女をいんちきとしたためコナン・ドイルから批判を受ける。1930年初頭、ウイリアム・マクドゥガルとともにノースカロライナ州のデューク大学に超心理学研究室を開設、カール・ゼナーや妻のルイーザとともにESPの名称を考案、カードやダイスを用いた超能力実験、レディ・ワンダーの調査などを行う。1962年にthe Foundation on Research on the Nature of Man(FRNW)を設立。超心理学の父と呼ばれる。

参考:Hans J.Eysenck,Carl Sargent著『Explaining the Unexplained』(Prion)
    宮城音哉著『神秘の世界』(岩波書店)
    ジョン・ベロフ著『超心理学史』(日本教文社)

エリアン・ムーヴメント(Raelian Movement)
 フランスのコンタクティーであるクロード・ボリロンがはじめた組織。ボリロンは1973年にエロヒムと名乗る異星人とコンタ クトし、ラエルという名を与えられた。ラエルによれば、地球のあらゆる生物は2万5000年前に異星人が作った人工の生物で、イエス・キリストやムハンマド(マホメット)、ブッダなども異星人が派遣した預言者だとする。ラエルは最後の預言者であり、ラエリアン・ムーブメントはその教えを広める団体である。一方でフリーセックスを説くカルトとの批判もある。以前からエルサレムに異星人の大使館を作る計画を立てていたが、2002年末には世界で最初にクローン人間の作成に成功したと発表して話題有名になった。全世界に5万5000人の信者がいるという。

参考:桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社

スプーチン(グレゴリー・エフィモヴィッチ、Grigori Yefimovch Novykh Rasputin)

 1865/71/72?〜1916。ロシア正教の僧侶で予言や治療を行った。一説には1871年1月23日シベリアのポクロフスコエ村に生まれる。18才でベルコツーレの修道院に入り、隠修士となる。19才で一旦ポクロフスコエ村に帰り結婚するが、ギリシャのアトス山、エルサレムなどを訪れ、1903年にザングトペテルスブルグに現れる。1908年、皇太子アレクセイの血友病を治療したことからニコライ2世の宮廷に入りアレクサンドラ后妃の信頼を得る。第一次大戦で皇帝ニコライ2世が出征している間は、アレクサンドラの顧問として内政にかなりの影響を与えたと言われる。1916年、ザングトペテルスブルグの貴族の一団が彼の暗殺を謀り、フェリックス・ユスポフの自宅で青酸カリ入りのケーキを振る舞われるがラスプーチンには何の効果もなかったのでユスポフは銃で撃った。死体を運ぶ途中息を吹き返し、ユスポフに飛びかかったので仲間のマクラコフが警棒で殴る。さらに銃撃をしてネバ河の氷に穴を開けて投げ込まれる。1911年5月のストルイピン閣僚会議議長暗殺を予言。ロシア農民、兄弟が殺したのなら皇帝は何百年もロシアを支配するが、貴族が自分を殺したなら25年以内に貴族はいなくなるとの遺言が死後公開された。

参考:ア・シマノウィッチ著『ユダヤ人とラスプーチン』(新人物往来社)

ップ(Rap)

 物理的心霊現象の1つで、霊の出現に先だち、また霊の出現中に何かを叩くような音や木が割れるような音が生じる現象。霊の出現とは関係なく音だけが聞こえる場合も多い。質問をして音が1つならイエス、2つならノーと定めたり、音の数とアルファベットの文字を対応させることで(アルファベット・ラッピング)霊との交信にも用いられる。ポルターガイストの際もしばしば報告される。1848年のハイズビル事件で有名になった現象であるが、1528年のフランスの書物に、アリス・ド・テリューという修道女の霊が叩音を起こしたことが記録されており、1759年のコックレーン事件でも報告されている。ユングがフロイトとの会見中に叩音を経験し、再度叩音が起こると予言した。他方、同様の現象は様々なトリックでも可能であり、エリ・ノイエスは叩音を人工的に生み出す方法として17種類を挙げている。

参考:アーサー・C・クラーク著『超常現象の謎を解く』(リム出版)
    James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)

ファエル(Raphael)
 通常は4大天使の1人。ラファエルとはヘブライ語で「神は病気を治す」の意味で、『旧約聖書』続編の「トビト書」で活躍する。「トビト書」によれば、ラファエルは失明したトビトの使いとして旅に出た息子トビヤスに同行し、7回結婚しながらアスモデウスの仕業で婚礼の夜に夫を失った女性サラからアスモデウスを追い出してトビヤスと結婚させ、最後にトビトの眼を治療した。また『旧約聖書』偽典「エチオピア語エノク書」では、堕天使アザゼルの手足を縛ったり、ノアに洪水の到来を教えた天使キリスト教信仰では、守護天使の長で、子どもたち、無垢な者たち、巡礼や病人、旅人を守る天使で、祈り、愛、喜び、光、神意、癒しの天使。祝日は10月24日。

