(最終改訂:2015年9月18日)


1 体外離脱
2 ダウジング
3 竹内巨麻呂
4 タスマニアオオカミ
5 ダーヒシュ博士
6 ダマヌール
7 ダヨ
8 チタウリ
9 チペクウェ
10 チャネリング
11 チュパカブラ
12 超地球人説
13 ツチノコ
14 ディー博士
15 ディクソン
16 出口王仁三郎
17 テレパシー
18 テレポーテーション
19 天狗
20 天使
21 ドイル
22 トリンダデ島写真

外離脱(Out of Body Experience:OOBE)
 意識が肉体外に存在する感覚を覚え、さらにその間通常の世界ではあり得ないような事象を経験する現象。臨死体験時に経験されることが多いが、睡眠中に体験することもあり、訓練によってある程度意図的に生起できる。体験に先だって、浮遊感覚やトンネルのような暗い場所を通り抜けていくなどの感覚が経験され、肉体を離脱して自分自身の肉体が横たわっているのを見下ろすという例が多い。幽体離脱と称されることも多いが、幽体(アストラル体)という存在は未だ未確認であることから体外離脱との呼称が一般的となりつつある。イギリスの魔術結社暁の星の団員は体外離脱に励んだが分裂病患者も出た。体外離脱は10〜20%の人間が経験しているという報告もあるが、繰り返し経験する者は少ない。

参考:Hans J.Eysenck,Carl Sargent著『Explaining the Unexplained』(Prion)

ウジング(dowsing、Water-Witching)
 、水脈占いと訳されるが、探知できるのは水だけでなく、地中に埋めた金属や人間の居場所も探知できる。通常は桃、柳、榛、楡、桜、柿などさまざまな木の小枝をY字型のフォーク状にしたもの、L字型の杖や針金、引っ掛かりを造った針金、丸めた針金、1ペニー銅貨を乗せた針金、糸で繋いだ瓶入り水銀、乗馬用の鞭、シャベル、聖書からブラ下げた針金、乾草用三つ又、振り子など簡単な道具を用い目的物を探知する。ゲオルギウス・アグリコラは400年前に書かれた「デ・レ・メタリカ」のなかで、手のひらを上に向けて両手にフォーク状の棒を持ち、水脈を捜し当てた方法を記し、18世紀の『ミネラジア・コルヌビエンシス』にはL字型の杖を持ったダウザーのイラストもある。1970年代には東京都多摩郡の水道局がダウジングで廃管探しに効果を挙げたと言われている。


内巨麿(たけうちこまろ)
 明治7(1874)〜昭和30(1955)。皇祖皇太神宮教祖で、いわゆる「竹内文献」を公開した。富山県婦負郡神明村に生まれ、生後すぐに同じ村の貧農竹内家の養子となる。18歳のとき養祖父より託された古書類他の宝物を大八車に山積みにして上京するが、かっけの治療を機に御嶽教(みたけきょう)に入信、古書類を知人の家に預けたまま京都の鞍馬山、木曽の御嶽山ほかの神道系の地を巡り歩き、明治32(1899)年10月、茨城県磯原に皇祖皇太神宮を開き天津教初代教主となる。しかし天津教神宝として公開した「竹内文献」の内容が皇国史観に反するということで天津教は特高警察の捜索を受け、昭和11(1936)年、不敬罪で逮捕される。戦後は大日教(後に天津教と改称)を創設するが、昭和25(1950)年に解散を命じられる。しかし昭和27(1952)年に茨城県磯原に皇祖皇太神宮として教団を再開する。新郷村にある十来塚をイエス・キリストの墓と特定したのも竹内巨麻呂である。

スマニアオオカミ(Tasmanian Wolf,Tasmanian TigerあるいはThylacine)
 背中の後半部に縞模様があるのでタスマニアタイガーとも呼ばれ、和名でフクロオオカミとも呼ばれる。カンガルーやコアラと同じ有袋類の一種で、オーストラリア及びタスマニアに生息していたが、約4万年前に先住民アボリジニとともにわたってきたディンゴとの生存競争に敗れ、白人入植時にはタスマニアのみに生息していた。その後白人入植者の乱獲もあり、タスマニアでも1863年に絶滅したとされ、1936年には動物園にいた最後の1頭が死亡した。しかし現在に至るまでオーストラリア本土でも目撃談がある。

