(最終改訂:2009年7月21日)

1 サイ
2 サイコキネシス
3 サイコメトリー
4 サイ・ババ
5 左慈
6 サタン
7 サバト
8 サマエル
9 さまよえるオランダ人
10 さまよえるユダヤ人
11 サン・ジェルマン伯爵
12 サンダース
13 サンティーヴ・ダルヴェイドル
14 サントリニ島
15 シェイバー・ミステリー
16 ジェームズ
17 ジッグラト
18 自動書記
19 支配霊
20 シビルの書
21 シモン・マグス
22 シャンバラ
23 シュタイナー
24 シュマイドラー効果
25 シーラカンス
26 ジン
27 新郷村
28 神智学
29 人智学
30 心霊現象
31 心霊主義
32 水晶頭蓋骨
33 スウェーデンボルグ
34 聖遺物
35 聖痕
36 聖三王
37 セイラムの魔女裁判
38 セーガン
39 接近遭遇
40 セリオス
41 千里眼事件
42 空飛ぶ円盤
43 ゾンビ

イ(Psi)

 ESPサイコキネシスの双方を包括する概念として、1948年にイギリスのソーレスとワイスナーが提唱した言葉。サイはギリシャ文字の23番目で、物体に能動的に働きかけるサイコキネシスを「サイ・カッパ」、受動的に情報を得るESPを「サイ・ガンマ」と呼んで区別することもある。その後「サイオニクス」、「サイ科学」などサイという言葉を用いた造語も提唱され、またサイ現象の原因となるエネルギーとしてサイ・エネルギーという用語が用いられることもある。

参考:Hans J.Eysenck,Carl Sargent著『Explaining the Unexplained』(Prion)
    ジョン・ベロフ著『超心理学史』(日本教文社)

イコキネシス(Psychokinesis)

 いかなる既知の物理的エネルギーや媒介物を用いずに物質に影響を与える能力のことで、「念力」、「念動作用」、「精神隔動」、「心霊隔動」などと訳され、「PK」と略称される。「テレキネシス」、「パラキネシス」などいう用語もほぼ同義である。デューク大学のジョセフ・バンクス・ラインがギャンブル好きの学生から着想を得て、サイコロによる実験を開始したのが研究の始まりとされ、手を触れずに物体を動かすニーナ・クラギーナユリ・ゲラーのスプーン曲げが代表的な例とされるが、サイコキネシスの効果は単にこうした現象に留まらず、印画紙に影響する念写空中浮揚、ヒーリング、ポルターガイストなども超心理学の立場からはサイコキネシスの一種として説明される。電子等目に見えないほど微少な物体に及ぼすサイコキネシスを「マイクロ・サイコキネシス」と呼ぶこともある。サイコキネシスの能力者を「サイコキニート」と呼ぶこともあるが、あまり一般的ではない。旧ソ連では「バイオ・フィジカル効果」と呼び、この研究を「バイオ・エナージェティックス」と呼んだ。

蛇足:阿佐田哲也の『麻雀放浪記』などを読むと、腕のよいギャンブラーはサイコロの目をある程度思いどおりに出せるようである。また、カジノのルーレットのディーラーは、その気になれば好きな数字を出せるという。

参考:Hans J.Eysenck,Carl Sargent著『Explaining the Unexplained』(Prion)
   ジョン・ベロフ著『超心理学史』(日本教文社)

イコメトリー

 物体、写真等に触れることで、それに関連する事件、人物、その物体の出所や由来などについて把握する能力のこと。アメリカの骨相学者であったJ.ローズ・ブキャナンが発見した。「精神測定」、「心霊鑑定」、「心霊測定」、「探魂術」などと訳される。オランダのゲラルト・クロワゼピーター・フルコスなどの能力者がこの能力を犯罪捜査に利用したことで有名になったが、彼らが如何なる方法で情報を読みとっているのかについては諸説ある。人の筆跡を手がかりとしてサイコメトリーを行なうことを特に「超筆跡学」と呼ぶこともあり、サイコメトリーの能力を有する者は「メトリスト」、「パラグノスト」と呼ばれていたが、最近では「サイコメトラー」という用語も用いられる。

参考:Hans J.Eysenck,Carl Sargent著『Explaining the Unexplained』(Prion)

イ・ババ(サーチャ、Sathya Sai Baba、本名サチャナラヤーナ・ラージュナ、Sathyanararana Ratnakaru Raju)

 1926〜2011。インドの聖者。本名サチャナラヤーナ・ラージュナ。インド南部のプッタパルティに生まれる。幼児より特異な能力を発揮していたが、13才のとき、シルディのサイ・ババの生まれ変わりを自称し、病気治療や聖灰ビブーティなどを出現させるアポーツで有名になる。プッタパルティにはサイババ教団の本部があり、空港や病院なども完備している。007シリーズのプロデューサー、ハリー・サルツマンなど有名人の信者が多数いる。日本では青山圭秀著『理性のゆらぎ』(三五館)により知られるようになるが、何度かトリックを用いる場面が確認されている。少年愛者とも言われる。

蛇足:これまで何十人というインド人にサイ・ババを知っているかと尋ね続けた。知らないと言ったのはタクシー運転手1人だけで、他は全員知っていた。その評価はまちまちであるが、外交官などのかなり教育程度の高い人たちの中にも、サイ・ババは本当に奇跡を起こすと信じている者がいた。筆者の経験では、超常現象を信じるかどうか(逆にいえば超常現象を頭から否定するかどうか)は教育程度や知能指数とはあまり関係なさそうである。これは欧米やイスラム圏のトップクラスの科学者の中にも原理主義者がいるのと同次元の問題かもしれない。強いて言えばどのような事象に「センス・オブ・ワンダー」を感じるかということであろう。

参考:青山圭秀著『理性のゆらぎ』(三五館)

慈(さじ)
 『三国志演義』に登場する仙人の1人。揚子江北岸の盧江出 身で、本来は儒教を学んでいたのだが後漢末の混乱の時代をはかなんで天柱山で修行し、様々な術を身に付けたという。魏の支配者曹操は左慈 の噂を聞きつけ、あるとき宴席に招いた。その場で曹操が、「今日の宴席には珍しいご馳走が大体そろっているのだが、松江のスズキだけがな い」と述べたところ、左慈は「では手に入れましょう」と言ってその場に出現させた。他にも、一室に閉じ込め、1年間水以外与えられなかったのにまったく変 わらぬ様子で出てきたとか、1升の酒と1斤の干し肉だけで、曹操の100人あまりの従者全員を満腹にしたとかいう伝説が残る。最後は霍山という山で九転丹という仙薬を飲んで天に昇ったという。