参考:デイヴィッド・コノリー『天使の博物誌』三交社

ミア(Lamia)
 ギリシャ神話の登場人物で、後に怪物と化した。エジプト王ベロスとリビュエの娘であったが、ゼウスの愛人の1人となったため、ゼウスの正妻ヘラの報復を受 け、正気を失った自分の子供をむさぼり食うように仕向けられた。それに気づいたラミアは嘆きのあまり、上半身が人間の女性でありながら 下半身は蛇の姿の怪物と化し、洞窟に潜んで、他人の子供をさらってはむさぼり食うようになった。ラミアが最後に姿を見せたのは、紀元前後 の頃のコリントであった。このときコリントでは、ある大金持ちの未亡人がメニプスという若者と婚約したことが一番の話題になっており、未亡人は婚約 祝いとして、町中に金貨をばら撒いていた。そこへ現れたティアナのアポロニウスは、金貨に重さがないことから、未亡人がラミアであると見破った。アポロニウスは、婚礼の席に乗り込むと、花嫁に向かって何やら呪文を唱えた。すると美しい女性の姿が次第に崩れていき、最後には白骨だけが残ったという。

参考:マイケル・グラント、ジョン・ヘイゼル『ギリシア・ローマ神話辞典』大修館書房

   山北篤、佐藤俊之監修『悪魔事典』新紀元社

ンディ(ジェームズ、James Randi)
 1928〜。本名Randall Zwinge。驚異のランディと呼ばれるアメリカの奇術師。超能力は奇術で再現できると主張し、実演している。カナダのトロントに生まれ1987年にアメリカに帰化した。15歳の時、地元の協会の降霊会でゴミ箱に捨てられていたトリックのネタを拾い出してトリックを暴いたところ「神聖な宗教的集まりを汚した」として警察に4時間拘禁された経験を持つ。高校中退後サーカスに入りマジシャンとして成功した。1986年にはマッカーサー財団から賢人賞を受賞しており、その賞金を元に目の前で超常現象を起こせたものに100万ドルの賞金を与えると豪語している。CSICOP(現CSI)設立メンバーであったが、ユリ・ゲラーの友人が子供に性的いたずらをしたという主張が事実ではなく、その友人から訴えられたため1991年にCSICOPを退会した。チャネラーのアルバレスを演出したりプロジェクト・アルファを企画して世間や超心理学者の騙され易さを証明したりするなど、超常現象の否定に躍起になっている。

個人的見解:ランディという人物は実際に会ってみると非常に小柄な人間である。しかしエネルギッシュでユーモアのあるパフォーマンスを行う。超常現象全般にわたってそのイカサマを暴こうとする熱意は相当のものだし、調査にかけるエネルギーも凄まじいものがある。本ページでも彼の著作をけっこう参考にさせてもらっているが、勘違いや勇み足もあるようである。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)
    ジェイムズ・ランディ著『ノストラダムスの大誤解』(太田出版)  
    カール・セーガン著『科学と悪霊を語る』(新潮社)

ンド(エイン、Ayn Rand)
1905〜1982。アメリカの作家。ロシアのザングトペテルスブルグに生まれる。ペテルスブルグ大学で歴史を学んだ後観光ガイドとなる。1926年アメリカに移住し、執筆を始める。1943年の『水源』が成功を収め、1957年の『肩をすくめたアトラス』で説いた客観主義という独自の哲学が有名になり、彼女の周りにカルト的な集団が形成された。この客観主義の信奉者には、アメリカ連邦準備理事会のグリーンスパン長官やフレイザー元オーストラリア首相などといった人物も含まれている。また太田竜氏によれば300人委員会のメンバーである。

蛇足:アメリカでは記念切手も発行されているほどの有名作家であるが『水源』が日本語に翻訳されたのは2004年7月になってから。ネイティヴの発音はエイン・ランドに近いが(「アイン」・ランドと言っても理解してくれない)、その名はドイツ語のein Rand(一隅)からとったということで、だとすればアイン・ランドが本来の発音であろう。
http://www.aynrand.org/


モートビューイング(Remote Viewing)
 アメリカのスタンフォード研究所のパトフとターグが1972年に作った用語で、テレパシーと千里眼をあわせたような能力のこと。遠隔透視と訳されるが、最近では千里眼とほぼ同様の意味で用いられる。パトルとターグの実験では2人が1組となり、まず1人が封をしたままの封筒を選んで出かけ、指定された時刻に封筒を開けて中の文書に記された場所に向かう。同時に実験室に残った方が、外出した相棒が今どこでどうしているかなどを答える。
 アメリカ国防省は1977年から、リモートヴューイングの実験を行う、いわゆるスターゲイト計画を実施してきたと言われる。