蛇足:既に絶滅したとされながら一部で生存がささやかれている種類の未確認動物に属する。この種の未確認動物としては他にニホンオオカミやニュージーランドのモア、イギリスの熊やクズリ、さらにはマンモスなどが挙げられる。オーストラリアでは、ネコのように丸い顔をして背に縞のある動物が目撃されたこともあるが、これをタスマニアオオカミとは別種とする説もある。シドニーにあるオーストラリア博物館には1866年に出生した幼生の標本が残っており、現在この標本からDNAを抽出してクローン技術によりタスマニアオオカミを復元する計画がある。マンモスよりは可能性が高そうである。

ホバート(タスマニア)の動物園にいたタスマニアオオカミ

ーヒシュ博士(Dr.Dahesh)

 1909〜1984。ダーヒシュ博士は、レバノンで活躍した謎の人物である。魔術師とも霊媒とも予言者とも言われるし、ジンを使役したとも言うが、とにかく様々な不思議を行った人物である。本名をサリーム・ムーサ・アル・アシーといって、イラクの生まれとも、エルサレムの生まれとも言われている。
 彼が行った不思議は多岐にわたり、を物質化させたり他人が紛失した失った指輪を出現させたり、時計の針を自由に動かしたり、死んだ小鳥を蘇らせたりなど、ありとあらゆるものが含まれる。パリでは棺の中に閉じ込められたままセーヌ河の底に沈められ、7日後に引き上げられたときにぴんぴんして出てきたという逸話もあり、ケネディ暗殺を予言していたともいう。
 彼はまた、あらゆる宗教が本来1つであることや、の世界の実在を主張する独自の宗教哲学を説いている。こうした教えは彼の名にちなんでダーヒシズムと呼ばれており、現在でもレバノンやアメリカに信者がいるらしい。
 ダーヒシュ博士はまた絵画のコレクターとしても有名で、1975年にレバノンで内戦が発生するとコレクションを持ってアメリカに移住し、死後彼のコレクションを集めたダーヒシュ博物館が開設された。

蛇足:文法的に「ダーヒシュ」は、アラビア語の「ダヒシャ」(驚く)の動名詞となる。したがって意味的には「驚いている人」ということになる。ダーヒシュ博士はさんざん人を驚かせているくせに、「(自分が)驚いている」という名を用いてるわけである。ちなみに「(相手を)驚かせる人」という場合には「ムドヒシュ」あるいは「ムダッヒシュ」となる。

リンク:http://www.angelfire.com/mo3/dr.dahesh/Daheshism.html(ダーヒシュ博士の写真等あり)

マヌール(Damanhur)

イタリア北部、アルプス山ろくの地名。現在約800名の住民からなる一種の精神主義的コミュニティ。彼らは1978年より近くのビドラッコ山中の地底に人類の神殿と呼ぶ地下神殿を建設している。人類の神殿は青の神殿、鏡の広間などいくつかの部屋から成っており、計6000立方メートル、地表から70メートルの地下に達する巨大なもので、内部はコミュニティの住民が作成した様々な装飾で飾られている。コミュニティの住民によれば神殿の場所は、シンクロニック・ラインと呼ばれる地球のエネルギー流の交点にあるという。現在この神殿は一般公開されており、誰でも訪れることができる。
(左は鏡の広間天井のステンドグラス)

蛇足:「週刊新潮」2007年12月13日号によれば、女優の土屋アンナもダマヌールのお守りを持っているらしい

ダマヌールHP:www.damanhur.org

ヨ(Mirin Dajo)
 1912〜1948。本名Arnold Henskens。オランダのロッテルダムに生まれ画家となるが、会ったことのない叔母の肖像を描いたり、睡眠中夢遊病のような状態で作品を描いたりなどの経験をするうち、33歳の時自分の肉体が損傷しないことに気づき、エスペラント語で「素晴らしい」を意味するミリン・ダヨに改名、自身を刀で突き刺したり、ガラスやカミソリの刃を食べるなどの行動を始める。彼自身は少なくとも3人の守護天使の声を聞くことができ、超越的な神のような存在から示すよう命じられてこのような行為を行ったとする。1947年にスイスに招かれ、何人もの医者が、肺や心臓を貫かれても平気であったことを確認しているという。その場で観客に刀を突き刺してもらうというパフォーマンスはかなり衝撃的で、1947年6月23日付(奇しくもアーノルド事件前日)の「TIME」誌に取り上げられたこともあるらしい。1948年3月11日、ダヨは守護天使に命じられて大きな鉄釘を飲み込み、外科手術でこれを取り出したが、そのまま昏睡状態となって3月26日に死亡が確認された。解剖の結果、死因は大動脈破裂と診断された。現在はオランダとスイスでのみその名が語り継がれている。