参考:『「道教」の大事典』(新人物往来社)

タン(Satan)

 ユダヤ・キリスト教において神に対立する悪魔王の名前。「サタン」はヘブライ語で「敵対する者」という意味。本来は熾天使(セラフィム)の1人で、通常の熾天使が6枚の翼を持つのに対し12枚の翼を持ち、「光輝なる者」を意味する「ルシファー」と呼ばれていたが、その奢りゆえに天から追放され、地獄に落ちて醜い姿となった。「アスモデウス」、「ベールゼブブ」、「ベリアル」なども本来はサタンに相当する悪霊の王の名であったが、その後これらの名称は別の悪魔の名称に用いられるようになった。イスラム教の「イブリース」とも同視される。

蛇足:サタンはしばしばサターン(土星)と混同される。確かにカタカナで表記すれば両者は似ているが、本来語源的に異なる。サタンはヘブライ語の「ハ・サタン(敵対する者)」の意味で(「ハ」はヘブライ語の定冠詞。英語では「the」に相当)、つまり神に反抗する特定の者、という意味になる。他方土星はローマ神話の「Saturunus」に由来し、ジュピター以前の黄金時代を支配した神とされている。ギリシャ神話ではゼウスの父はクロノスなので、その後両者は同視されるようになった。なお、西洋占星術上土星は一般に凶星に分類される。

参考:ジェフィリー・バートン・ラッセル著『サタン』(教文館)

バト(Sabbat)

 2月2日、4月30日(ワルプルギスの夜)、6月23日、8月1日、10月31日、12月21日といった特定の日の夜、特定の場所にヨーロッパの各地から魔女が集まって行う大規模な魔女の夜宴のこと。この日、ヨーロッパの魔女は山羊や箒などに乗って空を飛び、ブロッケン山、キエフのボールド山、スウェーデンのブロキュラ、フランスのピュイ・ド・ドーム等に集まり、山羊の姿の悪魔の主催の下、宴や踊り、悪魔魔女の性交を繰り広げるという。語源的にはフランス語の「s'ebattre」あ るいはディオニュソスの名称の1つである「サバディウス」に由来すると言われる。1400年頃からこうした概念が作られたが、サバトが行われる日はケルトの祭日にも 一致している。17世紀の魔女狩人によればサバトではドイツの魔女は薄切りの蕪、フランスの魔女は幼時の肉、スペインの魔女は死体、スイスの魔女は蝙蝠のシチュー、イギリスではローストビーフとエールを食する。

参考:Amanda O’neill著『Gods & Demons』 


マエル(Samael)
 ユダヤ教の伝承を集めた『タルムード』や、聖書外典の『ギリシャ語バルク黙示録』などに登場する堕天使。その名は「神の毒」の意味と言われる。各種の伝承によれば死の天使でもあり、後のサタンと同様堕天使の首領とされる。『バルク黙示録』によれば、アダムとイブを迷わせたのはぶどうの木であり、それを植えたのがサマエルとされる。また、イブを迷わせた蛇はじつはサマエルで、イブを誘惑してカインをはらませた。先端に胆汁を塗った槍を持ち、ほえる犬たちを先頭に立てて死を広めて歩いているという。

参考:真野隆也『堕天使』新紀元社
    『天使と悪魔の大事典』学研ムー謎シリーズ
    箱崎総一『カバラ』青土社

まよえるオランダ人(Flying Dutchman)
  神罰により、最後の審判の時まで海上をさまよう運命となった幽霊船、あるいはそのオランダ人船長のこと。もっとも一般的な伝説では、希望峰付近で目撃される幽霊船のことであり、船長の名はヘンデリック・ヴァンダーデッケンとされる。船が喜望峰付近を航海中嵐に遭い、船員たちはみな近くの港に避難するよう求めたが、この船長は神に対し、沈められるものなら沈めてみろと挑戦の言葉を吐いたため喜望峰周辺を永遠にさ迷うことになった。他の伝説ではバーナード・フォッケという名も伝えられており、このヴァージョンでは彼の魂をめぐって天使悪魔が船上でゲームをしているが、その決着がなかなかつかないためさまよい続けているとされる。なお、英語の「flying dutchman」は幽霊船の意味でも用いられる。

参考:Britanica1968
    John and Anne Spencer『The Encyclopedia of the World's Greatest Unsolved Mysteries』Headline

まよえるユダヤ人(the Wandering Jew)
 永遠のユダヤ人ともいう。十字架を担って刑場に赴くイエスをののしったため終末まで生き続ける運命とされた伝説のユダヤ人のこと。アルメニアに伝わる伝説では、このユダヤ人は本来カルタフィルスという名で、イエス処刑時のローマ総督ピラトの門番であった。カルタフィルスは、刑場に向かうイエスを打ち、「遅れるな、早くしろ」とののしった。するとイエスは、「私は行こう。しかし、お前は私が戻るまで待つのだ」と答えた。カルタフィルスは後に洗礼を受けてヨセフと名乗り、この名で生き続けているという。1602年及び1603年にドイツで出版されたパンフレットでは、さまよえるユダヤ人の名はアハシュエロスとされた。このパンフレットによれば、1542年にあるルター派司教がこの人物と会ったとされ、中世ドイツの魔術師アグリッパも、さまよえるユダヤ人の訪問を受けたと言われている。

蛇足:この伝説も、キリスト教宣教の一環として生み出された作者知れずの教訓物語の1つであろう。アハシュエロスは本来、『旧約聖書』の「エズラ記」「エステル記」に登場するペルシャ王のヘブライ名で、クセルクセス1世のこととされている。

参考:Britanica1968
    ジャポニカ1972

ン・ジェルマン伯爵(Comte de Saint-Germain)

 1710?〜1784。フランス革命前のパリに現われた人物で、予言や魔術を行なったという。サンジェルマンについての最初の記述は、1745年、 Horace Walpoleがその書簡で、「サンジェルマン伯爵と名乗る奇妙な男がロンドンで逮捕された」と記すもの。その後1748年にパリに現われ、ルイ15世や愛人のポンパドゥール 夫人にとりいるが、イギリスのスパイと疑われて逃亡する。その後ロシアやオランダ、ドイツなどに現われ、1762年にはロシアでエカテリー ナ2世を即位させる陰謀にも加担したとか、ドイツではフリーメーソン支部を設立したなどと言われるが、詳しいことは不明。 1770年から1774年までは再びパリに現れたが、1784年にドイツのシュレスヴィッヒで死亡した。しかしフランス革命直後、パリに姿を見せたと言われている。 パリに現われた際は、自ら2000歳であるとか、錬金術の大家で不死の秘密を知っているなどと称しており、またヨーロッパの言語のほとんどをしゃべり、バイオリンの名手でもあった。さらに若さを保つエリクシルの製法を知っているなどと称していた。マリー・アントワネットとも会見し、フランス革命を予言したなどとの記録もあるが、サンジェルマン伯爵を史上ユニークな存在としている原因は、死後各地でその姿が目撃されていることである。その手の書籍では不死のさまよい人だとか、タイムトラベラーだとか言われている。