死体験(Near death experience)
 医学的に死を宣告された後に蘇生した人間が、死の状態にある間に体験したと感じる事物。臨死体験はレイモンド・ムーディの命名。こうした現象はエリザベス・キュブラ=ロスが1969年に発表した『死ぬ瞬間』で注目を集めるようになった。ケネス・リングの調査では死にかけた人間の48%にあたる102人中49人が、マイケル・セイボムによれば42%にあたる78名中33名が、さらに1982年のギャラップ世論調査によれば死にかけた人間の35%がその間何らかの異常な体験をしたと回答している。そうした体験には個人的にばらつきもあるが、相当の事例に信仰とは関係なくある程度共通の要素が見られ、ケネス・リングはこれをコア体験と呼ぶ。代表的なプロセスは、まず物理的肉体からの分離が生じ、続いて暗闇を通過して光に至り、自分の人生の回顧、死んだ親族や知人との出会い、至福感を覚えたり、超自然的存在と接触したりなどである。死後生存の証拠としてしばしば言及されるが、脳内現象に過ぎないとの反論もある。

個人的論理の飛躍:臨死体験について脳内現象説をとる場合、なぜ死ぬ瞬間になって特定の、それも多くの場合幸福感を覚える体験をするプログラムが組み込まれているのかについて、いまだ満足のいく回答は得られていないようである。そう言えば死ぬ瞬間に至福を覚えさせる必殺拳として「北斗の拳」に北斗有情拳というのが登場していたが、臨死体験は自律的北斗有情拳なのだろうか。

参考:ケネス・リング著『いまわのきわに見る死の世界』(講談社)
    キュブラ・ロス著『死ぬ瞬間』(読売新聞社)
    レーモンド・ムーディ著『かいまみた死後の世界』(評論社)

ドルフ2世(Rudolph U)
 1552〜1612。ハンガリー王、ボヘミア王、神聖ローマ帝国皇帝。神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン2世の息子として生まれ、1572年にハンガリー王、1572年にボヘミア王となり、1576年10月12日に父皇帝を継いで即位。生来の憂鬱症のためプラハに隠遁し、晩年は弟のマシアスとの争いから、事実上プラハに幽閉された。芸術や魔術に関心を持ち、ルドルフ2世治下のプラハには当時の魔術師や錬金術師が多く参集したことで名高い。天文学者にして占星術師だったデンマークのティコ・ブラーエとヨハンネス・ケプラーは、ともにルドルフ2世に招かれて天体観測を共同で行っており、当時のイギリスの有名な魔術師ジョン・ディーエドワード・ケリーのコンビも一時プラハに身を寄せている。ルドルフ2世の侍医にはミハエル・マイエルだとかアンセルム・ボエティウス・ボート、マルティン・ルーラントなどの錬金術師が名を連ね、領内にあるヨアヒムスタール鉱山の監督官もゼーバルト・シュベルツァーやニコラウス・マイウスなどの錬金術師が務めていた。

蛇足:ヨアヒムスタール鉱山の銀で鋳造された銀貨は、当時ターレルと呼ばれてヨーロッパ各地で広く流通していた。アメリカ合衆国の通貨ドルの呼称はこのターレルが語源となっている。ドルと錬金術の隠された関係である。

参考:ロバート・ジョン・ウェンストン・エヴァンズ著『魔術の帝国』(平凡社)
    羽仁礼『図解近代魔術』新紀元社

ーリア(イツハーク、Isaac ben Solomon Luria Ashkenazi)
 1534〜1572。パレスチナのカバリスト。エルサレムに生まれる。幼少の頃父が死亡したため、カイロで叔父に養育される。15歳で従姉妹と結婚するが、22歳で初めて読んだ『ゾハール』に衝撃を受け、7年間ナイル川のローダ島で隠遁生活を送ったこともある。その間家族を訪れるのは安息日のみで、ヘブライ語以外話さなかったという。そのうち自分が絶えず預言者エリヤと交流していると信じるようになり、1569年頃パレスチナに移住、エルサレムに短期滞在した後サフェドに定住した。ルーリアのカバラ、あるいは実践的カバラと呼ばれる独自の体系を整え、後世のユダヤ神秘思想だけでなく正統派ユダヤ教にも大きな影響を与えた。死後30年ほどで一種の聖人伝が広まり、さまざまな奇蹟譚が彼に帰せられた。 