個人的雑感:オランダはかのピーター・フルコスやらジェラルト・クロワゼを生んだ国である。さらには日本での知名度は低いが王室御用達のホフマンスという治療師もおり、さらに王室も独自の死生観を持っているらしい。侮れないかもしれない。

参考:Mirin Dajo: Wonderman

タウリ(Chitauri)
 南アフリカのズールー族シャーマン、クレド・ムトワが存在を主張するレプティリアン。「独裁者 あるいは法を教える者」を意味し、部族によってはイマヌジェラとも呼ぶ。背が高くて色は白く、人間に似ているが長い尾を持つ。また額に第3の目を持つ者もいる。チタウリの 戦士は頭の周囲に角を持ち、王族は額から背中にかけて続く突起を持つ。
 伝説によれば彼らは球形の巨大な乗り物でやって来て人類に言葉を教えたが、意図的に異なる言葉をいくつも教えたため人類は分裂してしまった。また人間の女性と交わって人類に支配階級を 生み出す一方、地中の金属を掘り出すことを教えた。神に戦いを挑んで破れ、地下の空洞に追いやられたとも言われる。またチタウリの指導者と思われるジャブロンなる神の存在も伝わっており、 ムトワはこれを、フリーメーソンの神と同一視している。ムトワによれば、じつは異星人ではなく、恐竜が進化 したものらしい。

個人的感想:ムトワの発言は、さまざまな伝説の寄せ集めであり、 チタウリなるレプティリアンが世界を影で支配しているとする一方、人類がいなくなるま で地下の洞窟に住んでいるなどあまり整合性のない内容も並存している。空からやってきた超人的な種族が人類に文明を教えたり神と争って地下世界に封じられるという内容 はエチオピア語エノク書の堕天使を思わせる。フリーメーソンの神と の関係はじつはたまたま名前が似ているということらしい。恐竜が進化したというのはバローズのペルシダー・シリーズを思わせる(まさか永井豪の「ゲッターロボ」は知らないだろう)。しかし爬 虫類と人間が交配して子孫を残すのは生物学的には不可能である。

ペクウェ(Chipekwe、Chepekwe)

 中央アフリカの奥地、コンゴ、カメルーン、スーダン、ウガンダ、ローデシア、アンゴラに住むと言われる怪獣で、チペクウェとは現地語で「水のライオン」を意味する。イシククマデブとも呼ばれる。1919年11月17日付タイムズに掲載された、ベルギー領コンゴでのルパージュの報告では、全長8メートル、さいに似た1本の角を持つ。1932年7月15日ローデシア・ヘラルドの報告によれば体重4トン以上の巨大なトカゲでアンゴラのディロロ湿地に住み、サイやカバ、象を襲う。スウェーデン人ヨハンソンはカサイ渓谷で全長16メートルのサイのような頭を持つ怪獣の写真を撮ったと主張しているが、この写真には疑問が呈されている。その後の目撃談については承知していない。

参考:Bernard Heuvelmans著『On the Track of Unknown Animals』(KPI)

ャネリング(channelling)

 宇宙存在、意識体、などとの交信法で、ニューエイジ運動のなかから生じた名称。チャネリングを行ってこうした存在と公信する人物をチャネラーと呼ぶ。霊媒と異なるのはだけでなく宇宙存在と呼ぶ異星人や意識体、時にはシリウスの伴星のエネルギーやバービー人形など様々な実体と交信する点であるが、トランス状態となってこうした存在からのメッセージを受けるという点は霊媒と同じで、懐疑派からは時に「宇宙イタコ」とも呼ばれる。いずれにしても宇宙の遠く離れた場所にいる異星人と意識だけで意思疎通を行うチャネリングという技術は、ドレイクの公式やアインシュタインの相対性理論による光速の壁も回避でき、さらには何月何日に異星人のUFOを呼び出してみろと言われる可能性も少ない画期的な方法ではある。有名なチャネラーとしてはバシャールとのコンタクトを広めたダリル・アンカ、セトとコンタクトするジェーン・ロバーツ、ラムサとコンタクトするジュディス・ナイト、セトとコンタクトするジャン・ルーミス、エマニュエルとコンタクトするパット・ロードガストなどがいる。しかし彼らがコンタクトしているのが本当に異星人や宇宙存在なのか確認する方法はない。チャネラーにも優秀な審神者をつける必要があるのではないだろうか。