個人的評価:死後伯爵が姿を見せたという話は、1836年に出た『マリー・アントワンットへの贈り物』という回想録が最初らしい。しかし本書の作者 Lamothe-Langonは偽の回想録製作者として有名であった。実際1943年頃の伯爵の肖像は40歳くらいらしい(あるいはもっと若く見える)が、1777年にvon Wurmbがライプツィヒであったときは60から70歳くらいに見えたというし(しっかり年とってる)、死ぬ前にはリューマチにも罹っていた。さらにこのサンジェルマン伯爵の神格化をさらに促進したのがヘレナ・ペトロブナ・ブラヴァツキーである。ブラヴァツキーによればサンジェルマンは人類を密かに導くグレート・ホワイト・ブラザーフッドの1人で、クリスチャン・ローゼンクロイツやロジャー・ベーコンとして生きていたこともあるという。神智学系統の団体では未だに崇拝されており、ガイ・ウォーレン・バラードも1930年にサンジェルマンの啓示を受けてアイ・アム運動を創始したと主張している。要はカリオストロカザノヴァと同じく、フランス革命直前という騒然とした世相時代を背景に、いわば口先とはったりだけで生き延び、(おそらく)それなりに財をなした人物であろう。ドイツのスパイという説もあるが、当時のドイツは分裂時代であり、フランスに対抗できるのはプロイセン程度しかなかった。しかし当時のプロイセン王フリードリッヒ2世は、サンジェルマンを冗談だと笑っている。もっとも、どこかの小国の国王にうまくとりいって何がしかの金銭を得たということはあるかもしれない。各種政治的陰謀への加担を示す歴史的資料はないようだ。

参考:コリン・ウィルソン著『オカルト』(新潮社)
    『魔術』学研ムーブックス
    アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)
    ピーター・ワシントン著『神秘主義への扉』(中央公論社)
    http://www.kirjasto.sci.fi/germain.htm

ンダース(Alex Sanders)
 1926〜1988。イギリスの魔術師。ウィッカの有力な一派の創始者。その信奉者からは「魔女の王」と称賛された。本人によれば、7才のとき祖母が魔法円の中に全裸で立っている姿を目撃した。じつはサンダースの祖母は、古代ドルイド系統の魔術を伝える魔女であった。以後1942年に祖母が死ぬまで、サンダースはこのドルイドの魔術の教授を受ける。成長したサンダースは、魔術の知識を生かして治療家として活躍するが、生活はままならず、常に極貧の中にあった。しかし1952年、子供を亡くしたことのある裕福な中年夫妻と知り合った。サンダースは、彼らの亡くなった息子に瓜2つであったことからその養子となる。その後ガードナー系列のウィッカに所属し、1967年にロンドンに出て、妻マクシーンとともにメディアを通じた魔女術活動の公表を行って有名になる。サンダースの系統は、彼の名にちなんだアレキサンドリア派を標榜し、ガードナー系統と勢力を2分するまでに成長したが、1970年代にはマクシーンと別居、事実上の離婚状態となり、世捨て人同然の状態で死亡した。

個人的コメント:魔術師や神秘主義者の経歴は本人の供述以外裏の取れないものが多い。サンダースの経歴についても異なる内容が伝えられている。ちなみにキリスト教以前の異教の伝統については、英語では「pagan」という呼び方が使われることが多い。

参考:フランシス・キング『性魔術の世界』国書刊行会
    『ムー・ブックス魔術』学研

ンティーヴ・ダルヴェイドル(ジョゼフ、Joseph Alexander Saint-Yves d'Alveydre)
 1824〜1909。フランスの神秘思想家で、エリート支配によるシナーキズムという独特の政治体制構築を主張し、また地下世界アガルタの存在やアトランティスの古代文明の存在なども主張した。少年時には問題児の収容施設に入れられたこともあるが、その後船医を目指して勉強中J・ボナルド、ファーブル・ドリヴェ、ジョゼフ・ド・メストルといった魔術師に関心を持った。1877年にケラー伯爵夫人と結婚し、さらに領地相続により侯爵位を得る。一方多数の著書を著し、当時流行していた無政府主義に対抗する意味でシナーキズムという独特の概念を樹立した。シナーキズムとは、世界のどこかに存在する秘密の指導者とテレパシーによりコンタクトできる人間の秘密結社が国家を支配する体制のことで、その典型が中世のテンプル騎士団とする。このシナーキズムを発展させる過程で、彼は古代アトランティスの先進文明の存在や、アジアの心臓部の地下にある世界の中心、さらには根源人種の概念とアーリヤ人至上主義などを主張するようになった。こうした彼の主張は、ブラヴァツキーの各種著作やエドガー・ケイシーのリーディングの中にも同様の情報が見られる。フランスの魔術師パピュス、ヴィクトル・ユーゴやブルワー=リットン卿とも親交があった。

参考:『オカルティズム事典』三交社
    羽仁礼『図解近代魔術』新紀元社
    http://www.templarlodge.com/stargate

ントリニ島(Santorini)
 エーゲ海南部、キクラデス諸島の1つで、伝説の古代大陸アトランティスの候補地の1つ。古代にはテラ島と呼ばれたが、火山の爆発により現在はサントリニ島といくつかの小島に分かれている。アトランティスが沈んだのはソロンがサイスに旅をした時より9000年前とされているのに対しサントリニ島の噴火はソロンより900年ほど前であること、プラトンが述べるアトランティスの寸法を10分の1にするとほぼテラ島とクレタ島の面積に相当すること、さらにほぼ円形のテラ島の地形が、プラトンの描写するアトランティスの首都ポセイドニスを思わせることなどから、プラトンはサントリニ島噴火の記録を参考にアトランティスを考え出したのではないかとの説がある。


金子史郎『アトランティスが滅んだ日』朝日文庫

ェイヴァー・ミステリー(the Shaver Mystery)