参考:ゲルショム・ショーレム『ユダヤ神秘主義』法政大学出版局
    箱崎総一『カバラ』青土社

ーリアのカバラ(Lurianic Kabbala)
 イツハーク・ルーリアが創始けたカバラの体系。その内容は世界の創造から救済にまで至る一連の神秘主義的世界観とでも言うべきものであり、ツィムツーム、容器の破壊、ティックーンなど、後のユダヤ神秘思想に大きな影響を残す概念が含まれる。
 ルーリアの体系においてはまず、神が世界を創造するため、世界が存在すべき場所を生み出すため自ら収縮(ツィムツーム)したとする。ついでその原初空間に原人アダム・カドモンが生じ、アダム・カドモンの目、鼻、耳、口から光となってほとばしるセフィロト、そしてそれを受け止めるべく創造された容器の破裂を説く。この容器は光の束となってほとばしるセフィルトの圧力に耐え切れずに破裂して世界中に飛び散ったもので、その殻がクリフォトであり、この破裂によりこの世に悪が生じたとする。この不均衡な状態を回復することがティックーンと呼ばれ、その結果人間が行う特定の行為が民族の救済、あるいは終末をもたらすことになるという魔術的な体系となった。当然ながら、世界の終末さえもたらすことのできる人間なら、他の幾多の奇蹟もお手の物ということになる。この思想はサバタイ主義やハシディズムといったその後のユダヤ神秘思想だけでなく、正統派ユダヤ思想にも影響を及ぼしているという。

個人的観想:イスラエルには、メシア到来を早めるためエルサレムの神殿の丘に立つイスラム教モスクを破壊しようとするユダヤ教過激派がいる。こうした行動はまさに彼らにとってのティックーンと呼ぶべきものである。ゲルショム・ショーレムによれば、
過ぎ越しの祝いの前日の長子の断食、シェブオースとホーシャーナ・ラッパーの前の数夜を寝ずに明かすこと、すべての新月の前日はいわゆる小贖罪節に変わるなどはルーリアの弟子たちが広めたという。なお、黄金の夜明けの魔術体系ではクリフォトはセフィロトに対応するいわば悪のセフィロトであり、生命の木に対応する悪の木を構成することになっているが、本来は「殻」の意味である。

参考:ゲルショム・ショーレム『ユダヤ神秘主義』法政大学出版局

ールド(Lourdes)

 南フランスのピレネー山脈の中腹にある町の名前。この町に住んでいた貧しい少女ベルナデット・スビルーは、1858年2月11日、他の2人の子供と町外れのマッサビエルの岩場に薪を拾いに行った。そこで一陣の風を聞き、対岸の洞窟を見ると若い女性の姿を見た。教区司祭ペラメルは当初子供達の話に否定的であったが、3月25日の16回目の出現で謎の婦人が「無原罪の宿り」と述べたことからこの女性を聖母マリアと認め、出現を信じた。2月25日の9回目の出現の際ベルナデットが地面を掘ると泉が沸き出し、やがてこの泉の水を飲んだ者に奇跡的治療が多数発生した。ルールドの聖母出現は5年後にローマ法王庁から認定され、1876年には礼拝堂が建てられた。現在は年間500万人が訪れる聖地となっている。ルールドでは年間3000件の治癒が発生すると言われるが、そうした事例についてはパリの国家医学委員会が審査を行って真に奇跡的なもののみを認定する。2009年までに67件が認定されている。(右はルールドの聖母像)

蛇足:学生時代、日本で病気治療を売り物にする新興宗教の伝道者と話したことがある。そのなかでルールドでの治療は60件くらいしか発生していないが、自分のところでは年間何百人もの治療を行っているという話が出た。しかしルールドでの奇跡的治療はパリの国家医学委員会が厳重な審査を行い、どうしても医学的説明がつかないという事例のみが奇跡として認定されるのである。少々腹が痛いのが回復したとか便秘が治ったとかいう程度のものは含まれない。国家医学委員会の審査についてはスケプティックの側から、現在の医学から見れば奇跡でもなんでもない事例が認定されているとしてその審査を疑問視する意見もあるが、それはあくまでも現代から過去の例を見た結果言えることである。それのみをもってルールドの奇跡の認定全体が疑問だなどいう言い方は論理のすり替えであろう。

参考:志村辰弥著『ルルドの出来事』(中央出版社)

(Spirit)

 物理的肉体を離れた実体で、生命の本質的部分。古来、肉体が滅びた後も、霊とよばれる実体が生前の本人の記憶や人格をそのまま継承して存在し続けるという信仰は世界各地で見られる。こうした霊は死後は霊界と呼ばれる世界を訪れるが、生前の姿で現れるのが幽霊で、何らかの原因で地上に留まったり、特定の人間と関係を持ったりすることもある。この場合は霊の及ぼす作用により守護霊、支配霊、因縁霊など様々に分類される。こうした霊が現世の人間に何らかの形で伝える通信が霊界通信であり、霊の介在により発生する超自然現象が心霊現象である。