参考:北川隆一郎著『精神世界のわかる事典』(日本実業出版社)


ュパカブラ(Chupacabra)
 1995年頃からプエルトリコ、メキシコ、アメリカ南部で報告されている謎の生物。本来スペイン語で「山羊(複数形)の血を吸う者」という意味で、本来は単数形であるが、最近では英語でも単数形をChupacabraと表記 されることが多い。
 その形状は報告によりまちまちであるが、身長は直立して1.2から1.5メートルくらい、緑がかった茶色、あるいは黒っぽい茶色の毛に覆われ、赤い目をして、口から突き 出した器官で家畜の血を吸うという。細長い腕をして手には鋭い爪があり、指は3本、後ろ足で飛び跳ねるように移動する。また腕の下には翼のような幕があるとか、頭にはとさかがあると もいう。
 プエルトリコでは、1970年代からキャトルミューティレーションの報告があったが、1995年にキャトルミューティレーションが再開された際、現場で3本指の動物の足跡が発見されたことから、何らかの生物によるものと推定された。チュパカブラスらしき存在が最初の目撃されたのは1995年8月のことで、1996年2月になるとマイアミで42頭の家畜が殺され、チュパカブラスの仕業とされたことから一般にその存在が知られるようになった。
 UFOとの直接の関係は証明されていないが、一部ではUFO搭乗員が遺伝子操作で生み出した人工生物という説もある。他に、野犬などを見間違えたとする説や、単なる都市伝説という説もある。

参考:桜井慎太郎『図解UFO』新紀元社


地球人説(The Ultraterrestrial Theory)
 UFO学説の1つ。宇宙には、我々人類とは存在する次元が異なるため認識できないが、人類よりはるかに高度で、しかも人間の思考を自由に操作できる超地球人とも呼ぶべきものが存在するとし、UFO現象はじめ、奇跡や幽霊ポルターガイストなど、通常の物理法則から逸脱するような現象はすべてこうした知性体が引き起こすものだとする説。地球外起源説(宇宙船説)では、UFO現象の雑多な側面を十分説明できないということから生まれてきた考えで、ジョン・キールやジャック・ヴァレーがほぼ同時期にこの種の説を唱え始めた。ジャック・ヴァレーなどは、このような知性体が一種のコントロール・システムのようなものを構築している可能性を指摘しており、彼らの目的は地球人には知ることはできないとする。ただし、この説を立証する証拠を見つけることも難しい。

蛇足:超地球人説の観点からUFO現象を他の超常現象とも関連付けて広い視野から捕らえるものをニューユーフォロジーと呼ぶこともある。この超地球人説の先駆となるような考えはフランスのエメ・ミシェルに求めることができるかもしれない。なおジョン・キールによれば、超地球人とは、ボーダーランド科学研究協会のミード・レイヌが言うエーテル人のことだという。

参考:Ronald D.Story編『The Encyclopedia of Extraterrestrial Encounters』New American Library

チノコ
 北海道を除く日本各地で目撃されている蛇のような生物。体長は約30センチほどで、茶褐色のビール瓶のような身体に三角形の頭を持ち、尺取虫のようにして進むとか有毒であるとか言われる。その目撃談はかなり古くからあり、江戸時代の百科事典とも言うべき『和漢三才図絵』にも野槌蛇として言及されている。地方によってはバチヘビ、ノヅチ、タワラヘビなどとも呼ばれる。否定的立場からは既知の蛇類、特に妊娠中であったり獲物を飲み込んだ直後の状態を見まちがえたものという意見がある。