 アメリカのSF作家リチャード・シェイバー(1907〜1975)を中心にアメリカのSF雑誌「アメイジング・ストーリーズ」に連載された一連の創作シリーズ、及びこのシリーズを巡る一連のスキャンダルのこと。
 アメリカのペンシルヴェニアで溶接工をしていたシェイヴァーは、1943年にあらゆる言語の源である古代語マントンを解読するてがかりを得たとする手紙を、当時の「アメイジング・ストーリーズ」編集長レイモンド・パーマーに書き送った。パーマーは、この手紙を「古代言語?」として雑誌に掲載すると、シェイヴァーはさらに長い手紙をパーマーに送った。 パーマーはこれを大幅に引き伸ばして「レムリアの記憶」として、1945年3月号に掲載した。この内容は、太古の昔、地球に住んでいたアトラスとタイタンという宇宙生物が、太陽の有害紫外線を恐れて他の天体 に移住してしまったが、残された者がデロと温和なテロという2種族に分化し、デロは古代の種族が用いた様々な機器を用いて地上の出来事に干渉しているとするもの。「レムリアの記憶」の反響は大きく、「アメイジング・ストーリーズ」の部数が大幅に伸びたばかりか、 実際にデロと遭遇したという投書が「アメイジング・ストーリーズ」に押し寄せた。するとパーマーは、シェイバーの一連の著作が事実であるかのようなキャンペーンを行い、他の作家も加えて、シェイヴァーの世界観の上に成り立つ作品をいくつも発表した。

参考:カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)

ェームズ(ウィリアム、Prof.William James)

 1842〜1910。アメリカの心理学者、哲学者。パースのプラグマテイズムを発展、普及させた。その一方で心霊現象の研究も行った。ニューヨークに生まれる。18才でハーバード医学校に入り、ルイス・アガシの助手となってアマゾン探検などを行うが健康を害し、医学校に戻る。1869年に医学博士。1872年、ハーバード大学で生理学講師となるが後に心理学教授を経て哲学教授となる。スウェーデンボルグに傾倒していたが、1884年、パイパー夫人の能力に接し、心霊現象も研究するようになり、アメリカ心霊調査協会設立に尽力し、イギリス心霊調査協会会長を務めたこともある。ジェームズ・ハイスロップに対し、死後メッセージを送ると言い残していたが、死後、イギリスに住む、ジェームズのこともハイスロップのことも知らない霊媒を通じて、2人だけが知っている秘密を伝えられたという。

参考:リン・ピクネット著『超常現象の事典』(青土社)

ッグラト(ziggurat)
 あるいはジグラート。古代メソポタミアの各都市に建造されたピラミッド状の遺跡で、その名は神殿塔を意味するアッカド語、「ジ・グ・ラ・アトゥ」に由来する。紀元前4000年〜600年に建造され、その建造目的については神殿説、王墓説などがある。バビロン、ウル、ウルクなどのジッグラトが有名で あるが、最大の遺構は、イランのチョガ・ザンビルにあるエラムのジッグラト(紀元前13世紀)で、基底部が一辺102mある。『旧約聖書』「創世記」に記 されたバベルの塔の記述も、ジッグラトをもとにしたものと考えられている。(下の写真はウルのジッグラト:羽仁礼撮影)

参考:アンドレ・パロ『聖書の考古学』みすず書房

動書記(Automatic Writing)

 自動作用の一種で、本人が意図しないのに手がひとりでに動いて、文字や絵などを書き残す現象。心霊主義の立場からはが霊媒の手を借りて自己の意思、創作文を書き連ねるものと説明され、完全にトランス状態に陥ってしまう場合と、自己の意思はあるが手だけが勝手に動く場合とがある。時に本人が知らないはずの内容を含んだり、知らないはずの言語で書かれたり、また特定の人や修行を積んだ人にしか読めない文字が現れたり、通常では考えられない早さで文章を書き連ねるなどの現象も生じる。自動書記により絵画や線画が描かれる場合を特に「自動絵画・自動線画」と呼んだり、故人の生前の文体・書体がそのまま再現される場合を「複写現象」と呼んだりすることもある。

参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版

配霊(Control)

守護霊の統制下で、ある特定の役割を持つのこと。指導霊とほぼ同義に用いられる。また、交霊会の際霊媒と人格的に入れ替わる霊のこと もこう呼ぶ。霊媒とは別にとしてそれ自身の人格を持ち、霊媒が支配霊に支配されているときは声が変わったり、変貌現 象という容貌の変化等が見られる。他方精神医学上は第二人格が変成意識状態において表面に表れる現象と解釈できる。

参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版

ビルの書(Sibylline Books)

 シビルとは古代の女予言者のこと。各地にシビルと呼ばれる女予言者が現れたが、最も有名なのはイタリアのナポリの近くにあるキュメのシビルであった。キュメのシビルはその神託を9冊の本にまとめ、紀元前6世紀のローマ最後の君主タルキニウスに法外な値段で売ろうとした。タルキニウスが断ると3冊を焼き捨て、6冊を同じ値段で売ろうとした。再度断ると、さらに3冊を焼き捨てたので、タルキニウスもこれを言い値で買った。これがシビルの書と呼ばれる予言書で、ローマのカピトリーネ寺院に保存されていたが紀元前83年の火災で消失した。しかし欧米では今でも時折、シビルの書から得たという予言が出回ることがある。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)
    山内雅夫他著『予言のすべて』(日本文芸社)

モン・マグス(Simon Magus)
 『新訳聖書』「使徒言行録」第8章第9〜24節に登場するサマリアの魔術師で、聖霊を授ける力を金で買い取ろうとした。グノーシス派の開祖ともいわれる。ドシテウスに学び、さまざまな魔術を見せてサマリアの人々の信仰を集めていた。その秘術の中には姿を見えなくしたり炎を通り抜けたり病人を治したり死者をよみがえらせたり空を飛んだり、空気中から人間を作り出すというものもあった。「使徒言行録」第8章によれば、12使徒の1人フィリポがサマリアを訪れ、イエスの教えを広めた際、使途たちが人々に手を置くと霊が与えられる奇跡を見て、金銭でその能力を買い取ろうとした。シモン・マグスについてはその後ローマに赴き、使徒ペテロとパウロが同席する場で、ローマ皇帝ネロの眼前で空を飛んで見せたという伝説が残る。このときペテロが祈ると、シモン・マグスは魔力を失って墜落し、両足を折り、その怪我がもとで死亡したという。他方彼の最後については別の伝説も伝わっており、イエス・キリストを真似て死後の復活を再現しようとして棺の中に入り、土の中に埋められたが、今に至るまで復活していないと言う。しかし彼の魔術は弟子のメナンドロスに引き継がれ、メナンドロスもまた魔術師として崇拝された。
参考:『聖書』日本聖書協会

ャンバラ(Shambala)