参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版

イキ(Reiki)
 ヒーリングの一種。本来は日本の臼井甕男が鞍馬山で啓示を得て創始したもので、患部に手を当てる手かざしや古代のシンボル、マントラを使用して治療を行う。日本では一時すたれていたが、日系アメリカ人のハワヨ・タカタが臼井の後継者ハヤシ・チュージローからの伝授を受けてハワイに持ち帰ったことから欧米に広がり、現在では100万人が実践しているという。日本では近年、能力開発法の一種として逆輸入されている。

イ・ライン(Ley Lines)

 古代の遺跡や教会、古井戸、マウンドを結ぶ直線でイギリスのアマチュア考古学者ワトキンズが発見した。ワトキンズは1921年6月30日、ブレトワーデンの丘陵地帯の頂上から田園地帯を眺めたところ古代の遺跡や立石、教会などが直線上に並んでいることを発見した。直線上の地点にはレイ、ゴールド、コール、ホワイトなどという語が末尾につく場合が多かったが、ワトキンズはそうした中からレイを選んでこの直線をレイ・ラインと命名した。こうした直線は地球的規模で存在し、まっすぐ走るという黒犬獣や大地のエネルギー流との関係も指摘されている。他方偶然そう見えるだけだとする説や、ローマ時代の軍道の跡とする説もある。
参考:リン・ピクネット著『超常現象の事典』(青土社)
    John & Anne Spencer著『The Encyclopedia of the World's Greatest Unsolved Mysteries』(Headlines)

ヴィ(エリファス、Eliphas Levi)

 1810〜1875。本名アルフォンス・ルイ・コンスタン。フランスの著述家、オカルティスト。パリで靴職人の子として生まれ、神学校卒業目前で退学し、社会改革運動に身を投じる。36才で結婚するが妻に裏切られ、ウロンスキーの影響を受けて1853年にロンドン訪問、テイアナのアポロニウスの招霊を行う。この時の霊の指示により、名前をアルフォンヌ・ルイのヘブライ語表記であるエリファス・レヴィに改め、以後魔術関係の著作を数多く著す。1861年にロンドンを再訪し、フリーメーソンに入会。パラケルススにも傾倒し、薔薇十字団に対する関心を復活させた他、心霊研究家のクルックスにも影響を与えた。代表作の『高等魔術の教義と儀礼』は魔術の入門書として有名で、彼の著作に由来する典礼魔術の体系は特に「サンクトゥム・レグヌム」と呼ばれる。

参考:『魔術』(学研ムーブックス)
   エリファス・レヴィ著『高等魔術の教理と祭儀』(人文書院)
    アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)

ーヴ・ベン・ベーサレル(ユダ、あるいはイェフダ、Rabbi Judah Loew、Jehuda Low ben Bcalel)
 1520〜1609。16世紀のプラハのラビ(ユダヤ教の律法学者)で、タルムード学者、モラリスト、数学者としても知られる。当時の神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世や天文学者のティコ・ブラーエとも交流があった。彼については、死後さまざまな伝説が生まれた。代表的なものはゴーレムを製造した話であるが、他にも投げつけられた石や土塊を花に変えたり、ルドルフ2世に『旧約聖書』の族長たちの姿を見せたりしたという。
プラハ市庁舎前には、レーヴの彫像が置かれている。

蛇足:かのアーサー・ケストラーはレーヴの子孫と言われる。

参考:ピンハス・サデー編『ユダヤの民話(下)』青土社
    石川達夫『黄金のプラハ』平凡社

オ(アラン、Alan Leo)
 1860〜1917。イギリスの占星術師で、近代占星術の父とも呼ばれる。本名William Frederick Allen。ロンドンに生まれる。レオ本人によれば、少年時からさまざまな職業を転々とし、1885年頃から占星術を学ぶ。1890年より、同じ占星術サークルに所属するF.W.レイシーとともに「アストロロジー」誌の編集を行うようになる。また同年、やはり同じサークルにいたオールドの紹介で神智学協会にも参加した。1894年にレイシーが占星術誌の編集から撤退したため1人で編集を行うようになり、1898年には占星術師で生計を立てるようになる。大量のホロスコープ作成を請け負っていたが、その過程で太陽宮占星術を考案、さらにプログレッションによる未来予知法など、現在普通に用いられる技法をいくつも開発した。

補足:太陽宮占星術とは、太陽が位置するサインを重視し、太陽が同じサインに位置する人に対しひとまとめに同じ判断を下すもの。要はほとんどの新聞や雑誌に掲載されている星座別占いという奴である。