個人的感想:確かに日本は狭い国であるが、体長10メートル以上もあるような大蛇の目撃とは異なり、ツチノコ程度の大きさであればどこかに紛れ込んでいるということもあり得るのではないだろうか。もし否定論者の見解が、これまで発見されていないからいるはずがないという根拠に基づくとすればかなり傲慢な意見と言えるだろう。

ィー博士(ジョン、Dr.John Dee)

 1527〜1608。イギリスの科学者、数学者、天文学者。数学と航海術に大きな功績を残すと同時に英王室に天文・占星学者として仕え、魔術師としても知られる。フランシス・ベーコン、ウォルター・ローリーとも親交があった。ロンドン郊外のモートレイクに生まれる。15才でケンブリッジに学ぶ。1546年、19才でギリシャ語の助教授となるが、このころから魔術に興味を持ち、上流階級の男女を占星術で占ったりした。英王室天文・占星学者としてエドワード6世、メアリ女王に仕える。1553年、当時軟禁されていたエリザベス女王に召し出され、女王の即位を予言して的中させたことから、以後エリザベス女王に重用される。魔術を行って奇妙な夢や夜中のラップに悩まされたため、直接と交信する能力のなかったディーは、霊媒と組むことにする。最初のパートナーは水晶球を通して天使やその他のの姿を見るというバーナバス・ソールであったが、ディーはソールに満足せず、1582年以後はエドワード・ケリーと組んで霊界の研究に没頭する。
 1583年、ディーはポーランドの貴族アダルペルト・ラスキ伯爵の訪問を受けたことからケリーとともにポーランドを訪れ、その後神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世を訪ねる。しかしすぐに追放され、ボヘミヤのトレボナの領主トーゼンベルク伯爵の居城で錬金術の実験を行う。しかしここでケリーと仲たがいし、イギリスに帰国した。
 ディーは帰国後、エリザベス女王の援助でマンチェスターにあるクライスト・カレッジの学長となるが、1603年、エリザベス1世が死去し、魔術に敵対的なジェームズ1世が即位するとディーは全ての名誉、収入を失い、貧困のうちに死亡したという。死亡時には、ディーが一生かけて集めた神学、数学、占星術、錬金術などの蔵書4000冊が残り、これらは大英博物館に寄贈された。ディーについては、一般に詐欺師ケリーに騙された悲運の天才であるとの評価が定着しているが、狂信的で著しく虚栄心が強く、非常に思いこみの激しい激情家であったとも言われている。また2人が天使との交信から得たエノク語は、クロウリーによって黄金の夜明けの公式言語に取り入れられ、エノク魔術と呼ばれる独自の魔術を生み出すことになる。→読み物へ

参考:『魔術』学研ムーブックス
    荒俣宏編『世界神秘学辞典』(平河出版社)
    アンドレ・ナタフ著『オカルティズム事典』(三交社)


ィクソン(ジーン、Jeane Dixon(Pinckert)

 1918〜1997。ウィスコンシン州メドフォードにドイツ系移民の子として生まれる。8才の頃カリフォルニア州に移住し、ロマの占い師に予知能力を指摘され、水晶球を授かる。第二次世界大戦当時既に予言者としての名声を確立しており、ルーズベルトの死を予言。またジョン・ケネディ暗殺を予言したことでも有名。他にハマーショルド国連事務総長の事故死、ロバート・ケネディやキング牧師暗殺、ソ連のアフガン侵攻などを予言したと言われる。水晶球凝視や占星術を用いる。実際にはニクソンの復活、1958年の中国との細菌戦争、1980年代の彗星の衝突、1990年までのローマ教会の解体など失敗した予言も多い。世界各地の新聞にジーン・ディクソンの名で日々の占星術を掲載していたが、実際は名前を貸すだけであったらしい。

蛇足:ノストラダムスやエドガー・ケイシーと並んで世界三大予言者と称されることがあるが、3名とも特に日本で有名な人物なので日本の誰かが考えたことであろう。

参考:James Randy著『the Supernatural A-Z』(Headline)
   黒沼健著『七人の予言者』(新潮社)