 中央アジアの地下に存在すると伝えられるアガルタ王国の首都の名前。シャンバラには幾人もの副王と幾千人もの高僧を従えた世界の王ブラ イトマが住み、地表の人類とは比較にならない高度な科学技術を持つ。地下通路によって世界へとつながり、折に触れシャンバラの使者を世界に派遣される。ダ ライ・ラマはシャンバラの使者の1人とされ、ポタラ宮の地下にシャンバラへの入り口があるとも言われる。本来はラマ教の伝説であったが、西洋にはニコライ・レ ーリッヒがラマ僧の話として伝えた。またオッセンドウスキーもアフガンとインドのどこかに地底世界への入り口があると伝えている。一方ダライ・ラマ自身 は、シャンバラは通常の意味で存在するものではないと繰り返し述べている。

蛇足:広島県には庄原市という都市があるが、ショウバラという名はシャンバラに似ている。ちなみに庄原市には日本のピラミッドの代表例とされる葦嶽山がある。

参考:『シャンバラ』(ユニバース出版社)
   北川隆一郎著『精神世界がわかる事典』(日本実業出版社)

ュタイナー(ルドルフ、Rudolf Steiner)

 1861〜1925。ドイツの哲学者、人智学の創始者。現ユーゴスラビア領クラリイエヴェックに生まれる。父ヨハン・シュタイナーはホヨス・シュプリンツェンブルグ伯爵家に仕える森林猟区管理人であったが、その後電信技術を身につけてオーストリア南部鉄道の小さな駅の駅長と電信技師を兼ねるようになり、ルドルフは父親の転勤にともなって各地を点々とした。11歳で実業学校に進むが、18歳でウィーン工科大学に入学、1884年以来家庭教師として生計を立てる。オイゲン・オイニケ陸軍大尉の未亡人アンナ・オイニケの家庭に家庭教師として住み込んだことが縁となって、1899年にアンナと結婚。1899年に神智学協会に加入、1902年にドイツ支部長となる。また1904年には、オルド・テンプリ・オリエンティス(東方聖堂騎士団)より魔術結社設立の勅許状を受けて、the Mysteria Mystica Aeternaを設立している。1912年に人智学協会を設立 し、翌年クリシュナムルティ運動に反対して神智学協会を離脱した。また東方聖堂騎士団との連携は1914年で終わり、以後は独自の世界解釈に基づい た人智学と呼ばれる体系の普及に努めた。彼は幼少時より他人に見えない世界を見て二重生活を営んでいたとされるのが常であるが、魔術界においては、シュタイナーが見えない世界と接触できたのはオルド・テンプリ・オリエンティスのイニシエーションによるものだとの主張も見られる。他方、主として教育者としての側面からシュタイナーをとらえる日本の関係者の間では、彼と魔術結社の関わりは無視されている。子供の人間性を重視するシュタイナー教育や総合舞台芸術としての オイリュトミーなどを生み出したほか、バイオダイナミクスと呼ばれる独自に有機農業や治療法などにも独自の世界観を取り入れているが、それらはかなり魔術的な要素も強い。生前は発生学者のエルンスト・ヘッケル、作家のフランツ・カフカやシュテファン・ツヴァイクとも接触があり、ドイツの作家ミヒャエル・エンデなどもシュタイナーの影響を受け ていた。シュタイナー教育を実践するシュタイナー学校は今や欧米を中心に世界に900以上あると言われ、日本にも東京シュタイナーシューレがある。さ らにシュタイナー思想全般を実践するコミュニティとして北海道にひびきの里が活動中であり、千葉県にあしたの国が活動準備中。

 参考:荒俣宏編『世界神秘学事典』(平河出版社)
    西平直著『シュタイナー入門』(講談社)
    フランシス・キング『英国魔術結社の興亡』国書刊行会

ュマイドラー効果(Schmeidler Effects)

 能力実験においてその存在を信じる者の方が信じない者より好成績を収めるという現象。1942年、アメリカ合衆国ハーバード大学の心理学者ガートルード・シュマイドラーが発見したことからこう呼ばれる。シュマイドラーはハーバード大学でESPカードによるテストを一般の学生に対し行った際、事前の面談によりサイ現象を信じる人間と信じない人間の2グループに分けたところ、信じる者は平均的中率を上回る成績を挙げたのに対し否定者は平均を下回った。シュマイドラーは肯定者をヒツジ、否定者をヤギと命名したため、ヒツジ・ヤギ効果とも呼ばれる。

参考:Hans J.Eysenck,Carl Sargent著『Explaining the Unexplained』(Prion)

ーラカンス(Coelacanth)

 硬骨魚類総鰭類シーラカンス目に属する魚の名称。約4億年前の古生代デボン紀から中生代白亜紀までの海に棲息していたが約7000万年前に絶滅したと考えられていた。しかし1938年12月22日に南アフリカ共和国沖合で底引き網にかかった個体がシーラカンスの新種ラチメリア(Latimeria chalmnae)であると認定され現代も生存していることが確認された。恐竜絶滅とほぼ期を同じくして化石の出土が消えたシーラカンスが現在も棲息している事実は、オオウミヘビや湖底怪獣の正体について恐竜の生き残りを唱える者によってしばしば引用される。つまり、白亜紀以降の化石が未発見ではあっても、どこかでひそかに生き延びていたという実例があるということである。もちろん、魚類で海中に生息するシーラカンスと、爬虫類で、従って定期的に呼吸をする必要のある恐竜とでは生き延びるための条件が異なるし、白亜紀以降のシーラカンスの化石もその後発見されている。

参考:Fortean Times第132号
    ジャポニカ(1973年版)

ン(Jinn)
イスラム圏でその実在が信じられている超自然的存在のこと。イスラム教の聖典『コーラン』によれば、天使が光から、人間が土から創られたのに対しジンは炎から創られ、普通の人間にはその姿は見えないが、姿を現すときには人間や獣など様々な形となる。預言者ムハンマドの言行録『ハディース』によれば、ジンはその力に応じて5種類に分けられ、一番弱いのがジャンで次がジン、続いてシャイターンとなり、さらに強力なイフリートやマーリドは様々な神通力を持つ。『アラビアンナイト』で有名な瓶の中の巨人やアラジンのランプの精もジンである。ジンには善良な者もいれば邪悪な者もおり、さらにキリスト教徒やユダヤ教徒のジンなどもいるらしい。嘘が嫌いで涙にもろいハクション大魔王などはかなりお人よしのジンと言えよう。
参考:羽仁礼著『新千一夜物語』(三一書房)