参考:Ellic Howe『Astrology & the Third Reich』the Aquarian Press

    羽仁礼『図解西洋占星術』新紀元社

プティリアン(Reptilian)
 爬虫類型異星人のこと。デヴィッド・アイクらは、レプティリアンこそ、人類史を背後から支配する存在としている。アイクはその根拠として、各地に伝わる古代の神話や伝承を引用し、これらに登場する竜や蛇もレプティリアンのこととする。レプティリアンにもいろいろ種類があり、地球内部に住むものや、異次元に住んで人間に憑依するものもあるという。現在地球を支配しているレプティリアンは竜座からやってきたもので、伝説の吸血鬼は彼らのこと。またこのレプティリアンの遺伝子を受け継ぐ者は今やヨーロッパの王家や貴族となり、政治、軍事、金融などあらゆる分野で指導的地位を占めており、通常は人間の姿であるが時にレプティリアンに変身する者もいるという。アイクは爬虫類に変身する権力者としてジョージ・ブッシュ父、イギリス王室などを挙げる。他方南アフリカのシャーマン、クレド・ムトワは、レプティリアンが密かに人類を支配しようとしている点ではアイクと意見をともにするが、その起源は地球外ではなく、恐竜が進化した存在ではないかとしている。

個人的疑問:アイクによれば、ヒラリー・クリントンは夫ビル・クリントンよりも上位のレプティリアンだという。ではそのヒラリーを破ってアメリカ大統領に当選したバラク・オバマの位置づけはどうなるのだろう(もっとも、チェイニー元国務長官とは遠い親戚らしいが)。もっともやはりレプティリアンの人類支配を主張するクレド・ムトワはオバマについてhttp://www.davidicke.jp/blog/mutwa-obama/のような評価をしている。

参考:デーヴィッド・アイク『大いなる秘密(上)』三交社

ムリア(Lemuria)

 ある種のキツネザルがインドとマダガスカルにしか存在しないことから、両方を結ぶ仮想の古代大陸としてドイツの生物学者エルンスト・ヘッケルが提唱した大陸。後にイギリスの動物学者フィリップ・スクレーターは、キツネザルの学名であるレムールにちなんでこの大陸をレムリアと名付けた。キツネザルの分布については、現在では大陸移動説で説明されるが、ブラヴァツキーなどはレムリアを人類の発祥地と主張、アトランティスと並んでレムリアにも異質の文明が栄えていたと主張するようになり、現在でも映画やテレビ番組でインド洋(時には太平洋)の古代大陸として言及される。

参考:A.コンドラトフ著『失われた大陸群』(大陸書房)

金術(Alchemy)

 鉛などの卑金属を一定の操作により貴金属に変える技術。名称の由来はケムの国(エジプト)の技術という意味であるが、その起源は中国の練丹術にあるとされる。中国においては不老長生の象徴として変質しない金を卑金属から生成するという試みがあったが、西洋に伝わると金の生成それ自体が目的となった。錬金術の基本には全ての存在は四大元素(エレメント)から構成されており、その組成を変えることである物質から別の物質を造り出すことができるという中世ヨーロッパの考えがあり、物質変成の過程では賢者の石と呼ばれる特殊な物質が重要な役割を果たす。貴金属の生成に成功したとの伝説もいくつかあるが確認されていない。他方、中世ヨーロッパで盛んに行われた錬金術の実験はその後の化学の成立に貢献するとともに、硫酸、硝酸、塩酸など様々な化学物質の発見ももたらした。また、貴金属が様々な過程を経て金となる過程を、人間の魂が浄化されていく過程としてとらえる見方もある。

参考:荒俣宏編『世界神秘学事典』(平河出版社)
    アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)
曜(ろくよう)
 六輝ともいう。先勝、友引、先負、仏滅、大安、赤口の6星がこの順番で日替わりで循環するもの。中国起源とされ、三国時代の蜀の軍師諸葛孔明が発明したとの伝説もあるが確実ではない。現在も旧暦の1月1日は先勝、2月1日は友引というように決まっているので、太陽暦の上では普通の順番が飛ぶように見えることもある。かなり伝統があるかのように誤解されているが、日本で一般に使用されるようになったのは江戸時代以後のことであり、明治時代に太陽暦が使用されるようになってからなぜか普及した。つまり、友引に葬式を避けたり、結婚式を大安に行ったりする風習はたかだか140年程度の伝統に過ぎない。

参考:2000年7月7日付読売新聞夕刊
シア宇宙主義(Russian Cosmism)
 19世紀のロシアに生まれた独特の哲学派。この一派はニコライ・フョードロビッチ・フョードロフ(1829〜1903)を始祖とし、人類が宇宙に進出することで、より高次元のあらたな存在に進化するという基本理念を軸としている。ソ連時代のロケット工学の先駆者ツィオルコフスキーやニコライ・レーリッヒなどもこの学派に属し、トルストイやドストエフスキー、テイヤール・ド・シャルダンなどにも影響を与えている。哲学派としては途絶えてしまったが最近再評価の動きがあり、また旧ソ連の宇宙開発が人類を遠くへ運ぶことよりもより長く宇宙に滞在させる方向進んだことは不思議な暗合である。