口王仁三郎(でぐちおにさぶろう)
 明治4(1871)〜昭和23(1948)。大本教2代目教組。旧名上田喜三郎。明治31(1898)年、ヤクザとの喧嘩で重傷を負ったのを機に村外れの高熊山で霊的な修行を行う。その際神人感合の境地に達し、やがて病気治しをはじめ、その後長沢雄楯から霊学と鎮魂帰神法を学ぶ。神示により園部に向かう途中、大本教教祖出口ナオの3女ヒサと出会い綾部に赴く。明治32(1899)年、なおとともに金明霊学会を設立、明治33(1900)年、ナオの5女スミと結婚。しかしナオとの対立もあり、一時御嶽教や大成教とも関わるが、明治41(1907)年には金明霊学会を大日本修斎会として大成教所属として活動。大正5(1916)年に皇道大本としてナオとともに活動する。大正10(1921)年の第一次大本事件で一旦検挙されるが、大正13(1924)年には蒙古入りを果たす。昭和10(1935)年には第二次大本事件で起訴されるが戦後無罪となり、昭和21(1946)年、愛善苑の名で大本を再興した。大正6(1917)年に「大本神歌」と呼ばれる五七調の詩の中で第二次世界大戦を予言、昭和17(1942)年の時点で戦争で日本が負け、広島がひどい目にあうなどと述べていた。また大正10(1921)年より記述された『霊界物語』では艮の金神が復活し世の立て替え建て直しの断行ほか西暦50世紀までの未来が予言されているという。もっとも本人は、起こることが確実なので予言ではなく「確言」であると述べていたという。

個人的意見:戦後の宗教界に大本が残した影響は大きい。生長の家、世界救世教、白光真宏会その他多くの宗教団体が大本系列に連なり、そうした教団はおおむね出口王仁三郎を称えている。日本最大の予言者という王仁三郎の評価は、こうした団体を発信源としているようで、じっさい『霊界物語』など一読してその意味を捕らえることは難しい。王仁三郎自身、『霊界物語』には120通りもの解釈がありうるとしている。

参考:出口和明『出口なお・王仁三郎の予言・確言』光書房
    羽仁礼『伯家神道の聖予言』たま出版

レパシー(Telepathy)

 既知の通常の感覚経路によらず、ある生物個体が別の個体の思考、情念、状態を知ったりそれに影響を受けること。精神感応、遠隔感応、遠感などと訳される。思念伝達という言葉もほぼ同様の意味で用いられる。ケンブリッジ大学視学官で心霊研究家としてイギリス心霊研究協会の活動の中心となっていたフレデリック・マイヤーズが1882年に作った言葉で、超心理学ではESPの1つに分類される。旧ソ連ではバイオ・コミュニケーションという言葉も用いられた。単に生存者相互の関係だけでなく、死者が夢枕に立つなどの現象もテレパシーの一種とされ、人間だけでなく動物にも同様の能力があるという報告もある。イタリアの神経学者カザマーリや旧ソ連の超心理学者のなかには、テレパシーを電波による通信と考えた者もいるが、距離の影響をあまり受けないことなどから現在では否定されている。

参考:Hans J.Eysenck,Carl Sargent著『Explaining the Unexplained』(Prion)
    ジョン・ベロフ著『超心理学史』(日本教文社)

レポーテーション(teleportation)

 瞬間移動、観念移動、遠隔移動などと訳される。通常は本人自身が時間的経過なく通常の肉体のまま他の空間に移動することで、広義にはアポートを含む。19世紀のアメリカの超能力者ヘンリー・スレイドがツェルナー教授の前で行った実験があり、また清田益章、ガッピー夫人など何人かの超能力者、霊媒についてテレポーテーションの報告はあるが、実際に確認されたものはない。生霊や体外離脱との区別は、本人が肉体を持ったまま移動する点に求められる。アメリカの奇現象研究家チャールズ・フォートは、岩石中の生物や異常降雨現象の原因をテレポーテーションと考えた。

参考:Hans J.Eysenck,Carl Sargent著『Explaining the Unexplained』(Prion)

狗(てんぐ)
 日本の妖怪の一種。中国において天狗は、流星や獣のようなものを指し、日本で最初に天狗について記した「日本書紀」舒明天皇9年(638年)2月11日の条でも、妖星に対し僧旻(みん)が天狗(あまつきつね)と呼んでいる。その後鳥のような嘴と羽を持つ天狗象を経て、赤ら顔で鼻が高く、山伏の装束をまとった天狗の姿が一般化する。天狗については日本各地に多くの民話が伝わっており、江戸中期頃作成された『天狗経』には愛宕山太郎坊、比良山次郎坊など48の天狗の名が挙げられている。