郷村(しんごうむら)
 青森県三戸郡にあり、キリストの墓やピラミッドがあることで有名。旧名戸来(へらい)村。1955年(昭和30年)7月29日近隣の野沢村西越地区と合併して新郷村となる。竹内文献に基づいて村にある十来塚(右)をイエス・キリストの墓と指摘したのは、竹内巨麻呂である。その説によれば十字架で身代わりとなったのは弟のイスキリであり、イエスは十来太郎天空を名乗って地元の娘と結婚し、106歳の天寿を全うしたという。他に地元の民謡「ナニヤドヤラ」がヘブライ語起源とする説、イエスの子孫とされる沢口家の紋章が五芒星でダビデの星に似ている、地元の習俗として子供の額に十字を描く、旧名戸来がヘブライに似ているなどの諸点が根拠として指摘される。

個人的見解:イエス・キリスト日本渡来説を補強するものとして指摘されている事項は、どれも歴史学・言語学上初歩的な誤りに満ちている。日本で通常イエス・キリストと呼ばれる人物は、現地の言葉では「ヨシュア」という。本人がギリシャ語系の「イエス・キリスト」と名乗るはずがない。十字架やダビデの星が用いられるようになったのはイエスの処刑から相当後のことであり、日本の紋章における五芒星は桔梗を様式化したものと考えられている。民謡の「ナニヤドヤラ」の語源は正確なところは不明だが、イエスの当時パレスチナで話されていたのはヘブライ語ではなくアラム語であった。新郷村の旧名戸来(へらい)がヘブライと似ているという点については「ヘブライ」もヨーロッパ経由の発音で、ヘブライ語でもアラム語でも「イブリー」が近い。

智学(しんちがく、Theosophy)

ギリシャ語の「theos(神)」と「sophia(智)」とを組み合わせた言葉。ユダヤ神秘思想の権威ゲルショム・ショーレムによれば、「活動する神性の隠れた生命を予感することも把握することも記述することもできると信じ、おそらくは瞑想によってそのなかへ沈潜することすら可能と考える、ひとつの神秘主義的な教義ないしは思想傾向」であり、ヤコブ・ベーメの弟子に当たるヨハン・ゲオルグ・ギヒテルが1696年の著書『神智学実践』に使ったのが最初と言われる。しかし現在神智学という名称は、一般にヘレナ・ペトロブナ・ブラヴァツキーの神秘哲学を基調とした宗教的哲学の一派を指す言葉として用いられる。この教義はブラヴァツキーが受けたマハトマと呼ばれる精神的指導者からの教えを基礎とし、『ベールを剥がされたイシス』や『シークレット・ドクトリン』に記されているが、実際には新プラトン主義、ヘルメス主義など西洋の伝統的な神秘主義に、ベーダ、ウパニシャド哲学などの東洋思想を融合させたものとされるが、姿の見えないマスターの想定にはイスラム教シーア派の隠れイマーム思想の影響も考えられる。神智学協会は 1875年、ブラバツキーヘンリー・スティール・オルコットがニューヨークに設立し、多くの会員を得た。ブラヴァツキー死後の後継者争いの中でアディヤール派とポイント・ロマ派に分裂、さらにクリシュナムルティ運動を巡る混乱の中で現在は衰退しているが、シュタイナー人智学協会やクリシュナムルティ運動は神智学協会を母体としたもので、自然霊やアカシック・レコード、マハトマなどの霊的指導者の概念など、後世の神秘主義やニューエイジ運動にも大きな影響を残している。

参考:ゲルショム・ショーレム『ユダヤ神秘主義』法政大学出版局
『神秘主義への扉』(中央公論社)

智学(じんちがく、Anthroposophy)

ドイツの神秘主義思想家ルドルフ・シュタイナーが創始した神秘哲学思想のことで、ギリシャ語のanthropos(人間)とsophia( 叡智)の合成語。人間は霊と肉体とから成る二面的な存在であるとの認識を基本に、物理的世界の他に霊界や神界が存在するとし、7段階の惑星期とそれぞれの惑星期に7種類ずつの根源人種を想定した進化論などを持つ。論理的にはゲーテの直感知の思想とダーウィンの進化論を統合し、物質に対し霊が進化論的に支配する。こうした認識はシュタイナーがアカシック・レコードから得たものとされ、その思想はシュタイナー教育やオイリュトミーに具象化されている。神智学が神の啓示やマハトマのような超越的導師を想定し、その指導による魂の覚醒を目指したのに対し、人智学は人間の側を認識の中心に据えている。

参考:講談社現代新書『シュタイナー入門』

霊現象Psychic phenomena

 の介在により生じる、通常の物理法則では考えられない現象のこと。物理的心霊現象と精神的心霊現象に大別される。物理的心霊現象は の作用により何らかの物理的に観測可能な現象を生じるもので、物質化現象、物体浮揚、瞬間移動、ラップポ ルターガイスト、念写、心霊写真、直接書記、直接談話、心霊手術などが含まれる。他方精神的心霊現象は物理的現象を伴わず、霊媒がか ら何らかの形メッセージを得るもので、自動言語、自動書記、コックリさん、口寄せ、透視などである。心霊現象という言葉はの存在を前提とし、が何らかのエネルギーを用いてこうした様々な現象を起こすという意味での名称であるが、そのほとんどはESP、あるいはサイコキネシスとして説明可能とする説もあり、超ESP仮説と呼ばれている。

参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版

霊主義(Spiritualism)

 人間は死後もとなって人格を維持しつつ存在するという考え方に基づく信仰及び活動。特定の宗教とは必ずしも結 び付かないが、日本では多くの場合何らかの宗教団体と結びついた活動が見られる。人間は死後も意識と人格を持って存在し続けるとの観念は古来から多くの 宗教に見られるものであるが、心霊主義と呼ばれるものは、は1848年のハイズビル事件以降、特にイギリスにおいて心霊現象を科学的研究 の対象として究明しようとの運動の中で特定の宗教を離れた一種の世界観として成立した。


参考:春川栖仙『心霊研究事典』東京堂出版

晶頭蓋骨(Crystal Skulls)
 世界各地に存在する水晶製の頭蓋骨で、メソアメリカの遺品と伝えられている。もっとも有名なものが、1927年にイギリスのフレデリック・A・ミッチェルヘッジズがベリーズのマヤ遺跡で発見したと伝えられるもので、英語では特に宿命の頭蓋骨(The skull of doom)と呼ばれることもあり、能力者とチャネリングしたり、チャネリングを通じた予言を行うなどの逸話も残されている。この水晶頭蓋骨に関しては、これまで機械を用いた加工の痕跡は発見されておらず、ミッチェルヘッジス自身はアトランティスの遺物であると主張していた。アメリカ大陸先住民の間には、水晶頭蓋骨は全部で13個あるとの伝説も伝わるが、世界には20個以上の水晶頭蓋骨の存在が確認されている。右の写真は大英人類学博物館所蔵のもので(羽仁礼撮影)、ユージン・ボーバンというフランス人がティファニー商会に売ったものを買い取ったものだが、調査の結果機械による加工の跡が確認されている。