個人的見解:人類が宇宙(そら)へ進出することでより高次の存在になるという考えの基本には、天から降りて人の子と交わった堕天使の存在が前提にあり、天から降りて堕落することの対極として天に進出することでより高度な存在になるとのアナロジーがあったようである。基本的にロシア宇宙主義は、進化と進歩を同一視し、しかもそれを魂の分野にまであてはめようとしたという意味で、神智学と同じ誤りを犯していたと言えよう。人類の宇宙進出によりニュータイプと呼ばれる新しい人類が生まれるというのは、初期ガンダム・シリーズの重要なモチーフとなっていたが、どうもロシアロシア宇宙主義とは無関係だったらしい。。

参考:『ロシアの宇宙精神』(せりか書房)

ズウェル事件(Roswell Incident)
 1947年7月、ニューメキシコ州ロズウェルあるいはその西方250キロのサン・アグスティン平原にUFOが墜落し、米軍がその残骸及び宇宙人の遺体を回収したとされる事件。1947年7月2日夜9時50分頃、ロズウェル市のダン・ウィルモット夫妻は円盤型の飛行物体を目撃した。数日後、郊外の牧場主W.ブレーゼルは自分の牧場に見慣れぬ物体が散乱しているのを発見、7月7日になって保安官事務所に届け出た。7月8日、基地報道官W.ホート中尉は、軍が円盤を回収した旨のプレスリリースを行い、これが新聞の一面トップニュースで報道されたが、この発表は数時間後に第8空軍司令官ラメイ大将によって否定され。しかし1970年代末になってアメリカのUFO研究家スタントン・フリードマンらが新たな証言を発掘し、再度脚光を浴びるようになった。アメリカ軍がロズウェルで回収したUFO及び異星人の遺体を隠匿しているとの噂は今や一種の都市伝説となって時折映画にも登場、後のエリア51や異星人解剖フィルムにも置け継がれるが、アメリカ政府は1994年9月に、この物体は旧ソ連の核実験を探知するモーガル計画に使用された気球であったと発表。さらに1997年には1950年代の人形による降下実験や航空機事故が宇宙人の死体と混同されたとの最終報告を行った。

蛇足:ロズウェル出身の女優デミ・ムーアは「TIME」誌のインタビューに対し「子供の頃UFOの話なんて聞いたこともなかった」と述べている。しかし今では、ロズウェルはUFOの町として有名になっている。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』ダイヤモンド社
    桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社

ズウェル スライド(the Roswell Slides)
 ロズウェルに墜落したUFOから回収された異星人を写したとされる2枚のスライドのこと。問題のスライドは1998年、アリゾナ州セドナにある地理学者バーナード・レイと夫人で弁護士のヒルダ・ブレア・レイとの自宅を整理していた女性が、他の約 400枚の写真とともに自宅に持ち帰っていたもので、女性が2008年になってこれを確認したところ、頭の大きな人間のような生物の死体が写っているのを発見した。女性の兄弟がこれを映像製作会社社長アダム・デュウのところに持ち込み、 デュウがロズウェル事件目撃者に見せたところ、彼らが見た異星人に似ているとの証言を得た。その後デュウはメキシコのハイメ・マウサン他のUFO研究家を巻き込み、 2015年5月5日にメキシコ・シティで「ビー・ウィットネス」という有料の催しを開催し、その場ででのスライド公開を宣言、インターネットでも同日有料で配信されることになった。 スライドは予定通り公開されたが、アメリカのカート・コリンズら研究家のグループは「ロズウェル・スライド研究グループ」なるものを結成し、画像では不鮮明で判別出来なかった問題の生物の遺体と一緒に写っていた説明書を市販のソフトを用いて解読したところ、「 2歳の少年のミイラ」である旨記載されていることが明らかになった。異星人の遺体でとされたものは、アメリカの博物館に展示されていたネイティヴ・アメリカンの幼児のミイラだったようだ。

ーゼンクロイツ(クリスチャン、Christian Rosenkreu)

 1378〜1484。「薔薇十字団」の開祖と言われる伝説的人物で、サンジェルマン伯爵に転生したとも言われる。ヨーハン・ヴァレンティン・アンドレーエの『化学の結婚』の主人公であり、1614年を中心にドイツで書かれた薔薇十字関連のパンフレットに登場する。ブロッケン山近くの貴族の家系に生まれ、若くして東方へ旅し、アラビアの賢者から古代世界の英知を学んだ。その知識をラテン語で著したものが『Mの書』である。世界改革の大任を自覚して帰郷後、8人の忠実な弟子からなる僧院を作り、世界各地で慈善運動を展開した。1604年にはある会員が彼の秘密の墓に通じる隠し戸を偶然に発見、そこに「我は120年後に蘇るであろう」と記された碑文を見つけた。埋葬室は七角形の壁で、天井に永遠のランプが輝き、ローゼンクロイツの遺体は腐らずに安置されていたという。