参考:小松和彦『日本妖怪異聞録』小学館

使(Angel)

 ゾロアスター教、ユダヤ・キリスト教及びイスラム教において神の使いを務める霊的存在のこと。初期キリスト教美術ではテュニックを羽織り、翼のない若者の姿で表現されたが、4世紀以降翼を付けるようになり、5世紀になると頭に光輪を持つようになった。通常普通の天使の上に4人の大天使(ミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエル)が君臨するとされるが、法王グレゴリウス1世(在位590〜604)以来確立した聖秩では、熾天使(Seraphim)が最上級で以下智天使(Cherubim)、座天使(Thrones)が上級三隊、続いて中級三隊として主天使(Dominions)、力天使(Virtues)、能天使(Powers)が続き、下級三隊が権天使(Principalities)、大天使(Archangels)、天使(Angels)と定められている。ちなみにサタンはかつては最上級の熾天使であり、通常の熾天使は子供の顔に6枚の翼が付いた姿で表されるが、サタンのみは12枚の翼を持っていたという。12枚の翼を持つ顔はかの「エヴァンゲリオン」オープニングのタイトル・バックにもちらりと登場する。

蛇足:研究社の『新英和大辞典』(第五版、1995年)でangelを引くと1のaにしっかり天使の9階級が載っている。なかなか優れた辞書である。

参考:デーヴィド・コノリ著『天使の博物誌』(三交社)

イル(アーサー・コナン、Sir Arthur Conan Doyle)

 1859〜1930。イギリスの医師で、名探偵シャーロック・ホームズ・シリーズ等で名高い作家でもある。他方心霊研究家としても有名。スコットランドのエディンバラにアイルランド系カトリック教徒として生まれ、1876年にエディンバラ大学医学部に入学、1885年に医学博士号取得。ボーア戦争には軍医部長として従軍し、1902年にナイトに叙される。死亡した義弟からの霊界通信を受けたことから心霊主義に傾倒し、晩年は心霊主義の普及に尽力し、妻ジーンも自動書記の能力を発揮した。1920年にコッティングレイで写された妖精の写真についても本物と主張、その後も各地で心霊主義に関する講演を行なった。

蛇足:彼の伯父にあたるリチャード・ドイル(1824〜1883)はディッキーという愛称で呼ばれた有名な妖精画家であった。

参考:井村君江『妖精学入門』(講談社)
    リン・ピクネット著『超常現象の事典』(青土社)

リンダデ島写真(Trindade Island Photos)

 ブラジル海軍に所属する練習用帆船アルミランテ・サルダーニャ号乗り組んでいたカメラマンが1958年1月16日に撮影したUFO写真。当時のブラジル大統領の命令で公開されたため、世界初の国家公認UFO写真と言われている。
 当日アルミランテ・サルダーニャ号は、リオデジャネイロ北東1200キロ沖にあるブラジル領トリンダデ島に錨をおろしていた。船内には軍人だけでなく、民間の技術チームも乗り込んでおり、水中写真専門家のアルミロ・バラウナや、彼の友人であるホセ・テオバルド・ヴィエガス元空軍大尉、アミラル・ヴィエリラ・フィルホなどもいた。
 1月16日正午過ぎ、写真家バラウナが出航の準備を整えている船内の様子を撮影していると、20メートルほど離れたところに立っていたフィルホが、大きなカモメのようなものを目撃しヴィエガス大尉に教えた。それを見た大尉はすぐに「空飛ぶ円盤だ」と叫んだ。その声にバラウナはいそいで駆けつけ、20秒ほどの間にUFOが接近し、デセガド山の向こうに隠れ、再度姿を現して飛び去っていく様子を6枚の写真におさめた。甲板にいた乗員の多くもこのUFOを目撃していたという。バラウナは船内ですぐに現像するよう命じられ、暗室に改造した化粧室でフィルムを現像した。すると4枚に、土星のような形のUFOがはっきりと写っていた。
 この写真が実際は何を写したのか議論はあるが、その後の数多くのUFO研究団体の調査でもトリックの跡が確認されていない写真でもある。

参考:Ronald Story『the Encyclopedia of UFOs』(Doubleday Dolphin)