参考:クリス・モートン、セリ・ルイーズ・トマス『謎のクリスタルスカル』徳間書店
    南山博『オーパーツの謎』二見書房
    並木伸一郎『超古代オーパーツFIle』学研

ウェーデンボルグ(エマニュエル、Emanuel Swedenborg)

 1688〜1771。スウェーデンの自然科学者、宗教家、神秘家。ストックホルムに生まれる。本来はEmanuel Swedberg。ウプサラ大学で言語学、数学、鉱物学、天文学、生理学、神学を学ぶ。1709年ウプサラ大学卒業後ヨーロッパ各地を旅行。1715年の帰国後スウェーデン最初の科学紙を発行、多くのレポートを掲載。チャールズ7世に注目されスェーデン鉱山局に採用される。その間数学、鉱物学、解剖学、生理学などの分野に関するレポートを残す。1719年に貴族に列せられてスウェーデンボルグを名乗る。その後何度もヨーロッパを旅行し、聖書解釈にも手を染めるが、その解釈はグノーシス派やカバラの影響を受けていた。55才頃より生きたまま霊界に入る生活を語り始め、その体験を霊界著述と称される一連の書物に残す。1736年に瞑想中意識を失う経験をして以来夢を記録。1745年に昼食中部屋が蛇や蛙で覆われ、1人の男が食べ過ぎるなと警告する幻を見る。その後天国や地獄への門が開かれ、霊と普通に対話するようになる。これにはカントも肯定的評価を下した。1759年7月19日にイェーテボリの友人の家で500キロ離れたストックホルムの火事の模様を霊視した話は有名。事件の2日後、通商局の役人がストックホルムの火事について語ったが、その記述はスウェーデンボルグが述べたことと一致していた。1761年春には、オランダの元スウェーデン大使夫人が銀細工しから代金を請求され、スウェーデンボルグはしばらくすると連絡があると告げたことがある。すると夫人は夢を見て2階の棚の引き出しが二重底になっており、その中に領収書があることを知った。1757年に天使から伝えられたとして世界の終わりを予言したがこれははずれた。

参考:スウェーデンボルグ著『霊界日記』(静思社)
   マーチン・A・ラーソン著『ニューソート』(日本教文社)

遺物(Relics)
 イエス・キリストやキリスト教の聖人たちにゆかりの物品のこと。これらの人物の持ち物やゆかりの品の場合もあれば、身体や骨の一部、 血液や乳、遺体そのもののこともあり、多くの場合治癒などの奇跡を起こす力があるとして崇拝される。イエス・キリストについては磔にされた十字架の一部が代表的なものであるが、他にも磔に使用された釘、最後の晩餐に用いた聖杯、イエスのわき腹を刺したというロンギヌスの槍、トリノの聖骸布やベロニカの聖顔布、さらには包皮や血液と伝えられるものなどがあり、聖人についてはブリジットの心臓やヤコブの死体、聖ペテロがつながれた鎖、聖母マリアの母乳、聖三王の遺骨など世界中に無数のものがある。

蛇足:中世ではこうした聖遺物の製作は一種の産業ともなっていたらしい。

参考:アモス・エロン『エルサレム』法政大学出版会→イエス

痕(せいこん、Stigma)

 イエス・キリストが磔の時に受けたのと同じ傷が体に現れる現象。1224年9月、聖フランシスコがアルベルナ山で熾天使の姿を夢に見、その際両手足と脇腹に傷を受けたことが最初とされ、クレルモンフェランの医学部教授グルベイル博士は321件を確認している。現在までに約400人が聖痕を受けている。聖フランシスコの前にも、オザンヌという女性や、クノッソスのエピメニデスなどが聖痕者ではないかとされる。聖痕者341人中280人が女性という統計もあり、また330人中聖人とされたのは60人のみとの数字もある。実際には磔の際、釘は掌でなく手首に打たれるにも拘わらず、大部分の聖痕者は、絵画などで一般に描かれている掌の真ん中に傷を受けており、また聖痕者の大部分は女性で、金曜日などイエスの受難と関係の深い日に出血が増えたりするなどの現象が広く見られる。医学的には一種のヒステリー性の限局性水ほう形成によるものと説明されることがあり、ドイツの医師アルフレッド・レヒラーは1933年にヒステリー性神経症の患者に暗示をかけ、掌に水疱を生じさせたとされるが、実際に手足から出血させるまでには至っていない。またオードリー・サントは、植物人間となって意識不明の状態にも拘わらず聖痕を受けている。

参考:J.ミッチェル、R.リカード著『フェノメナ』(創林社)

三王(the Magi,the Three Wise men, The Three Kings)
 ベツレヘムの星に導かれて、生誕間もないイエスを訪れた賢者たちのこと。4福音書のうち「マタイによる福音書」のみが彼らのことを東方から来た賢者と呼び、「ルカによる福音書」では羊飼いになっている。また、他の2福音書はこの存在に触れていない。東方の賢者たちの人数、出身地、名前は一切言及されていないが、彼らが黄金、没薬、乳香という3つの品物を贈答品としたことから、いつしか人数が3人に確定し、さらに、救世主であるイエスに面会したくらいだから王に違いないと信じられるようになった。西方の教会では8世紀頃からカスパール、メルキオール、バルタザールという名前だと考えられているが、東方のシリア教会などには別の名前も伝わっている。3世紀にエルサレムを訪れた聖ヘレナ(250/257?〜330/6)は聖三王の遺骨を発見して持ち帰り、コンスタンティノープルのハギア・ソフィア寺院に安置していたが、これは現在ケルンの大聖堂にある。祝日は3人まとめて1月6日。

個人的コメント:福音書には、この3人がエルサレムに葬られたとは書いてない。彼らが実在するとしても「東方」から一時的に訪れただけである。しかもほぼ300年後まで彼らの遺骨が保存されているためには、この3人が当時から何かド偉いことを成し遂げたと認識されていなければならないが、イエス磔当時のローマ側資料によれば、イエスの死が特に注目されていた風でもない。
(右はケルン大聖堂)

参考:http://en.wikipedia.org/wiki/Three_Kings

イラムの魔女裁判(Salem Witch Trials)
 1692年、アメリカのマサチューセッツ州ボストン近郊の町セイラムで発生したアメリカ合衆国最大の魔女裁判。この年の2月、セイラムの教区司祭サミュエル・パリスの娘エリザベスをはじめとする11歳から20歳までの7人の少女がひきつけの発作を起こすようになった。少女たちがパリスの女黒人奴隷ティトバとサラ・グッド、サラ・オズボーンの3人の女性を魔女として告発したことから魔女裁判が本格化し、少女たちは町の女性たちを次々と魔女として告発するようになった。最終的に150人が投獄され、19名が処刑、2名が獄死したという。