参考:アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)
    『魔術』(学研ムーブックス)
    荒俣宏編『世界神秘学事典』(平河出版社)

ーゼンハイム事件(Rosenheim Poltergeist)

 1967年、西ドイツ、バイエルン州のローゼンハイム、ケーニッヒシュトラッセ13番地にあったジグムンド・アランという弁護士の事務所で発生した大規模なポルターガイスト事件。1967年夏、電話の調子がおかしくなったが、調べても異常は発見できず、10月になると誰も電話を使用していないのにメーターが通話中だったり、何者かが時刻案内に頻繁に電話していることが発覚した。その後蛍光灯が自然にソケットから外れたり、ヒューズが飛んだりする事件が続発、電流・電圧計、テクトロニックスを事務所に設置した結果、業務時間内に限って異常なぶれが記録されていた。11月になると電球が爆発したり壁に吊された絵が回転したり落ちたり、机の引き出しやその中身が飛び出したりといった現象が発生するようになった。計器の異常がアンネマリー・シュナイダーという女性が事務所にいる時間帯に発生していることや、彼女の休暇中や解雇後は事件が沈静化した。

蛇足:アーサー・クラークなども肯定的に言及している事例。ただし何が何でも超常現象を否定しないと気がすまないという連中は事件を研究したハンス・ベンダーに対する個人攻撃に逃げている。

参考:アーサー・C・クラーク著『超常現象の謎を解く』(リム出版)
    コリン・ウィルソン編『超常現象の謎に挑む』(教育社)

バートソン査問委員会((Robertson Panel)

 1953年1月、CIA情報諮問委員会の勧告に基づいて開催されたUFOに関する秘密会議。メンバーは天文学者のソーントン・ペイジ博士、統計学者のS.グーディメル博士、地球物理学者のロイド・バークナー博士、物理学者のルイス・アルバレス博士で、顧問にアレン・ハイネック博士とフレデリック・デュラントがいた。委員会は4日間にわたって開催され航空技術センター司令官ウィリアム・ガーランド准将、科学情報局内の管理者達、特別研究班のスティーブン・ポソニー、空軍情報部長官、将校、エドワード・ルッペルト、空軍報道士官など多くの士官と面談を行ったが、結局ほとんどの目撃報告は自然に起こった物理的現象あるいは大気現象として説明でき、UFOが国家の安全にとって直接的な脅威となることを示す証拠はなく、敵対行為を示す証拠も地球外生命体の招待だとする証拠もないとの結論を下した

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
   カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)


ンギヌス(ガイウス・カシウス、Gaius Cassius Longinus)
 イエス・キリストが磔にされた際、その脇腹を槍で刺した兵士。「ヨハネによる福音書」第19章第34節には、「兵士の1人が槍でイエスのわき腹を突いた」とある。また、「マタイによる福音書」第27章第54節で、イエスが息を引き取ったとき地震が起きたり岩が裂けたりしたのを見て「本当に、この人は神の子だった」と言った百人隊長がロンギヌスであるともされる。彼は視力が衰えていたが、イエスの脇腹から出た血が目にかかって視力を回復したことからイエスを信じたとも言われる。改宗したロンギヌスは、カッパドキアのカイサリアで28年間修道士のような生活を送り、多くの人々をその説教と善行で改宗させた。しかし最後に裁判官に捕らえられ、処刑された。彼がイエスを刺したという槍は、その後聖ヘレナによって発見され、後代に様々な伝説を生むこととなった。

参考:ヤコブス・デ・ヴォラギネ『黄金伝説1』人文書院

ンギヌスの槍(The Spear of Longinus)
 聖遺物の1つ。ローマの兵士ガイウス・カシウス・ロンギヌスが十字架上のイエスの脇腹を刺したという槍で、これを所有する者は世界の王になれるという伝説もある。左の写真はウィーンのホーフブルク宮殿宝物殿所蔵のもので、カール大帝、捕鳥王ハインリヒ一世、赤髭王フリードリヒ1世などがこの槍を保有していたと伝えられる。ヒトラーは1938年のオーストリアとの合併によってこれを手に入れ、ヌレンベルグに移すが、1945年4月30日、連合軍がヌレンベルグにあった槍を手に入れた1時間後、ヒトラーは自殺した。他にロンギヌスの槍とされるものがバチカン、パリ、クラコフにある。

参考:羽仁礼『超常現象大事典』成甲書房