蛇足:現在セイラムには魔女博物館や魔女の家があり、観光名所になっている。少女たちがひきつけを起こすようになった原因としては、黒人奴隷ティトバからブードゥーについて聞いたからとか、前年の年末にグラスに卵を落として中を覗き込み、将来の夫の姿を見ようとしてからだとか言われている。なお、19世紀のアメリカの霊媒エディ兄弟の祖先にも、セイラムで処刑された魔女がいたと言われている。

参考:『Ritual and Magic』(Parragon)

ーガン(カール、Carl Edward Sagan)

 1934〜1996。アメリカの天文学者、コーネル大学教授。アメリカ天文学協会惑星科学部長で地球外生物学でも知られる。ニューヨークに生まれる。シカゴ大学で物理学修士、天文学・天体物理学博士号取得。カリフォルニア大学基礎化学研究所、スタンフォード大学、ハーバード大学を経てコーネル大学教授。同大電波物理宇宙研究センター惑星研究所長も務める。専門は惑星科学で、地球外生命体の探査にも強い関心を持ち、パイオニア10号819729及び11号(1973年)に宇宙人への手紙を積み込んだ。マリナー、バイキング、ボイジャー計画でも重要な役割を果たす。「コスモス」、「核の冬」などの著書でも知られ、1978年にピューリッツァー章受賞。1997年にはセーガン原作の映画「コンタクト」が封切りされた。SCICOPメンバーでもあり、少なくともUFO地球外起源説については否定的で、宇宙人が既に地球を訪れている証拠は存在しないと主張している。1977年7月、NASAはその功績を認めて、火星着陸に成功した探査機マースパスファインダーの着陸船をカール・セイガン記念基地と命名した。

蛇足:デヴィッド・アイクによれば、「sagan」を逆さにすると「nagas」、つまり竜となり、セーガンもレプティリアンの家系だとする。父親は一介の仕立て屋だったのだが。

参考:カール・セーガン著『カール・セーガン科学と悪霊を語る』(新潮社)
   James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)

近遭遇(Close Encounter)

 UFOとの近接での遭遇のことで、ハイネックによる命名。ハイネックは第一種接近遭遇、第二種接近遭遇、第三種接近遭遇の三種に分類したが、その後第四種接近遭遇も提唱されている。
 第一種接近遭遇(Close Encounters of the First Kind:CE-1)とは、180メートル以内の至近距離でのUFO目撃事件のうち、目撃者及び環境への影響を伴わないものを指し、第二種接近遭遇(Close Encounters of the Second Kind:CE-2)はUFOの目撃に伴い、車のエンジンがストップしたり着陸痕が地面に残るなどの物理的影響が確認される場合で、第三種接近遭遇(Close Encounters of the Third Kind:CE-3)はUFOの搭乗員が目撃されるケースである。その後提唱された第四種接近遭遇(Close Encounter of the Forth Kind:CE-4)はUFO乗員と話をしたり、一緒にUFOに搭乗したりする、いわゆるコンタクト・ケースを指すものであるが、内容は研究者によって異なる。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)

     桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社

リオス(テッド,Ted Serios)

 1920頃〜。アメリカの念写能力者。シカゴ・ヒルトン・ホテルのベルボーイをしていたが、10代の頃から念写能力を発揮し、1964年より3年間にわたりコロラド州のデンバー大学神経精神病院長ジュール・アイゼンバッド博士の調査を受ける。アイゼンバッドによれば、セリオスは何のトリックもないポラロイド・カメラとポラロイド・フィルムを使って遠隔地の様々な光景を映し出したが、その後彼の能力は失われた。セリオスがいつもギズモと呼ばれる筒を持っていたこと、ヘビー・スモーカーでアルコール中毒だったことなどもあり、懐疑論もある。彼の能力はその後失われた。

参考:Hans J.Eysenck,Carl Sargent著『Explaining the Unexplained』(Prion)
    ジョン・ベロフ著『超心理学史』(日本教文社)

里眼事件
 明治43年(1910年)、熊本の透視能力者御船千鶴子の存在が注目されたことをきっかけに生じた一連の社会現象のこと。御船千鶴子に続き、四国の長尾郁子その他同様の能力を持つと主張する者が多く発見され、東京帝国大学を中心とする多くの科学者たちが御船千鶴子や長尾郁子に対し公開実験を行うに至った。両者の実験にはいずれも実験手続上の不備があったが、福来友吉等一部を除き、多くの科学者は懐疑的な印象を得た模様である。翌明治44年(1911年)初頭、御船千鶴子及び長尾郁子が相次いで死去したことで騒動は終息した。

参考:寺沢龍『透視も念写も事実である』草思社
    一柳廣孝『<こっくりさん>と<千里眼>』講談社選書メチエ

飛ぶ円盤(flying saucer,flying disc)

 1947年6月24日、ケネス・アーノルドがアメリカのワシントン州レイニエ山上空で9個の飛行物体を目撃した事件から一般化した言葉で、後のUFOとほぼ同義に使用されていた。実際にはアーノルドは、この飛行物体の飛び方について、円盤を水面で水切りさせたような、と形容したのであるが、ジャーナリズムが用いた空飛ぶ円盤という言葉が一人歩きし、その後まさに円盤形の未確認飛行物体が世界各地で目撃されるようになった。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)
    カーティス・ピーブルズ著『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(ダイヤモンド社)
     桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社


ンビ(Zombi)
 本来ブードゥーにおいて生きた死人を意味する言葉。一旦死亡しながら魔術によって蘇った死体のことで、蘇らせた魔術師の命令を何でも聞くという。ゾンビは歩き方が機械的で目の焦点が定まらない、声が鼻にくぐもっているなどと言われ、実際に死亡したとして埋葬されながらその後ゾンビとなって現れた人物の例は数多く報告されている。ハーバード大学のウェイド・デイヴィス博士は1982年にゾンビについて調査を行い、フグ毒の作用で一旦仮死状態となった人物が蘇生したのがゾンビだと結論したが、魔術師がゾンビを生み出す際に使うゾンビ・パウダーを分析したところフグ毒は検出されなかったらしい。また、本来精神薄弱の人間を自分の死んだはずの身内として面倒を見るという社会制度の一環として捕らえる見方もあるらしいが、この見解では実際に埋葬された人間がゾンビとして現れるという現象は説明できないであろう。

蛇足:アメリカ映画では集団で襲ってくる死者として定着している。